2026年9月19日

疲れ・息切れ・抜け毛…「隠れ貧血(鉄欠乏)」の見つけ方と治し方
「健診で貧血は指摘されていないのに、いつも疲れている」「階段で息が切れる」「髪が抜けやすくなった」。こうした不調の陰に、体の鉄が不足している「鉄欠乏」が隠れていることがあります。この記事では、フェリチンという検査値の意味、鉄欠乏の原因の調べ方、鉄剤の上手な飲み方、そして鉄剤が飲めない方のための静脈注射について解説します。
フェリチンとは「鉄の貯金」
体の鉄は、赤血球の中で酸素を運ぶヘモグロビンの材料として使われるほか、肝臓などに「貯蔵鉄」として蓄えられています。この貯蔵鉄の量を反映するのが、血液検査のフェリチンです。
鉄が足りなくなると、まず貯蔵鉄が減り(フェリチンが下がり)、それでも補えなくなってはじめてヘモグロビンが下がって「貧血」になります。つまり、ヘモグロビンが正常でもフェリチンが低い段階は、鉄の貯金を切り崩している状態です。これが一般に「隠れ貧血」と呼ばれる状態で、多くの健診ではフェリチンを測らないため見逃されがちです。
鉄欠乏で起こりやすい症状
・疲れやすい、だるい、集中力が続かない ・階段や坂道で息が切れる、動悸がする ・頭痛、めまい、立ちくらみ ・髪が抜けやすい、爪が薄く割れやすい、反り返る ・氷を無性にかじりたくなる(氷食症) ・夕方から夜に脚がむずむずして眠れない(むずむず脚症候群)
貧血がなくても、鉄の不足そのものが疲労感に関わっていることを示した研究があります。フランスの一般診療で、原因のはっきりしない疲労があり、ヘモグロビンは正常でフェリチンが50μg/L未満の月経のある女性198人を対象に、12週間の鉄剤内服と偽薬を比較した試験では、疲労の程度が鉄剤群で約48%、偽薬群で約29%改善し、鉄剤群で有意に大きな改善がみられました[1]。
最も大切なのは「なぜ鉄が足りないのか」を調べること
鉄欠乏は病名ではなく、何らかの原因の結果です。鉄剤を飲んで数値を戻すだけでなく、原因を突き止めることが治療の本質です。
月経のある女性では、月経の量が多いこと(過多月経)が最も多い原因です。一方、成人の男性や閉経後の女性の鉄欠乏では、消化管からの出血が隠れていることが少なくありません。英国消化器病学会のガイドラインでは、鉄欠乏性貧血と診断された男性と閉経後女性の約3分の1に原因となる病気があり、その多くが消化管の病気であるとして、はっきりした原因がない場合は胃と大腸の内視鏡検査を行うことを勧めています[2]。胃がんや大腸がん、大腸ポリープ、胃潰瘍、食道裂孔ヘルニアに伴う潰瘍などが見つかることがあります。
そのほか、ピロリ菌感染や萎縮性胃炎、胃の手術後などで鉄の吸収が悪くなっている場合、偏った食事や極端なダイエット、妊娠・授乳、激しい運動習慣なども原因になります。便潜血検査が陰性でも、消化管からの出血は否定できないことにも注意が必要です。
鉄剤の上手な飲み方:毎日より「1日おき」
鉄剤の飲み薬は、吐き気や胃の不快感、便秘などの副作用で続けられなくなる方が少なくありません。実は、鉄をたくさん、頻繁に飲めばよいというわけではないことがわかってきました。
鉄を飲むと、体の中で鉄の吸収を抑える「ヘプシジン」というホルモンが増え、その作用は24時間ほど続きます。鉄の貯えが少ない若い女性を対象にした試験では、同じ量の鉄を毎日飲むより1日おきに飲んだほうが、飲んだ鉄のうち吸収される割合が高くなりました(約22%対16%)。また、1日量を朝晩に分けて飲んでも吸収量は増えず、ヘプシジンが高くなるだけでした[3]。英国のガイドラインも、こうした知見を踏まえ、少なめの量を1日1回、あるいは1日おきに飲む方法を認めています[2]。
副作用がつらい方は、飲む量や間隔、薬の種類を変えることで続けられることが多いので、自己判断でやめずにご相談ください。ヘモグロビンが正常に戻っても、フェリチンが回復するまでには数か月かかるため、数値を確認しながら続けることが大切です。
飲み薬が合わない方には、鉄の静脈注射
貧血を伴う鉄欠乏で、飲み薬が副作用で続けられない方、飲んでも数値が上がらない方、手術や出産の前などで早く鉄を補う必要がある方には、鉄の静脈注射(静注鉄)を行うことがあります。当院でも院内で実施しています。
静注鉄は胃腸の副作用が少なく、確実に鉄を補えるのが利点です。一方で、まれにアレルギー反応が起こることがあるほか、製剤によっては血液中のリン(無機リン)が下がることがあります。飲み薬が合わない鉄欠乏性貧血の患者さんを対象にした米国の2つの無作為化試験では、低リン血症の発生率が製剤によって大きく異なり、一方の製剤では約75%、もう一方では約8%でした[4]。このため当院では、製剤の選択や投与後のリンの値の確認を含めて、安全に配慮して治療を行います。
なお、静注鉄は貧血を伴う鉄欠乏が主な対象です。貧血のない鉄欠乏の方は、飲み薬と食事の改善が治療の中心になります。
漢方薬の位置づけ
鉄欠乏に伴うだるさや冷えに対して、十全大補湯や人参養栄湯などの漢方薬を併用することがあります。ただし、漢方薬は不足した鉄そのものを補う薬ではありません。当院では、鉄の補充と原因の治療を優先したうえで、体調を整える目的で補助的に用いています。
食事での鉄の摂り方
鉄は、肉や魚に含まれる「ヘム鉄」と、野菜や豆類、海藻に含まれる「非ヘム鉄」に分けられ、ヘム鉄のほうが吸収されやすい特徴があります。赤身の肉、カツオやマグロ、アサリ、レバーなどを適度に取り入れ、野菜や豆類の鉄はビタミンCを含む食品と一緒に摂ると吸収が高まります。当院では4名の管理栄養士が、食事の内容を伺ったうえで具体的なアドバイスを行っています。ただし、食事だけで減った貯蔵鉄を短期間で戻すのは難しいため、多くの場合は薬と食事を組み合わせます。
当院での診療の流れ
- 症状や月経の状況、食事、服用中の薬などを伺い、血液検査でヘモグロビン、フェリチンなどを調べます。
- 原因を検索します。男性や閉経後の女性、消化器症状のある方には、胃カメラ・大腸カメラをご提案します。当院の大腸カメラはAIによる診断支援システムを併用しています。過多月経が疑われる場合は、婦人科での評価をお勧めします。
