2026年7月18日

CPAP治療を始めたのに呼吸が止まる?「TECSA(治療誘発性中枢性睡眠時無呼吸)」の原因とメカニズム
〜CPAPを始めたら無呼吸が増えた、と感じたときに知っておきたいこと〜
睡眠時無呼吸症候群(OSA)の治療としてCPAP(持続気道陽圧療法)を始めた方の中には、「マスクをつけているのに、かえって呼吸が止まっているように感じる」という戸惑いを覚える方がいらっしゃいます。実はこれは珍しいことではなく、TECSA(Treatment-Emergent Central Sleep Apnea:治療誘発性中枢性睡眠時無呼吸)と呼ばれる現象である可能性があります。以前は「複雑性睡眠時無呼吸症候群」という名称でも知られていました。今回は、このTECSAがなぜ起こるのか、そしてどのように対応すればよいのかを、できるだけわかりやすく解説します。
TECSAとはどのような現象か
通常のOSAは、眠っている間に舌の付け根などが喉に落ち込み、空気の通り道である気道が物理的にふさがれることで呼吸が止まります。CPAPは鼻や口から一定の圧力で空気を送り込み、この気道の閉塞を防ぐ治療法で、多くの患者さんで劇的な効果を発揮します。
ところが、CPAPによって気道の閉塞そのものは解消されているにもかかわらず、今度は脳から呼吸をする指令自体が一時的に出なくなるという、別のタイプの無呼吸が新たに目立ってくることがあります。これがTECSAです。気道の閉塞という「物理的な問題」は解決したのに、呼吸の司令塔である脳のコントロールが不安定になってしまう、という点が通常のOSAとの大きな違いです。
CPAP治療を開始した患者さんの約5〜15パーセント程度に見られるとされ、決してまれな現象ではありません。多くは一時的なものですが、一部の方では症状が続き、CPAP治療を続ける上での悩みの種になることがあります。
なぜ気道が開通したのに呼吸が止まるのか
気道の閉塞が解消されたにもかかわらず呼吸が止まってしまう背景には、「呼吸コントロールの不安定さ」と「CPAPによる物理的な刺激」が複雑に絡み合っています。主な要因として、次の4つが考えられています。
1. 呼吸の「過敏なセンサー」(ループゲイン)
私たちの呼吸は、脳が血液中の二酸化炭素(CO2)濃度を監視することでコントロールされています。ちょうど、室温を一定に保つエアコンのセンサーのような仕組みです。
OSAの患者さんは、就寝中に気道が繰り返しふさがることで血液中にCO2が溜まりやすい状態にあります。そのため脳のセンサーは「わずかなCO2の上昇にも、急いで深呼吸をして対応しなければ」という非常に過敏な状態(専門的には「高いループゲイン」)に設定されがちです。
この過敏な状態でCPAPを使うと、気道が一気に開通するため必要以上に呼吸をしてしまい(過換気)、溜まっていたCO2が急速に排出されます。その結果、血液中のCO2濃度が呼吸を維持するために必要な最低限の基準値(無呼吸閾値)を下回り、脳が「もう呼吸ポンプを止めて休んでよい」と一時的に判断してしまいます。これが中枢性無呼吸の正体です。
2. 眠りが浅くなることによる呼吸の不安定化
CPAP治療の開始直後は、マスクの違和感や空気の圧力への戸惑いから、無意識のうちに浅い眠りになったり、数十秒だけ短く目覚めたりを繰り返すことがあります。呼吸のコントロールは目覚めている時と眠っている時で仕組みが異なるため、この境界を行き来すると呼吸が不安定になり、中枢性無呼吸が起こりやすくなります。
3. 肺がふくらみすぎることによる反射
CPAPによって空気が送り込まれ続けると、肺が常に少しふくらんだ状態になります。肺の壁には「ふくらみ具合」を感知するセンサーがあり、これが「十分にふくらんでいる」と感知すると、脳に「これ以上息を吸わなくてよい」という抑制の信号を送ります(ヘーリング・ブロイエル反射)。この反射が、自発的な呼吸を一時的に抑え込んでしまうことがあります。
4. CPAPの圧力設定が高すぎる場合
気道の閉塞を確実に防ごうとして圧力を高く設定しすぎると、かえって問題が生じることがあります。圧力が高すぎるとマスクからの空気漏れが起きて睡眠が妨げられたり、肺が過剰にふくらみやすくなったりして、中枢性無呼吸を招く一因となります。
実際にどう対応するのか
TECSAが確認された場合、すぐに別の治療機器に変更するのではなく、患者さんの状態に応じて段階的に対応するのが一般的です。
ステップ1:あわてず経過を見る
