2026年5月15日

舌下免疫療法(SLIT)とは
舌下免疫療法は、アレルギーの原因となっている物質(アレルゲン)を少量から継続的に体内に取り込ませることで、免疫システムをアレルゲンに慣れさせ、根本的な体質改善を目指す治療法です。
これまでのアレルギー治療薬(抗ヒスタミン薬など)は、出ている症状を一時的に抑える「対症療法」ですが、舌下免疫療法は、アレルギー反応そのものを起こりにくくする「原因療法(根本治療)」であるという決定的な違いがあります。
かつては皮下免疫療法という注射による治療が主流でしたが、頻繁な通院が必要であり、痛みを伴うという課題がありました。舌下免疫療法は、1日1回、舌の下に薬を置いて吸収させるだけでよいため、自宅で痛みを伴わずに安全に継続できる画期的な治療法として普及しています。
現在、日本で治療可能な舌下免疫療法(2026年時点)
現在、日本の医療機関で保険適用として承認され、一般に処方されている舌下免疫療法は、以下の2つのアレルゲンに対する治療薬のみです。
スギ花粉症に対する治療薬:シダキュア(スギ花粉舌下錠)
日本のスギ花粉症患者のために開発された薬です。以前は「シダトレン」という液体の薬が使用されていましたが、現在は製造・販売が終了しており、より効果が高く常温保存が可能な錠剤タイプの「シダキュア」に完全に移行しています。
・対象年齢:5歳以上の小児から成人まで幅広く治療可能です。
・服用方法:1日1回、舌の下に錠剤を置き、1分間保持した後に飲み込みます。
・開始時期の制限:スギ花粉が大量に飛散している時期(1月〜5月頃)に治療を開始すると、過敏なアレルギー反応(アナフィラキシーなど)を引き起こす危険性が高まります。そのため、花粉が飛んでいない「6月から11月末」の間に開始するという厳密なルールがあります。
ダニアレルギー性鼻炎に対する治療薬:ミティキュア、アシテア
ハウスダストの主原因であるダニ(ヤケヒョウヒダニおよびコナヒョウヒダニ)に対する治療薬です。通年性のアレルギー性鼻炎や、ダニが原因の気管支喘息の緩和に著効を示します。日本では現在、2つの異なる薬が発売されています。
・対象年齢:どちらも5歳以上から治療可能です。
・開始時期:通年性のため、スギ花粉症のような開始時期の制限はなく、1年中いつでも治療を始めることができます。
・2つの薬の特徴と違い:
「ミティキュア」(鳥居薬品)は、初期の用量を少なく設定し、副作用を抑えながら安全に体を慣れさせやすいように設計されています。一方、「アシテア」(塩野義製薬)は、1錠に含まれるダニの抗原量(アレルゲン濃度)がミティキュアよりも高く設定されているのが特徴です。患者さんの症状の重さや副作用のリスクを医師が総合的に判断して、どちらの薬を使用するかを選択します。
日本で行われている治験(開発中の治療)
現在承認されているのはスギ花粉とダニのみですが、他のアレルゲンに対する需要も極めて高く、以下の治験および臨床研究が進行しています。
イネ科花粉症に対する舌下免疫療法の治験
カモガヤやハルガヤなどのイネ科の植物による花粉症は、初夏から秋にかけて強い症状を引き起こします。欧米ではすでにイネ科に対する舌下免疫療法が標準治療として普及していますが、日本では長らく未承認でした。しかし、2025年より日本国内の複数の医療機関において、イネ科花粉症の患者を対象とした新しい舌下免疫療法薬の治験が開始され、現在も進行しています。これが順調に進めば、日本で3つ目の承認薬として実用化されることが期待されています。
ヒノキ花粉症への対応に関する研究
多くのスギ花粉症患者は、春の後半に飛散するヒノキ花粉にもアレルギー反応を示します。現在、ヒノキ単独の舌下免疫療法薬はまだ治験段階に至っていません。しかし、スギ花粉とヒノキ花粉は原因となるタンパク質の構造が非常に似ている(交差反応性を持つ)という特徴があります。最新の臨床研究により、スギ花粉用の「シダキュア」による治療を行うことで、ヒノキ花粉症の症状もある程度有意に抑えられることが実証されており、現在の日本の臨床現場ではこの交差反応を利用した症状緩和が図られています。
複数のアレルゲンに対する並行治療(デュアルSLIT)について
血液検査の結果、スギ花粉とダニの両方に強いアレルギー反応を示している患者さんは非常に多くいらっしゃいます。結論として、複数の舌下免疫療法(シダキュアとミティキュア、またはシダキュアとアシテア)を「同時期に並行して行うこと(併用療法)」は、医学的に認められており、安全性が確認されています。
ただし、複数のアレルゲンを同時に体に入れるため、安全性を確保するために以下の厳格な服用ルールを守る必要があります。
治療の開始時期を必ずずらすこと
強いアレルギー反応を防ぐため、2つの薬をまったく同じ日から同時に開始することはできません。まずどちらか一方の薬(例えば、時期を問わないダニの薬)から開始し、少なくとも1ヶ月以上経過して、口の中の腫れなどの副作用がなく、体が薬に十分に慣れたことを医師が確認してから、もう一方の薬を追加で開始します。
毎日の服用時間を分けること
並行治療が軌道に乗った後は毎日2種類の薬を飲むことになりますが、2錠を同時に口に入れたり、連続してすぐに飲んだりしてはいけません。口の中でアレルゲンが高濃度に混ざり合い、局所の強いアレルギー反応(口腔内の強い腫れなど)を誘発するリスクがあるためです。ガイドラインおよび臨床試験の結果に基づき、以下のいずれかの方法で服用します。
・時間帯を分ける:「朝にスギ花粉の薬を飲み、夕方にダニの薬を飲む」といったように、服用する時間帯を完全に分ける方法が最も安全で推奨されています。
・間隔をあける:どうしても同じ時間帯に飲みたい場合は、1つ目の薬を服用して飲み込んだ後、少なくとも「5分間以上の間隔」をしっかりとあけてから2つ目の薬を服用します。
