睡眠時無呼吸症候群(SAS):健康リスクとその管理 ~高血圧・認知症・肥満との関わりを中心に~
睡眠時無呼吸症候群(SAS)について
健康リスクとその管理~高血圧・認知症・肥満との関わりを中心に~
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睡眠時無呼吸症候群とは
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome、SAS)は、睡眠中に呼吸が一時的に止まる(無呼吸)または極端に浅くなる(低呼吸)状態が繰り返される疾患です。
医学的には、10秒以上の無呼吸や低呼吸が1時間に5回以上発生する場合に診断され、その重症度は無呼吸低呼吸指数(AHI)で評価されます。
AHIが5~15で軽症、15~30で中等症、30以上で重症とされます。
最も一般的なタイプは、閉塞性睡眠時無呼吸(Obstructive Sleep Apnea、OSA)で、喉や舌の筋肉が弛緩し、気道が狭まるまたは閉塞することで起こります。
肥満は主要なリスク要因であり、首や喉周囲の脂肪が気道を圧迫し、無呼吸を誘発します。
睡眠時無呼吸症候群は成人の約20~30%に影響を及ぼし、特に中高年男性や肥満の人に多く見られます。
睡眠時無呼吸症候群は、単なる「いびき」の問題ではなく、心臓や脳、代謝系に悪影響を及ぼします。
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主な症状
睡眠時無呼吸症候群の症状は、本人が気づきにくい一方で、同居する家族が先に気づくことが多いです。代表的な症状は以下の通りです:
- 大きないびき:特に不規則で大きな音が特徴。
- 睡眠中の呼吸停止:家族から指摘されることが多い。
- 日中の強い眠気:仕事中や運転中の居眠りにつながる危険性。
- 朝の頭痛や倦怠感:睡眠の質低下による。
- 集中力低下:仕事や勉強の効率が落ちる。
- 夜間頻尿:睡眠中の低酸素状態が影響。
これらの症状は生活の質を大きく下げ、運転中の事故や労働災害のリスクを高めます。
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健康リスク
睡眠時無呼吸症候群は単なる「いびきの病気」ではなく、全身に深刻な影響を及ぼします。特に高血圧、認知症、肥満との関連が顕著です。
(1) 高血圧との関係
睡眠中の無呼吸は血中酸素濃度の低下(低酸素状態)を引き起こし、交感神経を活性化させます。
これにより血圧が上昇し、夜間高血圧や抵抗性高血圧(薬で制御しにくい高血圧)を誘発します。
睡眠時無呼吸症候群患者の約50~70%が高血圧を合併し、逆に高血圧患者の多くに睡眠時無呼吸症候群が隠れていることがあります。
動脈硬化が進んでいるのも睡眠時無呼吸症候群患者の特徴です。
未治療の場合、心筋梗塞や脳卒中のリスクが2~3倍に上昇します。肥満が加わると、このリスクはさらに増大します。
(2) 認知症との関係
睡眠時無呼吸症候群による慢性的な低酸素状態と睡眠の断片化は、脳の神経細胞にダメージを与えます。
深い睡眠(ノンレム睡眠)の不足は、アルツハイマー病に関連するアミロイドβなどの老廃物の排出を妨げ、認知機能の低下や認知症のリスクを高めます。
研究では、睡眠時無呼吸症候群患者の認知症リスクは1.5~2倍高く、特に高齢者で顕著です。肥満や高血圧が合併すると、このリスクはさらに悪化します。
また、うつ病や不安障害のリスクも増加し、生活の質が低下します。
(3) 肥満との悪循環
肥満と睡眠時無呼吸症候群は相互に悪化する関係にあります:
- 肥満により首や喉周囲に脂肪が蓄積し、気道が狭くなる。
- 睡眠時無呼吸症候群による睡眠の質低下がホルモンバランスを乱し、食欲抑制ホルモン(レプチン)の減少と食欲増進ホルモン(グレリン)の増加を招く。
- これにより過食が促進され、肥満が進行する。
この悪循環は、睡眠時無呼吸症候群の症状を悪化させ、高血圧や認知症のリスクをさらに高めます。BMIが30以上の人は、睡眠時無呼吸症候群の発症リスクが数倍に上昇します。
(4) その他のリスク
睡眠時無呼吸症候群は心不全、不整脈、糖尿病、肝機能障害、交通事故のリスクも増加させます。
未治療の睡眠時無呼吸症候群患者の死亡リスクは2~3倍高く、全身の健康に深刻な影響を及ぼします。
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診断方法
