2025年12月03日

脳への刺激と感覚入力を遮断する習慣
これらは、認知症リスクの中でも非常に大きな割合を占める要因です。
難聴を放置する(補聴器を使わない)
多くの人が意外に思われるかもしれませんが、「難聴(聴力低下)」は、修正可能な認知症リスク要因の中で最も影響度が大きいとされています。
科学的根拠: 耳からの情報が入らなくなると、脳への刺激が激減し、脳の萎縮が加速します。また、聞こえにくいことで会話がおっくうになり、社会的孤立を招くという二重のリスクがあります。
対策: 中年期(45歳〜)以降、聴力の低下を感じたら早期に耳鼻科を受診し、必要であれば補聴器を使用することが推奨されています。
社会的孤立(人との交流を持たない)
孤独は精神的な問題だけでなく、脳の物理的な健康にも悪影響を及ぼします。
科学的根拠: 社会的接触が少ない人は、認知機能の低下が早まることが多くの研究で示されています。会話は、言語機能、記憶、感情処理など脳の多くの領域を同時に使う高度な活動だからです。
対策: 定年退職後なども家に閉じこもらず、地域の活動や友人・家族との交流を継続することが重要です。
頭を使わない(認知的活動の不足)
教育歴が短いことがリスクとなりますが、大人になってからも「新しいことを学ばない」ことはリスクです。
コロナ禍で、通院リハビリの時間が減ったご高齢の方の認知症が一気に悪化しました。
科学的根拠: 脳には「認知的予備能(コグニティブ・リザーブ)」という機能があります。知識を蓄えたり複雑な思考をしたりすることで脳のネットワークが強化され、多少の病変が生じても認知症の発症を遅らせることができます。この予備能を鍛えない生活は、発症を早めます。
血管を痛めつける生活習慣(生活習慣病の放置)
脳の健康は、血管の健康と直結しています。脳への血流が悪くなると、アミロイドベータなどの老廃物が蓄積しやすくなったり、脳梗塞による認知症を引き起こしたりします。
高血圧を放置する(特に中年期)
科学的根拠: 特に40代〜50代(中年期)の高血圧は、将来の認知症リスクと強く相関します。高い血圧は脳の微細な血管を傷つけ、動脈硬化を進行させます。
対策: 健康診断で血圧が高いと指摘された場合は、放置せずに、高血圧の原因(睡眠時無呼吸症候群や副腎皮質ホルモンの異常など)を調べた上で、適切な治療で血圧をコントロールする必要があります。
糖尿病の管理不足
科学的根拠: 糖尿病(2型糖尿病)は、アルツハイマー型認知症および血管性認知症の両方のリスクを高めます。高血糖状態は脳の炎症を引き起こし、インスリン抵抗性はアミロイドベータの代謝に悪影響を与えます。
肥満(特に中年期)
科学的根拠: 中年期の肥満(BMI 30以上)は認知症リスクを高めます。脂肪組織から分泌される炎症性物質が、脳に慢性的な炎症を引き起こす可能性が指摘されています。
運動不足
科学的根拠: 運動不足は、上記のような肥満・糖尿病・高血圧の直接的な原因となるだけでなく、運動そのものが持つ「脳由来神経栄養因子(BDNF)」の分泌促進効果を得られないことを意味します。BDNFは神経細胞の成長や維持に不可欠です。
脳に直接ダメージを与える嗜好品・物質
喫煙
科学的根拠: タバコは百害あって一利なしです。喫煙は酸化ストレスと炎症を引き起こし、脳の血管を収縮させます。喫煙者は非喫煙者に比べて認知症リスクが高いことが確立しており、逆に禁煙することでリスクを非喫煙者レベルに近づけることができるというデータもあります。
過度な飲酒
科学的根拠: 過剰なアルコール摂取(週に21単位以上※)は、脳の萎縮や神経細胞の損傷を招きます。また、フランスの大規模研究では、若年性認知症のケースの過半数がアルコール関連であったと報告されています。
※1単位=純アルコール10g換算(ビール中瓶半分程度)。つまり週にビール中瓶10本以上の飲酒はハイリスクとされます。
食事と睡眠に関する悪い習慣
超加工食品の過剰摂取
科学的根拠: 近年の研究で、スナック菓子、菓子パン、加工肉、清涼飲料水などの「超加工食品(Ultra-Processed Foods)」の摂取量が多いほど、認知症リスクが高まることが報告されています。
理由: これらの食品に含まれる添加物、過剰な糖分・塩分、および繊維質の欠如が、全身の炎症や腸内環境の悪化を通じて脳に悪影響を与えると推測されています。
睡眠不足・睡眠障害の放置
科学的根拠: 脳は睡眠中に、日中蓄積したアミロイドベータなどの老廃物を「グリンパティック・システム」という機能を使って洗い流します。慢性的な睡眠不足はこの洗浄機能を低下させます。また、睡眠時無呼吸症候群による低酸素状態も脳へのダメージとなります。
その他の見落とされがちなリスク
頭部外傷(頭を守らない)
科学的根拠: 交通事故やスポーツによる頭部への衝撃(脳震盪など)は、将来の認知症リスクを高めます。自転車に乗る際にヘルメットを着用しない習慣は、リスク管理として不十分と言えます。
大気汚染への曝露(環境要因だが対策可能)
科学的根拠: 微小粒子状物質(PM2.5)や排気ガスの多い環境に長時間身を置くことは、認知機能低下と関連しています。交通量の多い道路沿いでの運動を避けるなどの対策が推奨されます。
まとめ:今日からできる対策
上記の「悪い習慣」を裏返せば、それがそのまま予防策となります。Lancet委員会は、これらすべてのリスク要因を管理することで、理論上は全認知症症例の約45%を予防または遅らせることができると結論付けています。
特に重要なメッセージは「手遅れということはない(It is never too late)」ということです。たとえ高齢になってからでも、禁煙し、運動を始め、社会活動に参加することは、認知機能の維持に有益です。
・耳の聞こえをチェックする。
・中年期の高血圧・肥満を解消する。
・タバコをやめ、お酒はほどほどにする。
・加工食品や糖質減らし、野菜・たんぱく質を中心とした食事(糖質制限食や地中海食など)にする。
・人との交流を絶やさない。
これらが、科学的に最も信頼性の高い認知症予防の指針です。
参考文献(出典)
1.Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet Commission. The Lancet, 404(10452), 572-628. DOI: 10.1016/S0140-6736(24)01296-0
(認知症予防に関する世界で最も包括的で権威ある最新レポート。14の修正可能なリスク要因を特定しています。)
2.World Health Organization (WHO). (2019). “Risk reduction of cognitive decline and dementia: WHO guidelines.”ISBN-13: 978-92-4-155054-3
(WHOによる認知機能低下および認知症のリスク低減に関するガイドライン。)
3.Association of Ultra-Processed Food Consumption With Cognitive Decline Between Brazil and the United States. JAMA Neurology, 80(2), 142-151. DOI: 10.1001/jamaneurol.2022.4397
(超加工食品の摂取と認知機能低下の関連を示した大規模研究。)
3.Schwarzinger, M., et al. (2018). “Contribution of alcohol use disorders to the burden of dementia in France 2008–13: a nationwide retrospective cohort study.” The Lancet Public Health, 3(3), e124-e132. DOI: 10.1016/S2468-2667(18)30022-7
(アルコール使用障害と認知症リスクの強力な関連を示したフランスの研究。)
4.日本神経学会. 「認知症疾患診療ガイドライン2017」および最新の追補情報. [link]
(日本国内における診療と予防の基準。)
吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介