運動がうつ病の特効薬?科学が解き明かすその効果とメカニズム|千里丘かがやきクリニック|吹田市長野東の内科・消化器内科

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運動がうつ病の特効薬?科学が解き明かすその効果とメカニズム

運動がうつ病の特効薬?科学が解き明かすその効果とメカニズム|千里丘かがやきクリニック|吹田市長野東の内科・消化器内科

2025年11月04日

はじめに

「運動すると、気分がスッキリする」「体を動かしている間は、嫌なことを考えずに済む」といった経験は、多くの人が持っているのではないでしょうか。
しかし、その効果は一時的なものにとどまらず、心身の健康、特に精神疾患の一つであるうつ病の治療や予防にまで深く関わっていることが、近年の研究で明らかになってきました。

現代社会において、うつ病は決して珍しい病気ではありません。
厚生労働省の調査によると、日本では生涯に約15人に1人がうつ病を経験すると言われています。
抗うつ薬や精神療法が主要な治療法として確立されている一方で、副作用や治療効果の個人差といった課題も残されています。
そんな中、運動は、薬に頼らない、副作用の少ない効果的な補完療法として、世界中で注目を集めています。

運動がうつ病に効く3つの科学的メカニズム

脳内神経伝達物質の「幸せホルモン」を増やす

たちの気分や感情は、脳内の神経伝達物質によってコントロールされています。うつ病の患者さんでは、これらの物質、特に「モノアミン」と呼ばれるグループ(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン)の働きが低下していることが分かっています。
これらの物質は、以下のような働きをしています。
セロトニン: 気分の安定、幸福感、リラックス効果をもたらすことから、「幸せホルモン」とも呼ばれます。
不足すると、不安や落ち込み、不眠を引き起こします。
ノルアドレナリン: 意欲、集中力、活力を高めます。不足すると、やる気の低下や疲労感につながります。
ドーパミン: 快楽や報酬、意欲に関わります。不足すると、喜びを感じにくくなったり、無気力になったりします。
報酬とは、脳内で「快感」や「喜び」を感じさせるドーパミンという神経伝達物質が、目標達成などによって放出され、「やる気」や「モチベーション」を生み出す神経回路のことです。
運動をすると、脳内でこれらのモノアミンの分泌が促進されることが、多くの研究で示されています。
特に、有酸素運動は、セロトニンやノルアドレナリンの分泌を増やす効果が高いと言われています。
これらの物質が適切に分泌されることで、うつ病の症状である気分の落ち込み、不安、意欲の低下などが緩和されるのです。

脳の成長を促す「脳由来神経栄養因子(BDNF)」を増やす

脳は、一度成長したら変化しないと思われがちですが、実は日々、新しい神経細胞が作られたり、神経ネットワークが再構築されたりしています。この脳の可塑性(かそせい)を支える重要な物質が、「BDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor)」です。

BDNFは、新しい神経細胞の生成(神経新生)を促したり、既存の神経細胞の生存を助けたり、神経ネットワークの再構築を促進したりする「脳の栄養剤」のような働きをします。うつ病の患者さんでは、このBDNFのレベルが低下していることが分かっています。

しかし、運動をすると、このBDNFの分泌が活発になることが、動物実験やヒトの実験で確認されています。
特に、海馬(かいば)と呼ばれる、記憶や学習、感情のコントロールに関わる脳の部位で、BDNFの増加が顕著に見られます。運動によってBDNFが増加し、海馬の機能が改善されることで、うつ病の症状である記憶力の低下や感情の不安定さが改善されると考えられています。

ストレス反応を和らげる

現代社会に生きる私たちは、多かれ少なかれストレスにさらされています。
慢性的なストレスは、うつ病の発症リスクを高めることが知られています。ストレスを感じると、私たちの体は「コルチゾール」というストレスホルモンを分泌し、心拍数や血圧を上げて、ストレスに対処しようとします。
しかし、ストレスが慢性化すると、コルチゾールが過剰に分泌され、脳の神経細胞を傷つけたり、炎症反応を引き起こしたりして、うつ病の発症につながることがあります。
運動は、このストレスに対する体の反応を調整する効果があります。定期的な運動は、ストレスがかかったときにコルチゾールの分泌を抑制する働きがあることが示されています。
また、運動そのものが、適度なストレスとして体に作用することで、ストレスに対する耐性(ストレス・レジリエンス)を高める効果も期待できます。
これにより、日常のストレスを乗り越えやすくなり、うつ病の予防や再発防止にもつながります。

どんな運動がうつ病に効果的?

「運動が良いことはわかったけど、具体的に何をすればいいの?」という疑問に答えるべく、ここではうつ病の改善に効果的な運動の種類や頻度、強度について解説します。

運動の種類:有酸素運動が基本

うつ病の治療や予防においては、有酸素運動が最も効果的であるとされています。有酸素運動とは、筋肉を収縮させるためのエネルギーとして、酸素を使う運動のことです。具体的には、以下のような運動が該当します。
ウォーキング: 最も手軽に始められる運動です。1日30分程度、少し早歩きで歩くのが理想的です。
ジョギング・ランニング: ウォーキングよりも強度が高く、より高い効果が期待できます。
サイクリング: 関節への負担が少なく、長時間続けやすいのが特徴です。
水泳: 全身運動であり、水の浮力で関節への負担が少ないため、運動が苦手な人でも始めやすいです。
ダンス: 音楽に合わせて体を動かすことで、楽しさを感じながら運動できます。
これらの運動は、心拍数を適度に上げ、前述のセロトニンやBDNFの分泌を促す効果が特に高いことが分かっています。
一方、筋力トレーニング(ウェイトリフティングなど)も、うつ病の改善に効果があるという研究も増えてきています。
筋肉量が増えることで、自信の向上につながったり、筋トレそのものがストレス解消になったりするためです。
有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせることで、より高い効果が期待できるでしょう。

