2026年1月04日

はじめに
アレルギー検査の結果を受け取った際、「ハウスダスト1」と「ハウスダスト2」というよく似た項目が並んでおり、疑問に思われる方は少なくありません。「自分の家のほこりと、他人の家のほこりなのか?」「1と2で何が違うのか?」という質問は、アレルギー外来で最も頻繁に聞かれるものの一つです。
HD1とHD2は、どちらも「室内のほこり」を原料とした検査薬ですが、その「製造メーカー(供給源)」と「含まれる微量成分の配合比率」が異なります。
しかし、アレルギー学の観点から解析すると、日本国内において両者の陽性反応の主原因は、ほぼ共通して「ダニ(チリダニ類)」であることが科学的に証明されています。つまり、ラベルは異なりますが、捕らえている「犯人」の9割以上は同一人物(ダニ)なのです。
本稿では、この2つの検査項目の正体、成分の違い、なぜ数値にズレが出るのか、そして医学的にどう解釈すべきかについて解説します。
1. 検査薬としての定義と製造元の違い
アレルギー検査で用いられるこれらの項目は、特定の単一化学物質(例:卵白、スギ花粉)とは異なり、家の中に存在する様々な物質を人工的に混ぜ合わせた「粗抽出エキス(Crude Extract)」と呼ばれる種類の検査薬です。
現在、世界的に標準化されている検査システム(ImmunoCAPなど)における定義は以下の通りです。これらはどちらもアメリカの企業が製造した試薬であり、「日本のほこり」そのものではありません。
ハウスダスト1(HD1)
起源: アメリカのGreer Laboratories社(ノースカロライナ州)が供給するハウスダスト抽出液を使用しています。
採取環境: 一般的なアメリカの家庭から採取されたほこりをベースに精製されています。
特徴: 歴史的に世界中で最も広く使用されてきたスタンダードな試薬であり、世界中に膨大な臨床データが存在します。
ハウスダスト2(HD2)
起源: アメリカのHollister-Stier社(ワシントン州)が供給するハウスダスト抽出液を使用しています。
採取環境: HD1とは異なる地域の住環境から採取されたほこりをベースにしています。
特徴: かつて日本の医療現場では、「HD2の方が、日本の家屋環境(湿度が高くダニが多い環境)における抗原組成に近いのではないか」という仮説が立てられ、好んで使用された経緯があります。しかし、現在の高精度な検査技術を用いた解析では、HD1とHD2の間に臨床的な優劣をつけるほどの大きな差はないというのが医学的コンセンサスです。
2. 成分の内訳:微量成分の「配合」の違い
「ハウスダスト」という名称ですが、その中身は単なるゴミではありません。免疫システムが敵だと誤認してしまうタンパク質(アレルゲン)の混合カクテルです。両者に共通して含まれる成分は以下の通りです。
ダニ(最重要成分): ヤケヒョウヒダニ、コナヒョウヒダニの虫体、死骸、糞。これらがアレルギー反応の主役です。
動物の上皮: イヌ、ネコのフケや毛、ヒトのフケ。
昆虫: ゴキブリ、ガ、ユスリカなどの死骸や糞。
真菌(カビ): アルテルナリア、アスペルギルス、クラドスポリウムなど。
繊維・その他: 衣類の繊維クズ、綿埃、植物の花粉、バクテリアなど。
HD1とHD2の決定的な違い
両者の違いは、これらの「配合比率(バランス)」にあります。 自然界のほこりを原料としているため、採取された家の環境によって成分に偏りが出ます。
HD1: ダニ以外の動物成分や植物成分などが比較的バランスよく含まれている傾向があります。
HD2: ロット(製造時期)にもよりますが、ダニ以外の成分として「ゴキブリ」や「特定のカビ」の比率がHD1とは異なる場合があります。
この「不純物(ダニ以外の成分)」の混ざり方の違いが、検査結果の数値に若干のズレを生じさせる理由です。
3. 科学的根拠に基づく解析:正体は「ダニ」
「ハウスダスト」という曖昧な名前がついていますが、科学的にはその正体は判明しています。 アレルギー学の国際的なガイドラインである『Molecular Allergology User’s Guide』や関連する免疫学的研究によると、以下の事実が明らかになっています。
95%以上がダニ反応
ハウスダスト(HD1/HD2)に対してアレルギー反応(IgE抗体陽性)を示す患者の血液を、「コンポーネント解析」という分子レベルの手法で解析すると、その95%以上が、実はダニ(ヤケヒョウヒダニまたはコナヒョウヒダニ)に対する反応であることが示されています。
相関係数の高さ
統計学的に、ハウスダストの検査値と、ダニ単独(Der f / Der p)の検査値の相関係数はr=0.9以上(1.0で完全一致)となることが一般的です。これは医学統計上、「ほぼ同一の事象を見ている」と言えるほど高い数値です。
つまり、検査結果として「ハウスダスト陽性」と出た場合、医学的には「ダニ(の糞や死骸に含まれるDer p 1, Der f 1などのタンパク質)にアレルギーがある」と翻訳して差し支えないケースが圧倒的多数なのです。
4. なぜ数値に「ズレ」が生じるのか:詳細なメカニズム
稀に、「HD1はクラス3(中程度)だが、HD2はクラス2(弱い)」といったように、結果に差が出ることがあります。その科学的理由は主に以下の2点に集約されます。
理由1:ダニ以外の「不純物」への特異的反応
患者さんがダニには全くアレルギーがなく、実は「ゴキブリ」や「ガ」、「特定のカビ」に強いアレルギーを持っていた場合です。 もしHD2の方にたまたまゴキブリ由来のタンパク質が多く含まれていれば、ダニ陰性でもHD2だけが陽性になる可能性があります。逆に、HD1に多く含まれる成分に反応すればHD1が高くなります。しかし、日本の一般家庭においてはダニアレルギーが圧倒的に多いため、このようなケースは少数派です。
