2026年1月02日

はじめに:睡眠時無呼吸症候群と脳血管障害の密接な関係
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に何度も呼吸が止まり、体内の酸素が不足する病気です。疫学研究において、SASは高血圧、心房細動、そして脳卒中の独立した強力な危険因子であることが証明されています。
健康な人であれば、睡眠中は脳や身体を休めるために血圧が下がり、脈拍も落ち着きます。しかし、SASの患者さんの体内では、夜間にもかかわらず激しい「生理学的嵐」が起きています。これが長年続くことで血管がボロボロになり、ある日突然、脳の血管が詰まったり破れたりするのです。
「交感神経の暴走」による高血圧の悪化
脳卒中の最大のリスクファクターは「高血圧」です。SASは、非常に特殊で危険なタイプの高血圧を引き起こします。
【メカニズムの解説】
呼吸が止まると、血中の酸素濃度が低下(低酸素血症)し、二酸化炭素が蓄積します。脳はこれを「生命の危機」と感知し、無理やり身体を起こして呼吸を再開させようとします(覚醒反応)。この時、身体を興奮させる神経である「交感神経」が急激に活性化します。
通常、夜間の血圧は昼間よりも10〜20%下がるのが正常(ディッパー型)です。しかし、SAS患者は呼吸が止まるたびに交感神経が興奮し、アドレナリンなどのストレスホルモンが放出されるため、寝ている間も血圧が高い状態が続きます。これを「ノンディッパー型」あるいは、逆に夜間の方が血圧が高くなる「ライザー型」高血圧と呼びます。
一晩に何百回も呼吸停止と再開を繰り返すことは、寝ている間に全力疾走と急停止を繰り返しているようなものです。この持続的な負荷により、血管の壁は常に高い圧力にさらされ、動脈硬化が急速に進行します。
「酸化ストレス」と「血管内皮障害」による血管の劣化
SASの特徴である「低酸素(呼吸停止)」と「再酸素化(呼吸再開)」の繰り返しは、血管の内側を傷つける強力な要因となります。
【メカニズムの解説】
呼吸が再開して急激に酸素が取り込まれる際、体内で「活性酸素」という有害な物質が大量に発生します。これを「酸化ストレス」と呼びます。金属が錆びるのと同じように、活性酸素は血管の細胞を酸化させ、傷つけます。
血管の内側を覆っている「血管内皮細胞」は、本来、血管を広げたり血液をサラサラに保つ物質(一酸化窒素など)を出して血管を守っています。しかし、酸化ストレスによってこの内皮細胞が機能不全に陥ると、血管は硬く狭くなり(動脈硬化)、傷ついた部分を修復しようとしてプラーク(コレステロールの塊)が形成されます。
SAS患者の頸動脈(脳へ血液を送る首の太い血管)を調べると、健康な人に比べて動脈硬化が進んでいることが多くの研究で示されています。このプラークが剥がれて脳に飛ぶと、脳梗塞を引き起こします。
「胸腔内圧の変動」と心房細動の誘発
SASは脳の血管だけでなく、心臓にも物理的なダメージを与え、それが結果として脳卒中(特に心原性脳塞栓症)の原因となります。
【メカニズムの解説】
閉塞性の無呼吸では、気道が塞がっているのに無理やり息を吸おうとするため、胸の中(胸腔)の圧力が極端に低くなります(陰圧)。これはストローの先をつまんで強く吸うような状態です。この強い陰圧により、心臓の壁が外側に引っ張られ、心臓に血液が過剰に吸い込まれるため、心臓(特に左心房)が引き伸ばされます。
心臓の壁が引き伸ばされ続けると、心臓の電気信号が乱れやすくなり、「心房細動」という不整脈が発生します。心房細動が起きると、心臓内で血液がよどんで大きな血栓(血の塊)ができやすくなります。この血栓が血流に乗って脳に運ばれると、太い血管を突然塞ぎ、重症の脳梗塞(心原性脳塞栓症)を引き起こします。SAS患者は心房細動の合併率が非常に高いことが知られています。
血液凝固能の亢進(血液がドロドロになる)
さらに、SASによる低酸素状態は、血液そのものの性質も変化させます。
【メカニズムの解説】
慢性的な酸素不足を補うため、身体は赤血球を増やして酸素運搬能力を高めようとします(多血症)。これにより血液の粘度が増し、ドロドロの状態になります。
また、血小板の機能が活性化し、血液が固まりやすくなる成分(フィブリノゲンなど)が増加することも報告されています。
「血管が傷つき狭くなっている(動脈硬化)」ところに、「固まりやすいドロドロの血液」が流れるため、非常に血栓ができやすい環境が整ってしまうのです。
結論:治療の重要性
以上の4つのメカニズム(高血圧、血管内皮障害、心房細動、血液凝固亢進)が複合的に絡み合うことで、SAS患者の脳血管障害リスクは健常者の約2〜4倍になるとされています。
重要な点は、これらのリスクは「CPAP(持続陽圧呼吸療法)」などの適切な治療を行い、無呼吸を解消することで低減できるという事実です。治療を行わずに放置することは、毎晩血管にダメージを与え続ける行為に等しいと言えます。
出典文献一覧
1. Obstructive sleep apnea as a risk factor for stroke and death, Yaggi HK, et al. New England Journal of Medicine, 2005, DOI: 10.1056/NEJMoa043104
要約: 1022名を対象とした観察研究。重症SAS患者は健常者に比べ脳卒中や死亡のリスクが有意に高いことを証明し、SASが脳血管障害の独立した危険因子であることを示した画期的論文。
2. Long-term cardiovascular outcomes in men with obstructive sleep apnoea-hypopnoea with or without treatment with continuous positive airway pressure: an observational study, Marin JM, et al. The Lancet, 2005, DOI: 10.1016/S0140-6736(05)71141-7
要約: SAS患者を約10年間追跡した研究。未治療の重症患者は致死的な心血管イベントが激増するが、CPAP治療を行えばリスクが健常者と同等まで低下することを証明した重要文献。
3. Obstructive sleep apnea-hypopnea and incident stroke: the sleep heart health study, Redline S, et al. American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, 2010, DOI: 10.1164/rccm.200911-1746OC
要約: 大規模コホート「Sleep Heart Health Study」の5000人超のデータを解析。男性において中等症以上のSASが脳卒中の発症リスクを約3倍に高めることを明らかにした。
4. Association of obstructive sleep apnea with atrial fibrillation and ventricular arrhythmias: the Sleep Heart Health Study, Mehra R, et al. American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, 2006, DOI: 10.1164/rccm.200509-1442OC
要約: 重症SAS患者では、脳塞栓症の主要因となる心房細動のリスクが4倍以上になることを示し、SASが心臓の電気生理学的な異常を直接引き起こす可能性を強く示唆した研究。
5. Prospective study of the association between sleep-disordered breathing and hypertension, Peppard PE, et al. New England Journal of Medicine, 2000, DOI: 10.1056/NEJM200005113421901
要約: 睡眠呼吸障害と高血圧発症の用量依存性を証明した古典的研究。無呼吸の回数(AHI)が多いほど、将来の高血圧発症リスクが直線的に上昇することを明らかにした。
6. Sleep Apnea and Cardiovascular Disease: An American Heart Association/American College of Cardiology Foundation Scientific Statement, Somers VK, et al. Circulation, 2008, DOI: 10.1016/j.jacc.2008.05.002
要約: 米国心臓協会(AHA)による科学的声明。SASが交感神経活性化や炎症などを介して脳卒中や心疾患を引き起こすメカニズムを総括し、治療の必要性を提言している。