運動の頻度と時間:最初は「できる範囲で」

「毎日30分以上運動しないと意味がないのでは?」と考える方もいるかもしれませんが、うつ病の状態にある方にとっては、まず「始めること」が何よりも重要です。
頻度: 週に3〜5日を目標にしましょう。毎日続けるのが難しい場合は、2日に1日でも構いません。
時間: 1回あたり20〜30分が理想的ですが、最初は10分からでもOKです。朝、昼、晩に分けて5分ずつでも、積もり積もれば十分な運動量になります。
強度: 「少し息が上がるが、まだ会話ができる程度」が目安です。無理をして息が切れるような激しい運動は、かえってストレスになる可能性があります。
「スモールステップ」が鍵です。いきなり高い目標を立てるのではなく、「今日は家の周りを1周だけ歩いてみよう」「音楽を聴きながらストレッチをしてみよう」といった、ハードルの低い目標から始めましょう。

うつ病を持つ方が運動を始める際の注意点

運動がうつ病の治療に有効であることは間違いありませんが、うつ病の状態にある方が運動を始める際には、いくつかの注意点があります。

主治医への相談は必須

運動を始める前に、必ず主治医に相談しましょう。
現在の症状や身体の状態を考慮した上で、運動を始めても良いか、どのような運動が良いか、アドバイスをもらうことが重要です。

「完璧主義」を手放す

うつ病の症状の一つに、「完璧主義」があります。
運動を始めた後も、「毎日欠かさずやらなきゃ」「もっと速く、もっと長くやらないと意味がない」と自分を追い込んでしまうと、それが新たなストレスとなり、挫折の原因になります。

「今日は気分が乗らないから休もう」「10分しかできなかったけど、それで十分」と、自分を許してあげることが大切です。
体調が悪いときは無理をせず、休むことも運動の一部だと考えましょう。

他者とのつながりを持つ

一人で黙々と運動することも良いですが、誰かと一緒に運動することで、より高い効果が期待できます。
友人や家族と一緒にウォーキングに行く
スポーツクラブやフィットネスジムに通う
地域のサークルやコミュニティに参加する
誰かと一緒に運動することで、孤独感が和らいだり、モチベーションを維持しやすくなったり、運動以外の楽しみや交流が生まれたりします。
また、運動をきっかけに社会とのつながりを取り戻すことは、うつ病からの回復に不可欠な要素です。

運動以外にもできること:相乗効果で回復を目指す

運動はうつ病の治療に非常に有効ですが、それだけで全てが解決するわけではありません。
運動の効果を最大限に引き出すために、日常生活でできることをいくつか紹介します。

質の良い睡眠を確保する

運動は、疲労感を高め、夜の睡眠の質を向上させる効果があります。
しかし、運動のしすぎはかえって睡眠の妨げになることもあります。朝や日中に運動をすることで、夜の寝つきが良くなり、深い睡眠を得やすくなります。
質の良い睡眠は、脳と心の健康に不可欠です。
最近睡眠時無呼吸症候群が社会問題となっています。
朝起きても疲れが取れない、夜間に何度も目が覚める、いびきが酷いなどの症状がある場合は、睡眠時無呼吸症候群が考えれますので、主治医に相談して下さい。

バランスの取れた食事を心がける

脳の神経伝達物質の材料となるアミノ酸や、神経の働きを助けるビタミン・ミネラルは、食事から摂取されます。
特に、セロトニンの材料となるトリプトファンは、牛乳、豆腐、ナッツ類などに多く含まれています。
運動で分泌された神経伝達物質が、食事によって供給される栄養素で補充されることで、心身のバランスがより安定します。

日光を浴びる

日光を浴びることで、セロトニンの分泌が促されることが分かっています。
運動を屋外で行えば、日光浴の効果も同時に得られます。
特に朝の光は、体内時計をリセットし、質の良い睡眠を促す効果もあります。

まとめ:運動は「生きる力」を取り戻すための第一歩

うつ病の治療において、薬物療法や精神療法は非常に重要です。しかし、運動はそれらと並行して行うことで、治療効果をさらに高め、再発予防にもつながる、強力な補完療法です。
運動は、ただ単に体を動かすことではありません。
脳内の化学物質を調整し、心の安定を取り戻す
脳の成長を促し、思考や感情のバランスを整える
ストレスに打ち勝つ力を養い、心のレジリエンスを高める
身体的な健康を改善し、自信を取り戻す
社会とのつながりを再構築するきっかけとなる
これらの効果は、うつ病の患者さんが失いかけていた「生きる力」を、少しずつ取り戻していくプロセスそのものに他なりません。
「運動しなきゃ」と義務感に駆られるのではなく、「少しだけ体を動かしてみようかな」「今日は気分転換に散歩でもしてみようか」という、小さな一歩から始めてみてください。
その小さな一歩が、やがて大きな変化をもたらすでしょう。
うつ病は、一人で抱え込む必要はありません。専門家のサポートを受けながら、運動という新しいツールを味方につけて、自分らしいペースで回復への道を歩んでいってください。
あなたの心と体が、運動を通して、再び輝きを取り戻すことを願っています。

【推薦図書】以下の著書は、精神科医の書いたおすすめの書籍です。
1.脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方
ジョン J.レイティ (著)
2.運動脳
アンデシュ・ハンセン (著)


吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介

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