2026年6月10日

手首の時計で睡眠ステージがわかる仕組みとは?スマートウォッチの精度と上手な活用法
私たちの生活に身近になったスマートウォッチ。毎朝、スマートフォンのアプリを開くと「深い睡眠」「レム睡眠」といったグラフや「睡眠スコア」が表示され、自分の睡眠の質を確認することができます。
当院でも、アップル・ウオッチで睡眠時無呼吸症候群を指摘され受診された70歳代の女性は、検査の結果、重症の睡眠時無呼吸症候群と診断に至りました。CPAP治療開始後は、アップル・ウオッチの計測でも無呼吸は改善していました。
手首につけているだけの小さな機械が、どのようにして睡眠の状態を評価しているのでしょうか。その仕組みは、スマートウォッチに搭載された高度なセンサー技術と、それらのデータを分析する人工知能などの計算プログラム(アルゴリズム)にあります。
スマートウォッチが睡眠の質を評価する具体的な方法とその信頼性について解説しました。
睡眠を評価する2つの主要なセンサー
スマートウォッチが睡眠を捉えるために利用している中心的な技術は、主に2つのセンサーから得られるデータの組み合わせです。
加速度センサーによる体動の検知
加速度センサーは、腕の細かな動き(体動)を3次元で感知する装置です。人間は起きているときには頻繁に体を動かしますが、眠っている間は動きが少なくなります。特に深い睡眠に入っているときは、全身の筋肉の緊張が緩み、寝返りなどの体動がほとんど見られなくなります。初期の睡眠計測デバイスは、この「動いているか、止まっているか」という情報だけで睡眠と覚醒を判断していました。しかし、体が動いていないからといって必ずしも眠っているとは限らず、ベッドの中で静かに横になって本を読んでいるだけの状態を睡眠と誤判定してしまう限界がありました。
光学式心拍センサーによる心拍変動の測定
現在のスマートウォッチの多くは、加速度センサーに加えて、時計の裏側から緑色の光を肌に当てるセンサーを搭載しています。これが光学式心拍センサー(光電容積脈波記録法)です。緑色の光は血管を流れる血液(赤血球)に吸収される性質があり、心臓が脈打つたびに血管の容積が変化して光の反射量が毎秒ごとに変わります。スマートウォッチはこの変化を捉えることで、リアルタイムの心拍数だけでなく、心拍の間隔のわずかなばらつきである「心拍変動」を精密に測定しています。
人間の心臓はメトロノームのように常に一定の間隔で動いているわけではなく、自律神経の働きによって、ミリ秒(1000分の1秒)単位で間隔が常に変化しています。リラックスしているとき(副交感神経が活発なとき)は心拍の間隔のばらつきが大きくなり、緊張しているときや脳が活動しているとき(交感神経が活発なとき)はばらつきが小さくなります。私たちの自律神経の働きは睡眠の段階によって規則的に変化するため、この心拍変動のデータが睡眠の質を詳しく分析する上で非常に重要な鍵となります。
睡眠ステージ(段階)を推定する仕組み
スマートウォッチは、体動の有無と心拍変動のデータを組み合わせることで、睡眠をいくつかのステージに分類しています。一般的な睡眠は、主に以下のような4つの状態に分けられ、スマートウォッチはこれらを数十秒ごとの単位で判定しています。
目覚めている状態(覚醒)
体動が頻繁に見られ、心拍数が比較的高く、心拍のばらつきが小さい(交感神経が優位な)状態です。
浅い睡眠(ノンレム睡眠の浅い段階)
体が徐々にリラックスし始め、大きな動きが少なくなります。心拍数や呼吸も徐々に落ち着いていきます。
深い睡眠(ノンレム睡眠の深い段階)
脳と体が最も休まっている状態です。体動はほぼ完全になくなり、心拍数や呼吸数は非常に低く、安定した一定のリズムを刻みます(副交感神経が優位な状態)。この深い睡眠が夜間にどれくらい取れているかが、睡眠の質を評価する大きな指標となります。
レム睡眠(身体は眠り、脳が動いている状態)
主に夢を見ている時間帯です。筋肉の緊張は完全に緩んでいるため体は動きませんが、脳が活発に活動しているため、心拍数や呼吸数が急に不規則に変化したり、上昇したりします。
スマートウォッチの内部では、手首から得られるこれらの複雑なパターンを、事前に膨大な睡眠データから学習させたAIなどのプログラムによって解析し、現在の睡眠ステージを推定しています。
スマートウォッチによる睡眠評価の信頼性と限界
では、スマートウォッチによる睡眠評価の精度はどのくらい確かなのでしょうか。科学的な研究では、医療機関で睡眠障害の診断に使われる「終夜睡眠ポリグラフ検査」という、脳波や目の動き、呼吸、筋肉の動きなどを網羅して測定する検査(ゴールドスタンダード)と比較することで、その性能が検証されています。
