2025年12月27日

私たちの健康と寿命が、毎日の食事によって大きく左右されることは疑いようがありません。しかし、かつての常識が覆されたり、極端な食事法が流行したりと、情報の波に戸惑うことも少なくありません。
本稿では、「糖質」「脂質」「高齢期の栄養」という3つの視点から、信頼できる科学的データに基づき、現代における「長寿のための食事」の真実を紐解いていきます。
日本の伝統食と短命・長寿のパラドックス:近藤正二博士の研究から
昭和の時代、近藤正二博士が全国を行脚してまとめた『日本の長寿村・短命村』は、現代の栄養学にも通じる重要な示唆を含んでいます。博士の調査が明らかにした核心は、「白米の偏食(ばっかり食べ)による短命」と「食の多様性による長寿」でした。
「白米偏重」がなぜ短命を招いたのか
昭和初期の物流が未発達な時代、山間部などの一部地域では、入手しやすい白米や芋類でお腹を満たし、おかず(野菜、海藻、大豆、魚)が極端に少ない食生活が営まれていました。
現代の視点でこれを解析すると、単に「米(糖質)が毒」だったわけではありません。「必須栄養素の欠乏」が主たる原因と考えられます。
タンパク質不足: 血管や筋肉を作る材料が不足し、脳卒中(特に出血性)のリスクが高まる。
ビタミン・ミネラル不足: 代謝機能が低下する。
塩分の過剰摂取: おかずが少ない分、保存食や味噌・醤油で大量の米を食べるため、高血圧を招く。
近藤博士が発見した「長寿村」の特徴である「野菜、海藻、大豆、小魚の摂取」は、現代の栄養学でも「カリウム(塩分排出)、食物繊維、良質なタンパク質の確保」として、その正しさが裏付けられています[1]。つまり、長生きの鍵は「米を憎むこと」ではなく、「米以外の多様なおかずを十分に食べること」にあったのです。
現代日本人と糖質のリスク:久山町研究が教えること
九州大学が行っている「久山町研究」は、世界的に評価の高い疫学研究です。この研究から見えてきたのは、時代の変化とともに移り変わる病気のリスクです。
糖尿病と認知症の密接な関係
ご指摘の通り、久山町では生活習慣の変化に伴い糖尿病有病率が増加しました。そして重要な発見は、「糖尿病(および高血糖状態)が、がんや認知症の強力なリスク因子である」という事実です[2][3]。
血糖スパイクと血管損傷: 糖質の過剰摂取により食後血糖値が急上昇すると、活性酸素が発生し、血管の内壁を傷つけます。これが動脈硬化を進行させ、脳卒中や心筋梗塞の原因となります。
インスリン抵抗性とアルツハイマー病: 脳は「第3の糖尿病」とも呼ばれることがあります。糖代謝の異常は、脳内のアミロイドベータの蓄積を助長し、アルツハイマー型認知症のリスクを高めることが示唆されています。
「日本食パターン」の再評価
久山町研究のサブ解析において、認知症リスクとの関連で注目すべきは「食事パターン」です。
リスクを下げる食事: 大豆・大豆製品、野菜、藻類、牛乳・乳製品が多い食事パターン。
リスクを上げる食事: ご飯、酒類が多く、上記の副菜が少ない食事パターン。
ここでも重要なのは、「ご飯そのものが認知症を作る」というよりは、「ご飯とお酒ばかりで、脳を守る栄養素(ビタミン、ミネラル、抗酸化物質)を摂取していない食事バランス」がリスクを高めているという解釈が科学的に妥当です[4]。
脂質悪玉説の崩壊?:PURE Studyと脂肪の真実
2017年に発表されたPURE Studyは、世界の栄養学界に衝撃を与えました。「炭水化物の摂りすぎは死亡リスクを高め、脂質の摂取は死亡リスクを下げる」という結果が出たからです[5]。しかし、この結果を日本の食卓に当てはめるには、いくつかの「翻訳」が必要です。
「炭水化物60%超」の危険性
この研究で死亡リスクが顕著に上がったのは、摂取カロリーの60〜70%以上を炭水化物で賄っている群です。これは、発展途上国などで見られる「精製された小麦や米しか食べるものがない(貧困による栄養の偏り)」ケースが多く含まれています。
日本人の平均的な炭水化物摂取比率は50〜60%程度であり、極端に恐れる必要はありませんが、「パンや麺類、白米だけで食事を済ませる」スタイルは明らかに寿命を縮めると言えます。
脂質は「敵」ではない
かつて「脂質はすべて悪」と思われていましたが、PURE Studyはそれを否定しました。細胞膜やホルモンの材料となる脂質は、生命維持に不可欠です。飽和脂肪酸(肉、乳製品): 適度な摂取は脳卒中(特に出血性)の予防に寄与する可能性があります。過剰制限は逆効果です。
不飽和脂肪酸(魚、オリーブ油): 心血管疾患の予防効果が一貫して認められています。
結論として、「脂質を減らして炭水化物(特に精製糖)で空腹を満たす」という従来の低脂肪食指導は、現代においては推奨されません。
高齢期のパラドックス:コレステロールと寿命の関係
「コレステロールが高い方が長生きする」というデータは、特に高齢者において数多く報告されています。これには「リバース・カウザリティ(因果の逆転)」と「フレイル(虚弱)」という概念で説明がつきます。
なぜ高齢者は小太りの方が長生きか
栄養状態の指標: 高齢者においてコレステロール値が低いことは、栄養吸収能力の低下や、がんなどの消耗性疾患が隠れている可能性(低栄養状態)を示唆することがあります。つまり、「健康だから低い」のではなく「弱っているから低い」ケースが多いのです。
