2025年12月28日

夜ごとの「パニック」が血糖値を狂わせる
睡眠時無呼吸症候群(以下、SAS)の患者さんは、睡眠中に何度も呼吸が止まり、そのたびに血液中の酸素濃度が低下します。重症の方では、一晩に何百回も「首を絞められたような状態」を繰り返しています。
この過酷な状況に対し、体は自分の命を守ろうと必死に反応します。この「命を守ろうとする防御反応」こそが、副作用として血糖値のコントロール機能を破壊してしまうのです。
主な原因は以下の3つの大きな柱に分類されます。
・交感神経の暴走(夜間の興奮状態)
・間欠的低酸素血症(酸化ストレスと炎症)
・睡眠分断によるホルモンバランスの崩壊
これらについて、順を追って詳しく解説します。
交感神経の暴走:体は寝ていても、脳は戦っている
通常、私たちは眠っている間、「副交感神経」が優位になり、体はリラックスモードに入ります。心拍数は下がり、血圧も安定し、体は休息します。
しかし、SASの患者さんは呼吸が止まるたびに、脳が「酸素が足りない!窒息する!」と感知し、緊急警報を鳴らします。これにより、体を無理やり起こして呼吸を再開させようと「交感神経」(興奮の神経)が急激に活性化します。
「戦うためのホルモン」が血糖値を上げる
交感神経が活性化すると、体は「敵と戦うか、逃げるか」の準備を始めます(闘争・逃走反応)。この時、アドレナリンやコルチゾールといったストレスホルモン(カテコールアミン)が大量に分泌されます。
これらのホルモンには、戦いのエネルギーを確保するために「血糖値を上げる」という強力な作用があります。肝臓に蓄えられた糖を血液中に放出し、さらに筋肉などが糖を取り込むのをブロックします。
本来であれば、寝ている間は血糖値が下がるはずなのに、SASの患者さんの体内では、まるで全力疾走している時のように、血糖値を上昇させる命令が出続けているのです。これが毎晩続くことで、慢性的な高血糖状態が引き起こされます。
間欠的低酸素血症:酸素の波が体を「サビ」させる
SASの最大の特徴は、酸素濃度が下がる(低酸素)と、呼吸が再開して酸素が戻る(再酸素化)を繰り返すことです。これを専門用語で「間欠的低酸素血症(Intermittent Hypoxia)」と呼びます。
ずっと酸素が薄い高地にいるのとは異なり、「酸素不足」と「酸素急増」がジェットコースターのように繰り返されるこの状態は、体にとって猛毒となります。
活性酸素による「サビ」と「炎症」
呼吸再開時に急に酸素が流れ込むと、大量の「活性酸素」が発生します。活性酸素は強力な酸化力を持ち、細胞を傷つけます(酸化ストレス)。いわば、体が内側からサビついていくような状態です。
この酸化ストレスは、全身に「慢性炎症」を引き起こします。炎症が起きると、TNF-α(ティーエヌエフ・アルファ)やIL-6(インターロイキン・シックス)といった炎症性サイトカインという物質が血液中に放出されます。
インスリンの鍵穴を壊す(インスリン抵抗性)
ここが糖尿病との重要な接点です。通常、血糖値を下げるホルモン「インスリン」は、細胞にあるドアノブ(受容体)に結合して、糖を細胞内に取り込ませます。
しかし、先述の炎症性サイトカインは、このドアノブの働きを邪魔してしまいます。
これを「インスリン抵抗性」と呼びます。
すい臓が頑張ってインスリンを出しているのに、ドアが開かないため糖が細胞に入っていかず、血液中に糖があふれてしまうのです。間欠的低酸素は、この「インスリンの効きにくさ」を直接的に悪化させることが科学的に証明されています。
ホルモンバランスの崩壊と内臓脂肪
深い睡眠(徐波睡眠)は、体のメンテナンスに不可欠です。しかし、SASでは呼吸が苦しくなるたびに脳が覚醒(マイクロアローザル)するため、深い睡眠がほとんどとれません。
食欲の暴走と脂肪の蓄積
睡眠不足や睡眠の質の低下は、食欲を抑制するホルモン「レプチン」を減らし、食欲を増進させるホルモン「グレリン」を増やします。
「無呼吸で眠りが浅い」→「日中だるくて動けない」→「食欲が増して過食する」→「肥満が悪化する」という負のループに陥ります。
