2025年12月10日

マグネシウムとは何か:生体における基本データ
マグネシウム(Magnesium, Mg)は、人体の生命維持に不可欠な主要ミネラルの一つです。
成人の体内には約20g~30gのマグネシウムが存在します。その分布割合は以下の通りです。
・約50~60%: 骨格および歯(リン酸マグネシウムや炭酸水素マグネシウムとして骨の構造を維持)
・約40%: 筋肉や臓器、軟部組織の細胞内
・約1%未満: 血液(血清)などの細胞外液
血中のマグネシウム濃度は、腎臓や腸管、骨による調節機能によって厳密に一定範囲(約1.8~2.3 mg/dL)に保たれています。そのため、血液検査で低マグネシウム血症が見つかる段階では、すでに体内の貯蔵量が大幅に枯渇している可能性があります。
生理学的役割:なぜマグネシウムが必要なのか
マグネシウムは「補因子」として働き、体内で起こる300種類以上(近年の研究では600種類以上とも示唆される)の酵素反応に関与しています。主な役割は以下の通りです。
(1) エネルギー産生(ATPの代謝)
人間が活動するためのエネルギー通貨である「アデノシン三リン酸(ATP)」は、マグネシウムと結合した複合体(Mg-ATP)として初めて生物学的に機能します。解糖系やクエン酸回路など、エネルギーを生み出す代謝経路の全てにマグネシウムが必要です。慢性的な疲労感は、細胞内のマグネシウム不足によるエネルギー産生効率の低下が関与している場合があります。
(2) 神経伝達と筋肉の収縮・弛緩
マグネシウムは、細胞内へのカルシウム流入を調節する「カルシウム拮抗作用(カルシウムブロッカー)」を持ちます。
カルシウム: 筋肉を収縮させ、神経を興奮させる。
マグネシウム: 筋肉を弛緩させ、神経を鎮静化させる。
このバランスが崩れ、マグネシウムが不足してカルシウムが過剰になると、筋肉の痙攣(こむら返り)、眼瞼のピクつき、血管の収縮(高血圧のリスク)などが生じやすくなります。
(3) 骨の恒常性維持
骨の健康といえばカルシウムが注目されがちですが、マグネシウムは骨の構造体として必要なだけでなく、カルシウムの吸収を助けるビタミンDを活性型ビタミンDに変換する酵素の働きに必須です。マグネシウム不足下では、いくらカルシウムやビタミンDを摂取しても、骨形成が正しく行われない可能性があります。
(4) タンパク質・DNA・RNAの合成
遺伝情報を持つDNAやRNAの合成、および修復プロセスに関与し、細胞分裂や遺伝子の安定性に寄与しています。
(5) 心血管系および糖代謝の調整
血管内皮機能の維持に関わり、血圧を正常に保つ働きがあります。また、インスリン受容体のリン酸化に関与し、インスリン感受性を高めることで血糖値のコントロールを助けることが疫学研究で示されています。
マグネシウム欠乏のリスクと原因
欠乏の症状
初期症状としては、食欲不振、吐き気、疲労感、脱力感が挙げられます。重度になると、手足のしびれ、筋肉の痙攣、不整脈、人格変化(うつ状態や不安感)、冠動脈攣縮などが起こる可能性があります。長期的な不足は、骨粗鬆症、2型糖尿病、高血圧、心血管疾患のリスク増大と関連しています。
現代人が不足しやすい理由
精製食品の増加: 穀物の精製(白米や精製小麦)により、胚芽に含まれるマグネシウムの大半が失われます。
ストレス: 精神的・身体的ストレスがかかると、尿中へのマグネシウム排泄量が増加します(アドレナリンによる影響)。
アルコール: アルコールの利尿作用により、マグネシウムの排出が促進されます。
薬剤: 利尿剤、プロトンポンプ阻害薬(胃薬)、一部の抗生物質の長期使用はマグネシウムレベルを低下させることがあります。
推奨摂取量と現状
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、マグネシウムの1日の推奨量は以下の通りです。 成人男性(18~64歳): 340~370 mg
成人女性(18~64歳): 270~290 mg
しかし、国民健康・栄養調査によると、現代日本人の平均摂取量はこれより大幅に少なく、慢性的かつ広範な摂取不足状態にあります。
食事による摂取方法(経口摂取)
マグネシウムは植物の葉緑素(クロロフィル)の中心金属であるため、植物性食品に多く含まれます。効率的に摂取するための食品と戦略は以下の通りです。
(1) 高含有食品
海藻類: アオサ、ワカメ、昆布、ひじき。これらは圧倒的な含有量を誇ります。
種実類(ナッツ・種): カボチャの種、アーモンド、ゴマ。
大豆製品: 木綿豆腐(凝固剤に「にがり=塩化マグネシウム」を使用しているため)、納豆、きな粉。
魚介類: 干しエビ、しらす、アサリ、カキ。
未精製穀物: 玄米、雑穀、全粒粉パン、蕎麦。
緑黄色野菜: ほうれん草などの濃い緑色の野菜。
(2) 吸収率を考慮した食事法
食事からのマグネシウム吸収率は通常30~40%程度ですが、以下の要因に影響を受けます。
阻害要因: フィチン酸(穀物外皮に含まれる)、シュウ酸(ほうれん草など)、過剰なリン(加工食品の添加物)、過剰なカルシウム摂取。
促進要因: タンパク質、発酵食品(有機酸が溶解度を高めるため)。
経皮吸収による摂取方法
近年、食事以外のアプローチとして「経皮マグネシウム吸収(Transdermal Magnesium Absorption)」が注目されています。これは皮膚を通してマグネシウムを体内に取り込む方法です。
科学的背景とメカニズムの議論
皮膚は本来、外部物質の侵入を防ぐ強力なバリア機能を持っています。そのため、マグネシウムイオン(Mg2+)のような親水性の電解質が角質層を容易に通過するかどうかについては、科学的な議論が続いています。
しかし、近年の研究では、毛包(毛穴)や汗腺がマグネシウムの透過経路となる可能性や、高濃度のマグネシウム溶液に長時間接触することで透過性が高まる可能性が示唆されています。バーミンガム大学の研究など一部の報告では、エプソムソルト入浴により血中および尿中のマグネシウム濃度が上昇したとのデータがあります(ただし、経口摂取と比較すると吸収量は限定的であるとの見解が主流です)。