SASの診断には、症状の確認と客観的な検査が必要です。
(1) 問診と評価
医師は日中の眠気、いびき、夜間の息苦しさ、朝の疲労感などを確認します。
Epworth Sleepiness Scale(エプワース眠気尺度)で眠気の程度を評価し、肥満(首回りの太さ)、高血圧の既往、家族歴も考慮します。
パートナーの目撃証言(いびきや呼吸停止)も重要な情報源です。
(2) 簡易検査(HSAT)
自宅で行うホームスリープテスト(Home Sleep Apnea Testing、HSAT)は、鼻や指先にセンサーを装着し、呼吸パターンや血中酸素濃度を測定します。
手軽ですが、脳波を測定できないため、中枢性睡眠時無呼吸症候群の診断には限界があります。
(3) 精密検査(PSG)
終夜睡眠ポリグラフ検査(Polysomnography、PSG)は、病院での一泊入院検査で、脳波、心電図、呼吸パターン、血中酸素濃度、筋肉活動を総合的に測定します。
AHIを基に重症度を判定し、閉塞性か中枢性かを判別します。
高血圧や認知症リスクの評価には、追加で脳画像検査(MRI)や認知機能テストが行われる場合もあります。
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治療方法
SASの治療は、原因や重症度に応じて選択されます。
(1) 生活習慣の改善
- 減量:体重を5~10%減らすだけでAHIが半減する場合がある。週150分の有酸素運動や食事管理が推奨される。
- 禁酒・禁煙:アルコールは喉の筋肉を弛緩させ、喫煙は喉の炎症を悪化させる。
- 睡眠姿勢:仰向け寝を避け、横向き寝(ポジショナルセラピー)が有効。
(2) CPAP療法
持続陽圧呼吸療法(Continuous Positive Airway Pressure、CPAP)は、中等症以上の標準治療です。
マスクを介して空気を送り込み、気道を広げて無呼吸を防ぎます。いびきや日中の眠気が改善し、高血圧のコントロールや認知機能低下の予防にも効果的です。
(3) 口腔内装置
軽症~中等症では、歯科で作製するマウスピース(スリープスプリント)が有効ですが、入れ歯を使用している方は、マウスピースを作成できない場合があります。
下あごを前方に固定し、気道を確保します。
持ち運びが容易で、肥満が軽度の場合に適します。
(4) 外科的治療
扁桃肥大や鼻中隔弯曲など、構造的な問題がある場合に手術が検討されます。
選択肢には扁桃腺摘出、鼻中隔矯正、上顎下顎前進術、肥満手術(胃バイパス)、舌の神経刺激装置(Hypoglossal Nerve Stimulation)などがあります。
手術は限定的なケースに適用されます。
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放置した場合の危険性
未治療のSASは以下のような重大な健康リスクを引き起こします:
- 心血管疾患:高血圧、心筋梗塞、脳卒中、心不全、不整脈。
- 認知機能低下:認知症やうつ病のリスク増加。
- 代謝異常:糖尿病の悪化、肝機能障害。
- 事故リスク:日中の眠気による交通事故や労働災害。
SASは「いびきの病気」ではなく、全身の健康を脅かす生活習慣病です。
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まとめ
睡眠時無呼吸症候群は、肥満、高血圧、認知症と密接に関連する深刻な疾患です。
肥満は気道を狭め、無呼吸を悪化させ、睡眠の質低下がホルモンバランスを乱してさらに肥満を進行させる悪循環を生みます。
低酸素状態は高血圧や心血管疾患、認知症のリスクを高め、未治療の場合、死亡リスクが2~3倍に上昇します。
診断には簡易検査(HSAT)や精密検査(PSG)が用いられ、治療には生活習慣改善、CPAP療法、口腔内装置、外科的治療があります。
早期発見と適切な治療により、いびきや眠気の改善だけでなく、高血圧や認知症の予防、生活の質向上が期待できます。
気になる症状(大きないびき、日中の強い眠気、治療抵抗性の高血圧など)があれば、早めに専門医を受診し、検査を受けることが重要です。
質の高い睡眠は健康長寿の基盤であり、睡眠時無呼吸症候群の管理は全身の健康を守る第一歩です。
吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介