なぜ脳は酸欠に弱いのか? 睡眠時無呼吸症候群と認知機能低下の科学的メカニズム|千里丘かがやきクリニック|吹田市長野東の内科・消化器内科

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なぜ脳は酸欠に弱いのか? 睡眠時無呼吸症候群と認知機能低下の科学的メカニズム

なぜ脳は酸欠に弱いのか? 睡眠時無呼吸症候群と認知機能低下の科学的メカニズム|千里丘かがやきクリニック|吹田市長野東の内科・消化器内科

2026年1月11日

なぜ脳は酸欠に弱いのか? 睡眠時無呼吸症候群と認知機能低下の科学的メカニズム

脳は、人体の中で最も酸素とエネルギーを消費する臓器であり、睡眠中に重要なメンテナンス作業を行っています。睡眠時無呼吸症候群は、この「脳のメンテナンス」と「酸素供給」の両方を阻害するため、脳に多角的なダメージを与えます。
今回は、主要な4つの科学的メカニズムと、それらがどのように記憶力や判断力に影響するかを解説します。

間欠的低酸素血症:脳細胞への「酸欠」と「酸化ストレス」

睡眠時無呼吸症候群の最大の特徴は、睡眠中に呼吸が止まることで体内の酸素濃度が低下し、呼吸が再開すると急激に酸素が戻るというサイクルを繰り返すことです。これを専門用語で「間欠的低酸素血症(Intermittent Hypoxia)」と呼びます。これが脳に与える影響は甚大です。

酸化ストレスによる脳細胞の損傷

呼吸が止まって酸素が減り、再開して急に酸素が入ってくると、体内では「活性酸素」という有害物質が大量に発生します。これは、金属が錆びるのと同じような現象(酸化)を細胞レベルで引き起こします。この「酸化ストレス」は、神経細胞(ニューロン)を傷つけ、最悪の場合は細胞死(アポトーシス)を招きます。特に、記憶を司る「海馬」や、思考・判断を司る「前頭前野」という脳の部位は、酸素不足に対して非常に脆弱であり、ダメージを受けやすいことが分かっています。

脳の炎症(神経炎症)

酸化ストレスは、脳内で炎症反応を引き起こします。慢性的な炎症は、神経細胞の機能を低下させ、情報の伝達スムーズに行われなくなります。これが「頭がぼーっとする」「集中力が続かない」といった自覚症状の根底にある生理学的変化です。

睡眠の分断:記憶の定着阻害と脳の疲労

私たちの眠りにはリズムがあります。脳を休める「ノンレム睡眠」と、記憶の整理などを行う「レム睡眠」です。しかし、無呼吸の患者さんは、呼吸が止まるたびに脳が危機を感じて覚醒反応(マイクロアローザル)を起こします。本人は目が覚めた自覚がなくても、脳波上では睡眠が頻繁に中断されているのです。

記憶の固定化の不全

人間は、日中に学習したことや経験した記憶を、夜間の深い睡眠中に整理し、長期記憶として脳に定着させます。これを「記憶の固定化」と呼びます。しかし、睡眠が分断されると、深い睡眠(徐波睡眠)やレム睡眠が十分に取れなくなります。その結果、新しいことを覚えられない、昨日のことが思い出せないといった「記銘力障害」が生じやすくなります。

注意維持機能の低下

睡眠の分断は、日中の過度な眠気を引き起こすだけでなく、脳の覚醒レベルを維持する能力を低下させます。これは「遂行機能障害」として現れ、段取りよく物事を進められない、同時に複数のことを処理できない、といった能力低下に直結します。

グリンパティック・システムの機能不全:脳内の「ゴミ出し」停止

近年、脳科学の分野で非常に注目されている発見があります。
それが「グリンパティック・システム(Glymphatic System)」と呼ばれる、脳内の老廃物を排出する機能です。

アミロイドベータの蓄積

アルツハイマー型認知症の原因物質の一つとされる「アミロイドベータ」などの異常タンパク質は、私たちが起きている間に脳内に蓄積されます。そして、私たちが深く眠っている間に、脳脊髄液の流れが活発になり、これらの老廃物を洗い流しています。いわば、夜中に脳内の清掃業者がゴミ回収をしているのです。
しかし、睡眠時無呼吸症候群によって睡眠が浅くなったり分断されたりすると、この洗浄システムが十分に機能しません。その結果、アミロイドベータが脳内に蓄積し続け、それが長期にわたることで神経細胞が死滅し、アルツハイマー型認知症のリスクを高めると考えられています。最新の研究では、無呼吸の重症度と脳内のアミロイド蓄積量に関連があることが示唆されています。

