2026年7月02日

「更年期障害」というと女性特有のものと思われがちですが、男性にも同様の病態が存在します。医学的には「加齢男性性腺機能低下症候群(Late-Onset Hypogonadism:LOH症候群)」と呼ばれ、働き盛りからシニア世代の男性を悩ませる重要な疾患です。本稿では、その原因・症状・診断・治療・予防までをわかりやすく解説します。
1.LOH症候群とは何か
男性更年期とは、男性ホルモン「テストステロン」の分泌量が加齢や過度なストレスによって著しく低下し、心身にさまざまな不調をきたす病態です。
テストステロンは単に「男性らしさ」をつくるだけでなく、以下のような生命維持に欠かせない幅広い働きを担っています:
・筋肉・骨格の形成と維持
・血管の健康維持
・血液の産生(造血作用)
・メタボリックシンドロームの予防
・決断力・意欲・闘争心といった精神的な活力の源
この重要なホルモンが減少すると、体と心の両面でバランスが崩れ、日常生活の質(QOL)が大きく低下してしまいます。
2.女性の更年期との違い
女性の更年期は、閉経前後の約10年間に女性ホルモン(エストロゲン)が急激に減少することで発症します。時期が比較的明確で、体が変化に順応すれば症状は自然に落ち着くことが多いのが特徴です。
一方、男性の場合はホルモンの減少が非常に緩やかです。テストステロンは20〜30代でピークを迎えたあと、年に1〜2%ずつゆっくりと低下していきます。そのため:
・発症年齢が40代〜80代と幅広く、「いつ始まりいつ終わるか」が不明確
・社会的な認知度が低く「ただの疲れ」「年のせい」と片付けられやすい
・長期間にわたって症状に気づかず、誰にも言えずに苦しむ人が多い
こうした点が、男性更年期が見過ごされやすい大きな理由です。
3.代表的な症状
症状は多岐にわたり、大きく3つの柱に分類されます。
① 身体症状
・異常な疲労感・だるさ(十分に休んでも抜けない)
・筋力・体力の明らかな低下
・関節や筋肉の痛み
・突然のほてり・異常な発汗(ホットフラッシュ)
・睡眠の質の低下(寝つきが悪い、夜中に目が覚める)
・太りやすくなる(特に内臓脂肪の蓄積)
② 精神症状
・気力・意欲がわかない
・集中力・記憶力の低下
・些細なことでイライラする
・理由のない不安感
・気分の落ち込み・うつ状態
40〜50代の責任世代に発症しやすいため、「うつ病」と誤診されるケースも少なくありません。抗うつ薬を服用しても改善しない場合、背景にテストステロン低下が隠れていることがあります。
③ 性機能症状
・性欲(リビドー)の著しい低下
・勃起障害(ED)
・朝立ちの減少・消失
これらはテストステロン低下が最もダイレクトに現れる特異的な症状であり、LOH症候群の診断・重症度判定において重要なサインとなります。
4.診断と検査の流れ
「もしかして男性更年期かも」と感じたら、泌尿器科または「メンズヘルス外来」「男性更年期外来」を受診することが解決への第一歩です。診断は主に2つのステップで行われます。
ステップ1:問診票(AMSスコア)による評価
「加齢男性症状調査表(AMSスコア)」という世界共通の質問票を使います。身体・精神・性機能に関する17項目の症状について、1(なし)〜5(非常に重い)の5段階で評価し、合計点で重症度を把握します。
ステップ2:血液検査(遊離テストステロンの測定)
血液中のテストステロンのうち、実際に体内でホルモンとして機能する「遊離テストステロン(フリーテストステロン)」を測定します。
テストステロンは朝に最も高く夕方にかけて低下する日内変動があるため、正確な値を得るために午前8〜11時頃の採血が推奨されます。日本泌尿器科学会のガイドラインでは、遊離テストステロン値が8.5 pg/mL未満の場合に確定診断の基準の一つとされています。
5.治療法
テストステロン補充療法(TRT)
不足した男性ホルモンを外部から直接補う、最も直接的で効果の高い治療法です。日本では2〜4週間に1回の筋肉注射が一般的で、数週間で精神・性機能症状の改善が実感でき、半年ほどで筋力・骨密度の改善も期待できます。
ただし以下の注意が必要です:
・前立腺がんを悪化させるリスクがあるため、事前にPSA検査が必須
・多血症(赤血球が増えすぎる状態)を引き起こす可能性があるため、治療中の定期的な血 液モニタリングが必要
漢方薬によるアプローチ
TRTに抵抗がある場合、前立腺肥大症などの持病でTRTが受けられない場合、または症状が軽度〜中等度の場合に処方されます。患者の体質に合わせて以下のような漢方薬が選ばれます:
・補中益気湯(ほちゅうえっきとう)……疲労感・気力低下に
・柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)……イライラ・不眠に
・八味地黄丸(はちみじおうがん)……泌尿器・生殖器の衰えに
対症療法
性機能低下が主な悩みの場合はED治療薬が使用されることがあります。精神症状が深刻な場合は精神科と連携し、抗うつ薬や抗不安薬が処方されることもあります。
6.予防とセルフケア
テストステロンの低下は加齢だけでなく、生活習慣やストレス環境が大きく影響します。日常生活に以下のセルフケアを取り入れることで、ホルモン低下を抑えることができます。
質の高い睡眠を確保する
テストステロンは深い眠りの間に多く分泌されます。慢性的な睡眠不足や睡眠時無呼吸症候群は分泌量を激減させます。就寝前のスマートフォン使用を控え、1日7時間程度の質の高い睡眠を心がけましょう。
筋力トレーニングを取り入れる
筋肉に刺激を与えることでテストステロンの分泌が促されます。ウォーキングも健康に良いですが、ホルモン分泌の観点からはスクワット・腕立て伏せ・ダンベル運動など、大きな筋肉に負荷をかけるレジスタンス運動が特に効果的です。
タンパク質と亜鉛を意識した食事
筋肉・ホルモンの材料となる良質なタンパク質(肉・魚・大豆製品)をしっかり摂ることが基本です。加えてテストステロン合成に関わるミネラル「亜鉛」(牡蠣・赤身肉・レバー・ナッツ類)や、ネギ類(タマネギ・ニンニク)に含まれる成分を積極的に摂りましょう。過度な飲酒や糖質の摂りすぎは内臓脂肪を増やし、テストステロンを低下させるため注意が必要です。
ストレスをコントロールし、社会的つながりを大切に
過度なストレスはコルチゾール(ストレスホルモン)を分泌させ、テストステロンを強力に抑制します。趣味の時間を持ち、リラックスできる環境を整えることが大切です。また、仲間とスポーツを楽しんだり、目標に向かって活動したりする「社会的つながり」も、テストステロン分泌を刺激する良い刺激になると言われています。
男性更年期(LOH症候群)は、「恥ずかしいこと」でも「気の持ちよう」でもありません。医学的な根拠のある疾患であり、適切な診断と治療を受けることで生活の質を劇的に取り戻すことができます。「最近どうも調子がおかしい」「昔のような活力が出ない」と感じたら、一人で抱え込まず、早めに専門機関に相談しましょう。
参考文献
1.The impact of testosterone in men’s health, Tsujimura A. Endocr J . 2023 Jul 28;70(7):655-662. DOI: 10.1507/endocrj.EJ22-0604
要約: 加齢に伴う血中テストステロンの低下が、筋肉量の減少、心血管疾患、メタボリックシンドローム、認知機能の低下などの疾患といかに関連しているかを概説しています。LOH症候群の病態から、ホルモン補充療法(TRT)が患者のQOL向上に与える有効性までを医学的根拠に基づいて解説した最新の重要な総説論文です。
2.Identification of late-onset hypogonadism in middle-aged and elderly men, Wu FC, et al. N Engl J Med . 2010 Jul 8;363(2):123-35. DOI: 10.1056/NEJMoa0911101
要約: 欧州8カ国の大規模疫学調査に基づき、中高年男性における加齢に伴う性腺機能低下症の診断基準を提唱した画期的な論文です。32の症状を分析した結果、「性欲低下、朝立ちの減少、勃起障害」という3つの特異的な性機能症状が、血中テストステロン値の低下と最も強く関連することを科学的かつ統計的に実証しました。
3.Clinical review: Endogenous testosterone and mortality in men: a systematic review and meta-analysis, Araujo AB, et al. J Clin Endocrinol Metab . 2011 Oct;96(10):3007-19. DOI: 10.1210/jc.2011-1137
要約: 男性における内因性の血中テストステロン値と死亡率の関係を調査したシステマティックレビューおよびメタ解析論文です。多数の研究結果を統合して解析し、テストステロン値が低い男性は、正常な男性と比較して全死亡率および心血管疾患による死亡リスクが有意に高くなることを明らかにし、世界的な注目を集めました。