経皮吸収は、消化管を通さないため「お腹が緩くなる(下痢)」という副作用を避けられる利点があり、特に筋肉の局所的なリラックス効果を期待する場合に有効とされています。
具体的な実践方法
(1) エプソムソルト入浴(硫酸マグネシウム)
エプソムソルト(Epsom Salt)は、名前に「ソルト」とありますが塩(塩化ナトリウム)ではなく、硫酸マグネシウム(MgSO4)の結晶です。
方法: 一般的な家庭用浴槽(約150~200リットル)に対し、100g~300g程度のエプソムソルトを溶かします(製品の指示に従ってください。濃度0.1%以上が推奨されることが多いです)。
時間: 39~41度程度のお湯に15分~20分程度浸かります。
作用: 温熱効果との相乗効果により、血管拡張、筋肉の緊張緩和、リラックス効果が期待されます。
(2) 塩化マグネシウム入浴(フレーク・にがり)
塩化マグネシウム(MgCl2)は、エプソムソルトよりも水への溶解度が高く、分子量が小さいため、理論上は吸収効率が良い可能性があります。
当院の栄養指導でお勧めしている入浴法です。
方法: 入浴剤用の塩化マグネシウムフレークを使用するか、液体のにがりを浴槽に入れます。
注意: 保湿効果が高い一方で、敏感肌の人には刺激になる場合があるため、少量から試すことが推奨されます。
(3) マグネシウムオイル・スプレー
高濃度の塩化マグネシウム水溶液をスプレー容器に入れたものです。
方法: 足の裏、ふくらはぎ、肩など、疲れやこりを感じる部分に直接スプレーし、マッサージしながら擦り込みます。塗布後、20分程度放置し、ベタつきが気になる場合は洗い流します。
ピリピリ感: 使用開始時に皮膚がピリピリすることがありますが、これは高濃度塩類による浸透圧の刺激や血管拡張作用によるものと考えられています。継続使用や希釈使用で軽減することが多いです。
安全性と注意点
過剰摂取のリスク
通常の食品: 通常の食事から過剰摂取になることはまずありません。余剰分は腎臓から速やかに尿中へ排泄されます。
サプリメント・薬剤: 酸化マグネシウムなどのサプリメントや便秘薬を大量に摂取した場合、下痢(高マグネシウム血症による消化管への水分貯留)が起こることが最も一般的な副作用で
腎機能障害: 腎臓機能が低下している方(腎不全など)は、マグネシウムの排泄能力が落ちているため、サプリメントや高濃度マグネシウム入浴を行う前に必ず医師に相談する必要があります。 高マグネシウム血症(軽症だと吐き気だるさ、重症になると血圧低下、呼吸抑制など)のリスクがあります。
まとめ
マグネシウムは、エネルギー産生、神経・筋肉の制御、骨の健康維持に関わる極めて重要なミネラルです。現代の食生活やストレス社会においては不足しがちな栄養素であるため、意識的な介入が必要です。
基本は食事: 海藻、ナッツ、大豆製品、全粒穀物を積極的に摂取する。
補完としての経皮吸収: エプソムソルト入浴やマグネシウムオイルは、消化器への負担をかけずに局所的な筋肉のリカバリーやリラクゼーションを図る有効な手段となり得ます。
バランス: カルシウムとのバランスを考慮し、腎機能に問題がない限り、これらを組み合わせた「マルチアプローチ」で体内マグネシウムレベルを維持することが、健康長寿への鍵となります。
参考文献
1) 厚生労働省 (Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan)
「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書 – ミネラルの項
e-ヘルスネット「マグネシウム」[link]
2) 米国国立衛生研究所 (National Institutes of Health – NIH)
Office of Dietary Supplements – Magnesium Fact Sheet for Health Professionals [link]
学術論文 (Scientific Journals)
3) Gröber, U., et al. (2017). “Magnesium in Prevention and Therapy”. Nutrients. DOI: 10.3390/nu7095388 (マグネシウムの臨床的意義に関する包括的レビュー)
4) Gröber, U., et al. (2017). “Myth or Reality—Transdermal Magnesium?”. Nutrients. DOI: 10.3390/nu9080813 (経皮吸収に関する科学的エビデンスと限界についてのレビュー)
5) DiNicolantonio, J.J., et al. (2018). “Subclinical magnesium deficiency: a principal driver of cardiovascular disease and a public health crisis”. Open Heart. DOI: 10.1136/openhrt-2017-000668 (潜在的なマグネシウム欠乏と心血管疾患のリスクについて)
6) Waring, R.H. (2004). “Report on Absorption of magnesium sulfate (Epsom salts) across the skin.” School of Biosciences, University of Birmingham. [link] (エプソムソルトの経皮吸収に関する初期の重要研究)
吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介