脳血管へのダメージと血流障害

睡眠時の無呼吸は、呼吸再開時の努力呼吸によって胸腔内の圧力を大きく変動させ、交感神経を異常に興奮させます。これにより、寝ている間も血圧が高い状態が続き、血管に負担がかかります。

脳小血管病

高血圧や血管内皮機能の障害は、脳の細い血管を動脈硬化させ、血流を悪くします。脳の深部にある白質という領域は、血流低下の影響を受けやすく、「白質病変」と呼ばれる虚血性の変化が起こりやすくなります。これは血管性認知症の主要な原因であり、情報の処理速度の低下や、歩行障害、意欲の低下などを引き起こします。

まとめ:早期発見と治療の重要性

以上のメカニズムにより、睡眠時無呼吸症候群は単なる「いびきの病気」ではなく、「脳を物理的に破壊し、老化を早める病気」であることが科学的に明らかになっています。
酸欠と酸化ストレスによる直接的な細胞死
睡眠分断による記憶定着の阻害
脳内老廃物アミロイドベータ等)の排出不全
血管障害による血流低下
これらが複合的に絡み合うことで、認知機能が低下します。しかし、希望もあります。CPAP(経鼻的持続陽圧呼吸療法)などの適切な治療を行い、睡眠中の呼吸状態を改善することで、これらの認知機能の低下が食い止められたり、一部の機能(特に注意機能や処理速度)が改善したりするという報告も多数あります。
「最近、物忘れが増えた」「頭がスッキリしない」と感じる場合、それが加齢によるものではなく、睡眠呼吸障害によるものである可能性を疑うことは、将来の認知症予防において極めて重要です。

出典

1. Sleep-Disordered Breathing, Hypoxia, and Risk of Mild Cognitive Impairment and Dementia in Older Women Yaffe K, et al. JAMA, 2011, DOI: 10.1001/jama.2011.1115
要約: 高齢女性約300人を対象とした5年間の追跡調査。睡眠呼吸障害がある群は、ない群と比較して、軽度認知障害(MCI)や認知症を発症するリスクが約1.85倍高くなることを実証した重要な疫学研究。
2. Association of Sleep-Disordered Breathing With Cognitive Function and Risk of Cognitive Impairment Leng Y, et al. JAMA Neurology, 2017, DOI: 10.1001/jamaneurol.2017.2180
要約: 14の研究、合計420万人以上のデータを統合解析(メタアナリシス)した論文。睡眠呼吸障害が認知機能低下および認知症のリスクを有意に上昇させることを統計的に裏付け、その関連の強さを示した。
3. Obstructive Sleep Apnea: Brain Structural Changes and Neurocognitive Function before and after Treatment Canessa N, et al. American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, 2011, DOI: 10.1164/rccm.201005-0693OC
要約: 未治療の無呼吸患者において、海馬などの脳灰白質の体積減少と認知機能低下が相関することを確認。さらに、CPAP治療を3ヶ月継続することで、脳構造の回復と認知機能の改善が見られることを示した希望ある研究。
4. Sleep Drives Metabolite Clearance from the Adult Brain Xie L, et al. Science, 2013, DOI: 10.1126/science.1241224
要約: 脳内の老廃物を排出する「グリンパティック・システム」が、睡眠中に活性化することを発見した画期的な基礎研究。睡眠障害がアルツハイマー病の原因物質(アミロイドβ)の蓄積につながるメカニズムを分子レベルで解明した。
5. Evidence of Neurodegeneration in Obstructive Sleep Apnea: Relationship Between Obstructive Sleep Apnea and Cognitive Dysfunction in the Elderly Daulatzai MA. Journal of Neuroscience Research, 2015, DOI: 10.1002/jnr.23634
要約: 無呼吸による「慢性的な低酸素」「睡眠分断」「神経炎症」「酸化ストレス」が、どのように相互作用して脳機能を障害し、認知症やうつ病の病態生理に関与するかを包括的に解説したレビュー論文。
6. Obstructive Sleep Apnea Severity Affects Amyloid Burden in Cognitively Normal Elderly Sharma RA, et al. American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, 2018, DOI: 10.1164/rccm.201704-0704OC
要約: 認知機能が正常な高齢者を対象に、PETスキャンを用いて脳内アミロイド蓄積量を測定。無呼吸が重症であるほど、脳内のアミロイド負担が増加していることを示し、無呼吸がアルツハイマー病の早期リスク因子であることを示唆した。

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