理由2:交差反応(Cross-reactivity)とトロポミオシン
これが少し複雑ですが重要な点です。 ハウスダストに含まれる昆虫(ゴキブリ、ガ)やダニ、そして食品である甲殻類(エビ、カニ)は、生物学的に近い関係にあり、「トロポミオシン」という筋肉を構成するタンパク質の構造が非常によく似ています。 この共通部分に免疫が反応してしまう現象を「交差反応」と呼びます。 例えば、エビ・カニアレルギーの患者さんが、エビを食べた時の反応として作られた抗体が、ハウスダスト検査薬の中に微量に含まれる「ゴキブリ」や「ダニ」のトロポミオシンに反応してしまい、実際の症状とは無関係に検査値だけが陽性になる(あるいは数値が変動する)ことがあります。HD1とHD2でこのトロポミオシンの含有量が異なれば、数値のズレにつながります。
5. 臨床現場での使い分けと解釈
われわれ医師はこれらをどう使い分けているのでしょうか。
スクリーニング(ふるい分け)としての利用
ハウスダスト検査は、「何のアレルギーか分からないが、鼻炎や喘息がある。とりあえず室内の原因を探りたい」という場合のスクリーニング検査として位置づけられています。 「ハウスダストが陽性」=「家の中に原因がある(そしてそれは十中八九ダニである)」ということが分かれば、治療の第一歩としては十分だからです。
どちらを選んでも大差なし
前述の通り、主成分はどちらも「ダニ」であるため、治療方針(ダニ対策、環境整備、舌下免疫療法の適応判断など)を決める上では、HD1とHD2のどちらを用いても臨床的な判断は変わりません。 多くの医療機関では、検査会社が提供するセット項目(アレルギーセットなど)にあらかじめ含まれている方を採用しており、「この患者にはHD1よりHD2を使うべきだ」というような個別の使い分けは、現代の医学では一般的ではありません。
両方が測定されている場合
もしお手元の結果で両方が測定されており、数値に差があったとしても、「高い方の数値」を参考にしてください。アレルギー検査は「偽陰性(本当はあるのに出ない)」よりも「偽陽性(本当はないのに出る)」や「交差反応」を考慮する必要がありますが、ハウスダストに関しては「環境への感作がある」という事実が重要であり、どちらか一方が陽性であれば対策の必要性は変わらないからです。
6. 結論と対策
本質は同じ: HD1とHD2は、原料の供給元(メーカー)が異なるだけで、どちらも「家のほこりの抽出液」です。
主犯はダニ: 日本において、HD1・HD2どちらの陽性反応も、その正体の大部分(9割以上)は「ダニ(およびその死骸・糞)」によるものです。
数値のズレの理由: ほこりに含まれるダニ以外の微量成分(カビ、昆虫、フケなど)の配合比率が異なるため、数値に多少の差が出ることがありますが、決定的な違いではありません。
対策は共通: どちらが陽性であっても、行うべき対策は「室内(特に寝具)のダニ除去と清掃」で共通しています。
もし、より厳密に何にアレルギーがあるかを知りたい場合(例えば、ダニ舌下免疫療法を始める前など)は、ハウスダストという混合物ではなく、「ヤケヒョウヒダニ」「コナヒョウヒダニ」といった単独のアレルゲン(特異的アレルゲン)の検査を行うことが推奨されます。
非常にまれですが、ハウスダストのアレルギー反応陽性、ダニのアレルギー反応は陰性のことがあります。自身のクリニックでも1年に一人くらいこのパターンがあります。
参考文献
1. Molecular allergology user’s guide 2.0, Matricardi PM, et al. Pediatric Allergy and Immunology, 2016, DOI: 10.1111/pai.12563
要約: 2016年に発表されたガイドライン(Ver 1.0)。ハウスダスト等の粗抽出エキスと分子コンポーネント(Der p 1等)の関係を体系化し、感作の分子機構を解説した基礎となる重要文献。
2. Respiratory allergy caused by house dust mites: What do we know?, Calderón MA, et al. Journal of Allergy and Clinical Immunology, 2015, DOI: 10.1016/j.jaci.2014.10.012
要約: ハウスダストの主要アレルゲンがダニ(チリダニ類)であることを臨床データに基づき包括的に解説した総説。HD陽性の本質がダニ感作であることを裏付ける重要文献。
3. EAACI Molecular Allergology User’s Guide 2.0, Dramburg S, et al. Pediatric Allergy and Immunology, 2023, DOI: 10.1111/pai.13854
要約: 2023年に改訂された最新ガイドライン(Ver 2.0)。アレルゲン抽出物(Extract)と分子コンポーネントの対応関係を詳説し、混合物検査の解釈について最新の知見をまとめている。
4. International consensus (ICON) on: clinical consequences of mite hypersensitivity, Sánchez-Borges M, et al. World Allergy Organization Journal, 2017, DOI: 10.1186/s40413-017-0145-4
要約: 世界アレルギー機構によるダニ過敏症の国際コンセンサス。ハウスダスト検査とダニ感作の強い相関、および室内環境におけるダニ抗原の普遍性について結論づけている。