脂肪細胞からの悪玉物質
肥満、特に内臓脂肪が増えると、脂肪細胞自体からアディポサイトカインという生理活性物質が分泌されます。
正常な脂肪細胞からはアディポネクチンという「インスリンの効きを良くする善玉物質」が出ますが、SASによる低酸素ストレスを受けた脂肪組織や、肥大化した内臓脂肪からは、逆にインスリンの働きを阻害する悪玉物質が多く分泌されるようになります。
SASは肥満の人に多い病気ですが、「肥満だから糖尿病になる」だけでなく、「SASという病態そのものが、脂肪細胞を変化させ、糖尿病リスクを高める」という独立したリスク因子であることが、多くの研究で明らかになっています。
まとめ:SASの治療は、糖尿病治療の一環である
以上のメカニズムをまとめると、以下のようになります。
呼吸停止によるストレスで、交感神経が興奮し、血糖値を上げるホルモンが出る。
酸素濃度の乱高下で活性酸素が発生し、全身に炎症が起きる。
炎症やストレスホルモンの影響で、インスリンが効きにくい体(インスリン抵抗性)になる。
結果として、すい臓が疲弊し、2型糖尿病の発症や悪化につながる。
実際、CPAP(シーパップ)療法などで無呼吸を治療し、しっかり睡眠を取れるようになると、インスリン抵抗性が改善し、血糖コントロールが良くなるというデータも多数報告されています。
「たかがイビキ」と放置せず、睡眠時の呼吸を管理することは、将来の糖尿病リスク、ひいては心筋梗塞や脳卒中を防ぐための非常に重要な内科的治療なのです。
参考文献
1. Sleep-disordered breathing and glucose metabolism: findings from the Sleep Heart Health Study, Punjabi NM, et al. American Journal of Epidemiology, 2004, DOI: 10.1093/aje/kwh261
要約: 米国の約2600人を対象とした大規模研究。肥満度に関わらず、睡眠時無呼吸の重症度(AHI)が高いほど、空腹時血糖値の上昇やインスリン抵抗性の悪化と強く関連していることを証明した記念碑的論文。
2. Obstructive Sleep Apnea and Diabetes: A State of the Art Review, Reutrakul S, Mokhlesi B. Chest, 2017, DOI: 10.1016/j.chest.2017.05.009
要約: 睡眠時無呼吸と糖尿病の関係に関する包括的レビュー。交感神経活性化、視床下部-下垂体-副腎系、炎症、酸化ストレスなどのメカニズムを詳細に解説し、CPAP治療による血糖改善効果についても言及している。
3. Sleep disorders and the development of insulin resistance and obesity, Mesarwi O, et al. Endocrinology and Metabolism Clinics of North America, 2013, DOI:10.1016/j.ecl.2013.05.001
要約: 間欠的低酸素血症と睡眠分断がどのようにインスリン抵抗性を引き起こすか、その分子的メカニズム(HIF-1αの関与や脂肪組織の炎症など)を中心に解説した論文。
4. Oxidative stress inflammation and endothelial dysfunction in obstructive sleep apnea, Lavie L. Frontiers in Bioscience (Elite Ed), 2012, DOI: 10.2741/469
要約: 睡眠時無呼吸における「酸化ストレス」の役割に焦点を当てた論文。再酸素化による活性酸素種の生成が、炎症カスケードを引き起こし、代謝異常や心血管疾患のリスクを高めるプロセスを詳述している。
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介