妊娠糖尿病について|千里丘かがやきクリニック|吹田市長野東の内科・消化器内科

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妊娠糖尿病について

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2025年11月11日

妊娠糖尿病について

妊娠糖尿病は、「妊娠中にはじめて発見または発症した、糖尿病にまでは至っていない糖代謝異常」と定義されます。
もともと糖尿病でなかった人が、妊娠をきっかけに血糖値が高くなる状態を指します。
これは決して珍しいことではなく、日本では妊婦さんのおよそ8.9%(約11人に1人)が妊娠糖尿病と診断されるという報告があります(日本糖尿病・妊娠学会、2023年)。

なぜ妊娠すると血糖値が高くなるのか?

妊娠すると、胎盤から「hPL(ヒト胎盤ラクトーゲン)」やプロゲステロンといったホルモンが分泌されます。これらのホルモンは、赤ちゃんの発育をサポートするために不可欠ですが、同時にお母さんの体内でインスリン(血糖値を下げる唯一のホルモン)の働きを悪くする作用(インスリン抵抗性)も持っています。
通常、体はインスリンの分泌量を増やしてこれを補おうとしますが、その働きが追いつかなくなると、血液中のブドウ糖(血糖)が処理しきれなくなり、血糖値が上昇します。これが妊娠糖尿病のメカニズムです。
お母さんの生活習慣だけが原因ではなく、体質や遺伝的要因、加齢なども関わっており、誰にでも起こりうる状態です。

妊娠糖尿病が母体と赤ちゃんに与える影響

妊娠糖尿病の診断基準は、通常の糖尿病よりも厳しく設定されています。これは、たとえ軽度の高血糖であっても、お母さんと赤ちゃんに様々な合併症を引き起こすリスクがあるためです。

お母さんへの影響

  • 妊娠高血圧症候群や子癇前症のリスク上昇
  • 羊水量の異常(羊水過多症)
  • 帝王切開率の上昇(後述する巨大児のリスクによる)
  • 将来的な2型糖尿病の発症リスク上昇

赤ちゃんへの影響

  • 巨大児(Macrosomia): お母さんの高い血糖が胎盤を通じて赤ちゃんに送られ、赤ちゃんのインスリンが過剰に分泌されます。インスリンは成長促進因子でもあるため、赤ちゃんが過度に大きくなり(4000g以上など)、難産や出産時の肩甲難産(肩が引っかかる)のリスクが高まります。
  • 新生児低血糖: お腹の中で高血糖環境に慣れていた赤ちゃんは、出生後、お母さんからの糖供給が途絶えてもインスリンを過剰に分泌し続け、逆に低血糖に陥ることがあります。これは哺乳不良やけいれんの原因となるため、厳重な管理が必要です。
  • その他: 出生後の呼吸窮迫症候群、高ビリルビン血症(黄疸)などのリスクも高まります。

これらのリスクを回避するため、妊娠糖尿病と診断されたら速やかに適切な管理(主に食事療法)を開始することが極めて重要です。

妊娠糖尿病の診断方法

多くの産院では、妊娠初期と中期の2回、血糖検査が行われます。

  1. 妊娠初期(随時血糖またはGCT): 最初の妊婦健診で、食前・食後に関わらず採血(随時血糖)を行います。
  2. 妊娠中期(50g GCT): 妊娠2428週頃に、50gのブドウ糖が入った甘いサイダーを飲み、1時間後の血糖値を測定します。
  3. 確定診断(75g OGTT): 上記のスクリーニング検査で基準値を超えた場合、確定診断のために「75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)」を行います。これは、空腹の状態でブドウ糖を摂取し、摂取前、1時間後、2時間後の血糖値を測定する検査です。妊娠高血圧症候群や子癇前症のリスク上昇

妊娠糖尿病治療の柱:「食事療法」と「糖質管理」

妊娠糖尿病治療の基本は、1)食事療法、2)運動療法、3)薬物療法(インスリン注射)の3本柱ですが、その中でも最も重要で、最初に行われるのが食事療法です。

糖質管理(糖質制限)の圧倒的な重要性

妊娠糖尿病における食事療法の目的は、「食後の高血糖を防ぎ、かつ、空腹時のケトーシス(※)を防ぐこと」です。
(※ケトーシス:糖質が極端に不足し、体が脂肪をエネルギー源として分解する際に「ケトン体」という物質が増える状態。妊娠中のケトーシスが胎児に与える影響はまだ完全には解明されておらず、避けるべきとされています。)
血糖値を直接的に、かつ急激に上昇させる栄養素は「糖質(炭水化物)」だけです。タンパク質や脂質は、血糖値にほとんど直接的な影響を与えません。
したがって、妊娠糖尿病の管理において、糖質の摂取量と摂取方法を適切にコントロールすること(適切な糖質制限)は、治療の根幹であり、最も科学的かつ効果的なアプローチです。

糖質制限食を肯定的に捉える科学的根拠

従来の妊娠糖尿病の食事指導は、総カロリーを計算し、そのうちの50〜60%を炭水化物(糖質)から摂取するという「カロリー制限・高糖質食」が主流でした。
しかし、この方法では食後の高血糖を抑えきれず、インスリン注射が必要となるケースが多くありました。
近年、このアプローチが見直されています。