細胞の材料: コレステロールは細胞膜の構成成分です。高齢になると細胞の修復能力が落ちるため、材料となる脂質やタンパク質が十分に血中にある方が、感染症や骨折からの回復に有利に働きます。
50年前のミネソタ冠動脈実験の再解析[6]が示したように、無理な植物油への置き換えでコレステロールを下げても、必ずしも寿命が延びないことは事実です。特に75歳以上の後期高齢者においては、厳格なコレステロール制限よりも、十分な栄養摂取(低栄養の回避)が優先されるというのが、現在の老年医学のスタンダードです[7]。
「長生きする食事」の結論
以上の研究結果を総合し、現代日本人が目指すべき「科学的に正しい長寿食」をまとめます。近藤先生の提唱内容とも多くの点で合致します。
1) 「主食」は控えめに、質を変える
炭水化物の過剰摂取(特に食後高血糖)は血管と脳を老化させます。
量: 毎食「お茶碗軽く1杯」程度にとどめる。
質: 白米よりも、食物繊維が豊富な「玄米」「雑穀米」「もち麦」を選ぶことで、血糖値の上昇を緩やかにし、腸内環境を改善できます。
2) タンパク質は「毎食」摂取する
筋肉と免疫力の維持が、高齢期の寿命を決定づけます。
肉、魚、卵、大豆製品をローテーションで食べる。
特に高齢者は、意識して肉や魚の脂質も摂り、アルブミン値(栄養状態の指標)を維持することが重要です。
3) 「副菜」で抗酸化・抗炎症
野菜・海藻・きのこ: これらは「ゼロカロリーの飾り」ではありません。糖質の吸収を抑え、腸内細菌(善玉菌)の餌となり、動脈硬化を防ぐ強力なサポーターです。
近藤先生が指摘した通り、海藻の常食は日本人の長寿要因の一つと考えられます。
4) 油を恐れず、質を選ぶ
良質な油(オリーブオイル、青魚の脂など)は積極的に摂る。
過度な「油抜き」は、血管を脆くし、寿命を縮めるリスクがあります。
5) 塩分は控えめに
日本人の最大の弱点は依然として「塩分の摂りすぎ」です。野菜や果物に含まれるカリウムで塩分排出を促すとともに、出汁や酸味を利用して減塩を心がけましょう。
まとめ:生存率を高めるための指標
長寿科学振興財団や日本老年医学会のガイドライン[7][8]に基づくと、特に高齢期において生存率を高めるための目標値は以下の通りです。
・BMI値
20 以下。
・血清アルブミン値
男性 3.8g/dl以下、女性 3.9g/dl以下。
・総コレステロール値
男性 156㎎/dl以下、女性 182㎎/dl以下。
・ヘモグロビン値
男性 12.7g/dl以下、女性 11.6g/dl以下。
炭水化物は控えめに、タンパク質はしっかり摂取して、血中アルブミンが4.4g/dl以上になるよう目指しましょう。
引用文献
[1] Tsugane S. Why has Japan become the world’s most long-lived country: insights from a food and nutrition perspective. Eur J Clin Nutr. 2021;75(6):921-928. DOI: 10.1038/s41430-020-0677-5
[2] Ninomiya T. Japanese legacy cohort studies: the Hisayama Study. J Epidemiol. 2018;28(11):444-451. DOI: 10.2188/jea.JE20180150
[3] Ohara T, et al. Glucose tolerance status and risk of dementia in the community: the Hisayama Study. Neurology. 2011;77(12):1126-34. DOI: 10.1212/WNL.0b013e31822f0435
[4] Ozawa M, et al. Dietary patterns and risk of dementia in an elderly Japanese population: the Hisayama Study. Am J Clin Nutr. 2013;97(5):1076-82. OI: 10.3945/ajcn.112.045575
[5] Dehghan M, et al. Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study. Lancet. 2017;390(10107):2050-2062. DOI: 10.1016/S0140-6736(17)32252-3
[6] Ramsden CE, et al. Re-evaluation of the traditional diet-heart hypothesis: analysis of recovered data from Minnesota Coronary Experiment (1968-73). BMJ. 2016;353:i1246. DOI: 10.1136/bmj.q1450
[7] 日本老年医学会. 高齢者肥満症診療ガイドライン2018. [link]
[8] 公益財団法人長寿科学振興財団. 健康長寿ネット「高齢者の食事摂取基準」. [link]