2026年1月03日

はじめに:睡眠と心臓の密接な関係
私たちは人生の約3分の1を睡眠に費やしています。本来、睡眠は脳や体を休め、修復するための時間です。特に心臓にとっては、日中の活動で高まった血圧や心拍数を下げ、休息を取るための極めて重要な時間帯です。
しかし、睡眠時無呼吸症候群(以下、無呼吸症候群)を患っている場合、この「休息の時間」が、心臓にとって「過酷な労働の時間」へと変わってしまいます。無呼吸症候群は単に「いびきがうるさい」だけの病気ではありません。治療せずに放置すると、心房細動をはじめとする危険な不整脈を引き起こし、脳梗塞や突然死のリスクを高めることが科学的に証明されています。
なぜ「息が止まること」が「心臓のリズムの乱れ(不整脈)」に直結するのでしょうか。その理由は、大きく分けて「自律神経の暴走」「酸素不足によるダメージ」「心臓への物理的な圧力」の3つの要因が複雑に絡み合っているからです。
自律神経の暴走:寝ているのに「戦いの状態」
私たちの体は「自律神経」によってコントロールされています。自律神経には、活動時に働く「交感神経」と、休息時に働く「副交感神経」があります。
正常な睡眠時の心臓
健康な人の場合、睡眠中は副交感神経が優位になります。これにより、心拍数は下がり、血圧も低下し、心臓はリラックスした状態で静かに鼓動を続けます。
無呼吸症候群における異常事態
無呼吸症候群の患者さんの体内では、これと真逆のことが起こります。
睡眠中に気道が塞がり呼吸が止まると、体内の酸素濃度が低下し、二酸化炭素が蓄積します。脳はこれを「窒息の危機」と判断し、強制的に呼吸を再開させるために、体を覚醒させようとします(これを「覚醒反応」と呼びます)。
この時、脳からの指令で交感神経が急激に興奮します。交感神経は、敵から逃げるときや戦うときに働く神経です。つまり、体内に大量のアドレナリンなどのストレスホルモンが放出され、血管が収縮し、心拍数が急上昇します。
呼吸が止まるたびに、心臓は「休息」と「緊急事態」の間を何度も往復させられます。重症の方では、一晩に何百回もこの緊急警報が鳴り響くことになります。この繰り返される交感神経の過剰な興奮(サージ)が、心臓の電気信号を不安定にし、不整脈の引き金となるのです。
酸素不足と再酸素化:活性酸素による細胞への攻撃
呼吸が止まるということは、当然ながら血液中の酸素が不足する状態(低酸素血症)になります。
間欠的低酸素血症の恐怖
無呼吸症候群の特徴は、ずっと酸素が低いのではなく、「低酸素」と、呼吸再開による「正常化」を繰り返す点にあります。これを医学用語で「間欠的低酸素血症」と呼びます。
実は、酸素濃度が低い状態から急に酸素が入ってくると、体内で「酸化ストレス」という有害な反応が起こります。急激な変化に対応できず、細胞を傷つける「活性酸素」が大量に発生してしまうのです。
この活性酸素は、全身の血管や心臓の筋肉に炎症を引き起こします。炎症が続くと、心臓の細胞が傷つき、機能が低下したり、線維化(傷跡のように硬くなること)したりします。
心臓の電気信号は、健康な筋肉細胞の上をスムーズに流れますが、炎症や線維化によって組織が変質すると、電気がうまく伝わらなくなったり、異常な電気回路ができたりします。これが、不整脈が発生する温床(基質)となります。
胸腔内圧の変動:心臓を物理的に引き伸ばす力
3つ目の要因は、物理的な力です。これを理解するには、ストローで飲み物を吸う場面を想像してください。
胸の中の強烈な陰圧
無呼吸の最中、患者さんは窒息しまいと必死に呼吸努力をします。喉の奥(上気道)が塞がっているにもかかわらず、肺を膨らませようと横隔膜を強く動かします。
これは、詰まったストローを全力で吸い込むようなものです。この時、胸の中(胸腔)には、非常に強い「陰圧(吸い込む力)」が発生します。
心臓の壁が引き伸ばされる
心臓は胸腔の中にあります。周囲が強い陰圧になると、心臓の壁、特に壁が薄い「心房」という部屋が外側に引っ張られ、引き伸ばされてしまいます。
心臓の筋肉には、引き伸ばされると電気的な興奮が発生しやすくなる性質があります(機械的電気フィードバック)。
毎晩、呼吸が止まるたびに心臓が無理やり引き伸ばされるストレスを受け続けると、心臓の部屋(特に左心房)が肥大化してしまいます。ゴム風船を何度も膨らませると伸びきってしまうように、心臓も形が変わってしまうのです(リモデリング)。肥大した心臓は電気の流れが乱れやすく、不整脈、特に心房細動の発生リスクが格段に高まります。
具体的にどのような不整脈が増えるのか
無呼吸症候群によって引き起こされる代表的な不整脈について解説します。
(1) 心房細動(AFib):最も注意すべき不整脈
無呼吸症候群と最も関連が深いのが「心房細動」です。心臓の上の部屋(心房)が小刻みに震え、血液をうまく送り出せなくなる病気です。
心房細動の最大の問題は、心臓の中に血栓(血の塊)ができやすくなることです。この血栓が脳に飛ぶと、重篤な脳梗塞(心原性脳塞栓症)を引き起こします。
研究によれば、心房細動患者の約半数に無呼吸症候群が見られるというデータもあり、無呼吸症候群が重症であるほど、心房細動の発症リスクや、治療(カテーテルアブレーション術など)後の再発率が高いことが分かっています。
(2) 洞不全症候群・房室ブロック(徐脈性不整脈)
呼吸が止まっている最中、体は酸素の消費を抑えようとして、反射的に心拍数を極端に下げることがあります(徐脈)。場合によっては、数秒間心臓が完全に停止してしまうこともあります。