科学的根拠(メリット)

複数のランダム化比較試験(RCT)やメタアナリシス(複数の研究を統合した分析)において、妊娠糖尿病患者に対する「低糖質食(Low-Carbohydrate Diet)」の有効性が示されています。
例えば、総摂取カロリーに占める炭水化物の割合を45%未満(従来の食事より低い割合)に設定した食事指導(低糖質食)は、従来の食事指導(高糖質食)と比較して、以下の点で優れていたことが報告されています。

  1. 食後の血糖コントロールが有意に改善した
  2. インスリン治療を必要とする妊婦の割合が有意に減少した
  3. 母体の体重増加がより適切に管理された

(出典:Han, S., et al. (2021). Diabetes Research and Clinical Practice.)

これは、「糖質を適切に制限すること」が、妊娠糖尿病の妊婦さんがインスリン注射に頼ることなく、良好な血糖コントロールを達成するための強力な手段であることを示しています。

実践的な「安全な」糖質管理の方法

妊娠糖尿病における「糖質制限」は、糖質をゼロにするような極端なものではなく、「血糖値を上げすぎないように賢く管理する」ことを意味します。

分割食(ぶんしょく)

妊娠糖尿病の食事療法の基本中の基本です。1日の総糖質量は減らしすぎず(胎児のエネルギーとケトーシス予防のため)、それを1日5〜6回に分けて食べる方法です。
例えば、朝食・昼食・夕食の「主食(ご飯、パン、麺類)」の量をそれぞれ半分〜3分の2程度に減らし、その減らした分を「間食(補食)」として食後2〜3時間後に摂ります。

メリット: 1回あたりの糖質摂取量が減るため、食後の血糖値の急上昇(ピーク)を劇的に抑えることができます。

糖質の「質」を選ぶ(低GI食)

同じ糖質量でも、血糖値を上げやすい糖質と、上げにくい糖質があります。この指標を「GI(グリセミック・インデックス)」と呼びます。

  • 避けるべき高GI食品(血糖値を急上昇させる):
    • 白米、食パン、うどん、菓子パン
    • 砂糖、ジュース、清涼飲料水
    • じゃがいも、にんじん(根菜類の一部)
  • 積極的に選びたい低GI食品(血糖値の上昇が緩やか):
    • 玄米、雑穀米、全粒粉パン、ライ麦パン
    • そば
    • 葉物野菜、きのこ類、海藻類

主食を精製された白いものから、茶色いもの(未精製)に変えるだけで、食後の血糖コントロールは大きく改善します。

食べる順番(ベジファースト)

食事の際は、まず野菜や海藻類(食物繊維)から食べ始め、次にタンパク質(肉、魚、卵、大豆製品)、最後に糖質(ご飯、パン)を食べるようにします。
食物繊維とタンパク質・脂質が先に胃腸にあることで、後から入ってくる糖質の吸収が緩やかになり、血糖値の急上昇を防ぐことができます。

運動療法と薬物療法

運動療法

食事療法と並行して、運動療法も推奨されます。特に効果的なのは、食後30分〜1時間後のウォーキング(15〜30分程度)です。食後に体を動かすことで、筋肉がブドウ糖を消費し、血糖値の上昇を抑えることができます。

薬物療法(インスリン)

食事療法と運動療法を適切に行っても、血糖値の目標値(例:食後2時間値 120mg/dL未満など)を達成できない場合は、インスリン注射が開始されます。
インスリンは胎盤を通過しないため、赤ちゃんに影響を与えることなく、お母さんの血糖値だけを安全に下げることができる唯一の薬剤です。

出産後について

妊娠糖尿病の人の多くは、出産後に胎盤が排出されると、インスリン抵抗性が改善し、血糖値も正常に戻ります。
しかし、妊娠糖尿病を経験した人は、経験しなかった人と比較して、将来的に2型糖尿病を発症するリスクが約7倍高いことがわかっています(出典:Bellamy, L., et al. (2009). The Lancet)。
出産後も油断せず、産後6〜12週後に再度75g OGTT検査を受け、血糖値が正常に戻っているかを確認することが重要です。
また、その後も定期的に健康診断を受け、妊娠糖尿病で学んだ「適切な糖質管理」を継続することが、将来の健康を守る鍵となります。

参考文献

  1. 日本糖尿病・妊娠学会. (2023). 『糖尿病と妊娠に関するガイドライン(第3版)』.
  2. 日本産科婦人科学会 / 日本産婦人科医会. (2021). 『産婦人科診療ガイドライン産科編2020.
  3. American Diabetes Association (ADA). “Management of Diabetes in Pregnancy: Standards of Medical Care in Diabetes—2023.” Diabetes Care.
  4. Han, S., et al. (2021). “Low-carbohydrate diet for gestational diabetes mellitus: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials.” Diabetes Research and Clinical Practice.
  5. Bellamy, L., et al. (2009). “Type 2 diabetes mellitus after gestational diabetes: a systematic review and meta-analysis.” The Lancet.

吹田市長野東19-6

千里丘かがやきクリニック

院長 有光潤介

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