「息が止まる」と聞くと不安になるかもしれませんが、最も基本的で重要な対応は、CPAPをそのまま続けながら様子を見ることです。TECSAはCPAP導入初期に見られる一過性の現象であることが多いためです。数週間から数ヶ月(目安として4〜8週間程度)CPAPを使い続けることで、過敏になっていた脳のCO2センサーが「気道が常に開いている新しい状態」に順応し、多くの場合は自然に呼吸が安定して中枢性無呼吸が消えていきます。不眠や強い日中の眠気などがなければ、自己判断で治療を中断せず継続することが勧められます。
ステップ2:圧力とマスクの調整
圧力が高すぎるとTECSAを助長するため、主治医が機器のデータを確認しながら、気道の閉塞を防げる必要最低限の圧力に調整します。またマスクからの空気漏れが睡眠を妨げている場合は、サイズを合わせ直したり、口が開いてしまう方はフルフェイスマスクに変更したりして、睡眠の質を安定させます。
ステップ3:より高度な機器への切り替え
CPAPを2〜3ヶ月程度継続し、圧力やマスクの調整を行っても中枢性無呼吸が続き、日中の強い眠気などの症状が改善しない場合は、治療機器のステップアップを検討します。代表的な選択肢がASV(自動制御式人工呼吸器)です。ASVは内蔵コンピューターが呼吸を分析し、正常な時は弱い圧力で待機し、中枢性無呼吸で自発呼吸が止まった時だけ自動的に圧力を上げて呼吸を助けます。ただし、心臓のポンプ機能が著しく低下している一部の心不全の患者さんには使用が推奨されない場合があり、心機能の評価を含めた慎重な判断が必要です。
ステップ4:背景にある病気や薬の見直し
心不全や脳卒中などの持病、あるいは痛み止めとして使われる一部の薬剤(オピオイドなど)が中枢性無呼吸の原因になっていることもあります。TECSAが改善しない場合は、こうした要因の有無を主治医が見直します。
まとめ
CPAP導入後に現れるTECSAは、長年ふさがっていた気道が急に開通したことで、脳の呼吸コントロールが一時的に混乱してしまうために起こる現象です。多くはCPAPを使い続けるうちに身体が順応し、自然に改善していきます。最も避けたいのは、不安から自己判断で治療をやめてしまうことです。機器のデータや体調の変化をもとに、主治医と相談しながら焦らず治療を続けていくことが、症状を落ち着かせる一番の近道です。
CPAP使用中に息苦しさや無呼吸の増加が気になる場合は、自己判断せずに一度当院までご相談ください。
参考文献
1.Complex sleep apnea syndrome: is it a unique clinical syndrome?, Morgenthaler TI, et al. Sleep. 2006 Sep;29(9):1203-9. DOI: 10.1093/sleep/29.9.1203
要約: CPAP治療によって閉塞が解除された後に中枢性無呼吸が出現する病態を「複雑性睡眠時無呼吸(現在のTECSA)」として初めて明確に定義し、その臨床的特徴を報告した画期的な基礎論文。
2.Treatment-emergent central apnea: physiologic mechanisms informing clinical practice, Zeineddine S, et al. Chest. 2021 Jun;159(6):2449-2457. DOI: 10.1016/j.chest.2021.01.036
要約: TECSAの発生に関わるループゲインなどの呼吸制御の不安定性のメカニズムを解説し、経過観察やASV移行など、最新の臨床ガイドラインに沿った具体的なマネジメント方法を提示した実践的なレビュー論文。
3.The Complex Sleep Apnea Resolution Study: a prospective randomized controlled trial of continuous positive airway pressure versus adaptive servoventilation therapy, Morgenthaler TI, et al. Sleep. 2014 May 1;37(5):927-34. DOI: 10.5665/sleep.3662
要約: TECSA患者を対象としてCPAP継続とASVの効果を比較した前向きランダム化比較試験。多くがCPAP継続で自然軽快することを示しつつ、ASVの有効性も客観的に実証した重要な臨床研究。