近年の研究によると、スマートウォッチは「眠っているか、起きているか」という全体の睡眠時間を捉える能力においては、90%以上の高い感度を持っていることが確認されています。特に、加速度センサーだけでなく心拍センサーのデータを組み合わせた最新のデバイスは、複数の睡眠ステージ(深い睡眠やレム睡眠など)をある程度高い精度で識別できるようになってきています。
しかし、一方で以下のような限界や特徴も報告されています。
覚醒と浅い睡眠の誤判定
ベッドの中で静かに目覚めている(眠れないがじっとしている)状態を、スマートウォッチが浅い睡眠と誤って判定してしまう傾向があります。これにより、実際の睡眠時間よりも長く計測されてしまうことがあります。
睡眠効率が低い場合の影響
不眠症などで途中で何度も目が覚めるなど、睡眠の効率が80%未満と低い人の場合、スマートウォッチによるステージ判定の誤差が大きくなりやすいことが分かっています。逆に、健康でまとまった睡眠が取れている人の場合は、医療用の計測機器に近い正確なデータが得られやすいとされています。
個人差や環境の影響
時計の密着度、睡眠中の激しい寝返りによるズレ、あるいは部屋の温度などの環境要因によって、センサーの読み取りにわずかなブレが生じることがあります。また、製品メーカー(Apple、Fitbit、Garminなど)によって搭載されているアルゴリズムが異なるため、機種ごとにステージの判定傾向に多少のばらつきが存在します。
まとめ
スマートウォッチは、手首の動きを測る加速度センサーと、血流から心拍の変化を読み取る光学式心拍センサーの2つを組み合わせ、自律神経のバランスや体動のパターンから科学的に睡眠の質を評価しています。
医療用の脳波測定器とは異なるため、1夜ごとの細かい数値の変動に一喜一憂しすぎるのは推奨されませんが、日々の睡眠パターンの長期的な変化やトレンド(今週は先週に比べて深い睡眠が増えたか、など)を自宅で手軽に把握するためのツールとしては、非常に高い有用性と信頼性を持っています。自身の生活習慣を振り返り、より良い睡眠環境を整えるための身近な指標として活用するのが最適です。
参考文献
1.Evaluating reliability in wearable devices for sleep staging, Birrer V, et al. NPJ Digit Med . 2024 Mar 18;7(1):74. DOI: 10.1038/s41746-024-01016-9
要約: 過去10年間の35件の論文と62のウェアラブル設定を分析したレビュー研究。加速度計のみのデバイスは睡眠と覚醒の検出には有効だが、光学式心拍センサー(PPG)のデータを組み合わせることで、複数の睡眠ステージ(レム睡眠、浅い・深いノンレム睡眠)の識別の信頼性が大幅に向上する傾向を明らかにしている。
2.Validation of photoplethysmography- and acceleration-based sleep staging in a community sample: comparison with polysomnography and Actiwatch, Liu P-K, et al. J Clin Sleep Med . 2023 Oct 1;19(10):1797-1810. DOI: 10.5664/jcsm.10690
要約: 手首装着型のウェアラブルデバイスを用いた、自動睡眠段階評価システム(ASSS)の妥当性を睡眠ポリグラフ検査(PSG)と比較検証した研究。睡眠効率が80%以上の参加者において信頼性が高く、従来の医療用アクティウォッチよりもバイアスが小さく、代替手段として有望であることを示している。
3.A performance validation of six commercial wrist-worn wearable sleep-tracking devices for sleep stage scoring compared to polysomnography, Schyvens AM, et al. SLEEP Advances . 2025 Apr;6(2):zpaf021. DOI: 10.1093/sleepadvances/zpaf021
要約: 市販の主要なスマートウォッチ6機種の睡眠追跡精度を、医療用のPSG検査と比較検証した研究。多くのデバイスが睡眠全体の検出において高い感度を持つ一方、詳細な睡眠ステージの分類精度には差があり、長期的な睡眠構造の変化を捉えるのに有効であると結論づけている。
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介