- 内服か静注鉄かを選び、治療を始めます。
- 定期的に採血を行い、フェリチンの回復を確認します。
よくあるご質問
Q. サプリメントで鉄を補ってもよいですか。
A. 軽い不足であれば役立つこともありますが、原因を調べないまま飲み続けると、消化管の病気を見逃すおそれがあります。まずは一度検査を受けてください。
Q. 鉄剤を飲むと便が黒くなりました。
A. 鉄剤による変化で、多くは心配いりません。ただし、鉄剤を飲んでいないのに便が黒い場合や、腹痛、ふらつきを伴う場合は、消化管出血の可能性があるため早めに受診してください。
Q. 妊娠を考えています。鉄は足りていたほうがよいですか。
A. 妊娠中は鉄の必要量が大きく増えるため、妊娠前から鉄が不足していると貧血になりやすくなります。妊娠を考えている段階で一度フェリチンを確認しておくと安心です。
Q. フェリチンはいくつを目指せばよいですか。
A. 検査施設や状況によって目安は異なりますが、当院では、フェリチン100ng/mLを目安にしています。また、治療では数値だけでなく、症状の改善や原因の解消を合わせて判断します。
関連ページ
・貧血:https://kagayaki-cl.jp/symptom/anemia/
・胃がん・胃内視鏡検査:https://kagayaki-cl.jp/disease/stomach_cancer/
・大腸がん・大腸内視鏡検査:https://kagayaki-cl.jp/endoscopy/
・ピロリ菌感染症:https://kagayaki-cl.jp/disease/helicobacter-pylori/
・食道裂孔ヘルニア:https://kagayaki-cl.jp/disease/hiatal-hernia/
参考文献
- Effect of iron supplementation on fatigue in nonanemic menstruating women with low ferritin: a randomized controlled trial 著者:Vaucher P, Druais PL, Waldvogel S, Favrat B 掲載誌:CMAJ. 2012;184(11):1247-1254 発行:2012年8月 DOI:10.1503/cmaj.110950 要約:フランスの一般診療44施設で、原因不明の疲労がありフェリチン50μg/L未満、貧血のない月経のある女性198人に、硫酸鉄または偽薬を12週間投与した。疲労は鉄剤群で約48%、偽薬群で約29%改善し、鉄剤群で有意に大きく改善した。
- British Society of Gastroenterology guidelines for the management of iron deficiency anaemia in adults 著者:Snook J, Bhala N, Beales ILP, Cannings D, Kightley C, Logan RP, Pritchard DM, Sidhu R, Surgenor S, Thomas W, Verma AM, Goddard AF 掲載誌:Gut. 2021;70(11):2030-2051 発行:2021年11月 DOI:10.1136/gutjnl-2021-325210 要約:英国消化器病学会による成人の鉄欠乏性貧血の診療ガイドライン。男性と閉経後女性の約3分の1に原因疾患があり多くは消化管由来として内視鏡での精査を推奨し、鉄剤は少量・1日1回や隔日投与でもよいとしている。
- Iron absorption from oral iron supplements given on consecutive versus alternate days and as single morning doses versus twice-daily split dosing in iron-depleted women: two open-label, randomised controlled trials 著者:Stoffel NU, Cercamondi CI, Brittenham G, Zeder C, Geurts-Moespot AJ, Swinkels DW, Moretti D, Zimmermann MB 掲載誌:Lancet Haematol. 2017;4(11):e524-e533 発行:2017年11月 DOI:10.1016/S2352-3026(17)30182-5 要約:鉄の貯えが少ない18〜40歳の女性で、安定同位体を用いて鉄の吸収を測定した2つの無作為化試験。隔日投与は連日投与より吸収率が高く、1日量を朝晩に分けても吸収は増えず、ヘプシジンが上昇した。
- Effects of Iron Isomaltoside vs Ferric Carboxymaltose on Hypophosphatemia in Iron-Deficiency Anemia: Two Randomized Clinical Trials 著者:Wolf M, Rubin J, Achebe M, Econs MJ, Peacock M, Imel EA, Thomsen LL, Carpenter TO, Weber T, Brandenburg V, Zoller H 掲載誌:JAMA. 2020;323(5):432-443 発行:2020年2月 DOI:10.1001/jama.2019.22450 要約:経口鉄剤が合わない、または効果不十分な鉄欠乏性貧血の成人245人を対象とした2つの無作為化試験。低リン血症の発生率はデルイソマルトース第二鉄で約8%、カルボキシマルトース第二鉄で約75%と大きく異なった。
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介