呼吸が再開すると今度は頻脈(速い脈)になるため、脈拍が乱高下し、心臓への負担が増大します。
(3) 心室性不整脈・突然死のリスク
心臓の下の部屋(心室)から発生する不整脈は、時に命に関わります。
一般的に、心臓突然死は朝方や日中に多いとされていますが、無呼吸症候群の患者さんに限っては、夜間(睡眠中)の突然死リスクが高いことが報告されています。これは、睡眠中の極度の低酸素状態と交感神経の興奮が重なることで、致死的な不整脈が誘発されるためと考えられています。
治療による改善の可能性
ここまでの話は恐ろしい内容でしたが、希望もあります。それは、無呼吸症候群を適切に治療することで、不整脈のリスクを下げられるという事実です。
最も一般的な治療法であるCPAP(シーパップ:持続陽圧呼吸療法)は、睡眠中に空気を送り込んで気道を広げ、無呼吸を防ぎます。
CPAP治療を行うことで、以下のような効果が期待できます。
低酸素状態の解消: 心臓への酸素供給が安定します。
交感神経の鎮静化: 睡眠中に心臓がしっかりと休息できるようになります。
胸腔内圧の安定: 無理な呼吸努力がなくなり、心臓への物理的なストレスが減ります。
実際、心房細動に対するカテーテル治療を受けた患者さんにおいて、CPAP治療を併用したグループは、しなかったグループに比べて心房細動の再発率が大幅に低かったという研究結果があります。つまり、不整脈の治療を行う上でも、無呼吸症候群の管理は土台となるのです。
結論
睡眠時無呼吸症候群を放置することは、毎晩心臓に「首を絞められるようなストレス」と「全速力で走るような負荷」を与え続けることと同義です。
低酸素による細胞へのダメージ、交感神経の異常興奮、そして物理的な心臓への圧力が複合的に作用し、心臓の電気回路を破壊していきます。その結果が、心房細動をはじめとする不整脈の増加です。
「たかがいびき」と軽視せず、無呼吸症候群の検査と治療を受けることは、将来の心臓病や脳卒中を防ぎ、命を守るための能動的なアクションとなります。
参考文献一覧
1. Sleep Apnea and Cardiovascular Disease: An American Heart Association/American College of Cardiology Foundation Scientific Statement, Somers VK, et al. Circulation, 2008, DOI: 10.1161/CIRCULATIONAHA.107.189420
要約: 米国心臓協会による科学的声明。睡眠時無呼吸が交感神経活性化、酸化ストレス等を介して高血圧、心不全、不整脈などの心血管疾患を引き起こすメカニズムと、その臨床的証拠を包括的にまとめた重要文献。
2. Associations of Obstructive Sleep Apnea With Atrial Fibrillation and Continuous Positive Airway Pressure Treatment: A Review, Linz D, et al. JAMA Cardiology, 2018, DOI: 10.1001/jamacardio.2018.0095
要約: 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)と心房細動(AF)の関連についてのレビュー。胸腔内圧の変動や自律神経の影響などのメカニズムを解説し、CPAP治療がAFの再発リスク低減に寄与する可能性を論じている文献。(※前回誤ってPhysiological Reviewsと記載していた箇所を訂正)
3. Association of Atrial Fibrillation and Obstructive Sleep Apnea, Gami AS, et al. Circulation, 2004, DOI: 10.1161/01.CIR.0000136587.68725.8E
要約: 一般住民を対象とした大規模研究。閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)が心房細動の独立した強力な予測因子であることを統計的に証明し、肥満や高血圧とは独立してリスクを高めることを示した論文。
4. Day-Night Pattern of Sudden Death in Obstructive Sleep Apnea, Gami AS, et al. New England Journal of Medicine, 2005, DOI: 10.1056/NEJMoa041832
要約: 一般の人々の心臓突然死は朝方に多いが、閉塞性睡眠時無呼吸症候群の患者では午前0時から6時の睡眠時間帯に突然死のリスクが有意に高まることを明らかにし、夜間の病態生理の特異性を示した研究。
5. Effect of Obstructive Sleep Apnea Treatment on Atrial Fibrillation Recurrence: A Meta-Analysis, Shukla A, et al. JACC: Clinical Electrophysiology, 2015, DOI: 10.1016/j.jacep.2015.02.014
要約: カテーテルアブレーション等の心房細動治療を受けた患者において、CPAP治療を行わない群は行う群に比べて再発リスクが著しく高いことを示したメタ解析。不整脈管理におけるSAS治療の重要性を示唆。