このルールを守ることで、1種類の治療を行う場合と副作用の発生率は変わらず、かつ両方のアレルギーに対して高い治療効果を得られることが証明されています。
治療の期間・効果と日常生活の注意点
舌下免疫療法を成功させるためには、患者さん自身の深い理解と根気が必要です。
治療期間と効果の現れ方
体質を改善し、治療をやめてもアレルギー症状が出ないようにするためには、「毎日1回」の服用を「最低3年、推奨は4年から5年」という長期間にわたって継続する必要があります。
治療開始から数ヶ月から半年程度で多くの方が症状の軽減を実感しますが、そこで自己判断で服用をやめてしまうと、すぐに元の状態に戻ってしまいます。科学的なデータでは、長期間継続した患者さんの約20%が完全に無症状(完治)となり、約60%の患者さんがお薬を大幅に減らせるレベルまで改善します。しかし、残りの約10〜20%の患者さんには残念ながら十分な効果が現れないことも分かっており、全員に100%効くわけではないことも理解しておく必要があります。
副作用について
主な副作用として、服用直後に口の中のかゆみ、腫れ、喉の違和感、耳の奥の痒みなどが現れることがあります。これらは治療開始から1ヶ月以内に集中して起こり、体が慣れるにつれて自然に消失していくことがほとんどです。しかし、ごく稀にアナフィラキシー(呼吸困難、血圧低下などの重篤な全身アレルギー反応)が起こるリスクもあります。
服用前後の禁止事項と飲み忘れの対応
舌下免疫療法は、体内にアレルゲンを吸収させる治療です。血流が急激に良くなると、アレルゲンが一気に全身を巡り、アナフィラキシーを引き起こす危険性が高まります。そのため、薬を服用する「前後2時間」は、激しい運動(ランニングや水泳など)、入浴(湯船に浸かって体を温めること)、アルコールの摂取が厳しく禁止されています。
また、万が一服用を忘れてしまった場合は、その日のうちに気がつけば1回分を服用し、翌日に気がついた場合は前日分を飛ばして1回分のみを服用します。絶対に2回分を一度に服用してはいけません。
まとめ
舌下免疫療法は、長年アレルギー症状に苦しんできた方にとって、対症療法の薬に頼らない生活を取り戻すための非常に有効な選択肢です。スギ花粉とダニの両方に悩まされている場合でも、医師の指導のもとで正しい服用ルールを守れば、並行して治療を進めることが可能です。治療の開始にあたっては、専門医としっかりと相談し、数年単位での計画的な治療を検討してください。
参考文献
- Safety profile and immunological response of dual sublingual immunotherapy with house dust mite tablet and Japanese cedar pollen tablet, Yonekura S, et al., Allergology International, Allergol Int. 2020 Jan;69(1):104-110. DOI: 10.1016/j.alit.2019.07.007
要約: スギ花粉とダニに対する2種類の舌下免疫療法を並行して行う「併用療法」の安全性を検証した臨床試験論文。単独療法と併用療法での副作用発生率に有意差はなく、5分間隔での連続投与が安全に行えることを証明しています。 - Japanese cedar pollen sublingual immunotherapy is effective in treating seasonal allergic rhinitis during the pollen dispersal period for Japanese cedar and Japanese cypress, Yonekura S, et al., Allergol Int. 2022 Jan;71(1):140-143. DOI: 10.1016/j.alit.2021.08.012
要約: スギ花粉に対する舌下免疫療法(シダキュア)が、構造の似ているヒノキ花粉症に対しても臨床的な症状緩和効果をもたらすことを証明した研究。アレルゲンの交差反応のメカニズムと治療の有効性を分析した重要文献です。 - ミティキュア®錠によるダニ舌下免疫療法115例の3年間治療成績. 湯田 厚司, 小川 由起子, 神前 英明, 清水 猛史.アレルギー, 2023, 72 巻, 3 号, p. 273-280. DOI: 10.15036/arerugi.72.273
要約: ダニ舌下免疫療法薬(ミティキュア)を3年間継続した患者の長期的な臨床効果を調査した論文。治療継続により症状スコアが劇的に改善し、治療後3年で半数以上が薬物療法なしで寛解に至ったことを報告しています。 - Safety and Effectiveness of a 300 IR House Dust Mite Sublingual Tablet: Descriptive 4-Year Final Analysis of a Post-Marketing Surveillance in Japan, Okamoto Y, et al., Immunotherapy. 2023 Nov;15(16):1401-1414, DOI: 10.2217/imt-2023-0100
要約: ダニ舌下免疫療法薬(アシテア)の日本国内における市販後4年間の有効性と安全性を追跡した大規模調査。長期間の継続使用が極めて安全であり、アレルギー性鼻炎治療薬の併用率を大幅に低下させる効果を実証しています。
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介(日本アレルギー学会専門医)