2025年10月29日
はじめに:私たちの食生活を形成した「科学的幻想」
過去50年間、私たちはある「常識」を信じてきました。
それは、心臓の健康を保ち、コレステロール値を下げるためには、バターのような飽和脂肪酸を避け、リノール酸が豊富な植物油を選ぶことが重要だというものです。
しかし、もしこの栄養学の根幹をなすアドバイスが、確固たる科学ではなく、闇に葬られた研究(受動的な欺瞞)と、砂糖業界が脂肪に罪をなすりつけるために仕掛けた情報操作(能動的な欺瞞)という、二つの力によって作られた「科学的幻想」に基づいていたとしたらどうでしょうか?
衝撃の真実1:コレステロールを下げても、死亡率に改善は見られなかった
ミネソタ冠動脈実験(MCE)は、1968年から1973年にかけて実施された、大規模かつ厳密に設計された臨床試験です。その目的は、飽和脂肪酸を植物油(コーン油)に置き換えることでコレステロールを下げ、心臓病を減らせるかを検証することでした。
まず、介入は成功したかのように見えました。植物油を摂取したグループの血清コレステロールは、対照群と比較して有意に低下しました(平均低下率13.8%)。
しかし、ここからが衝撃です。コレステロール値が下がったにもかかわらず、植物油を摂取したグループは、飽和脂肪酸を摂取し続けた対照群と比べて、生存上の利点は全くありませんでした。
さらに、データを深く分析すると、より驚くべき逆説が浮かび上がりました。個人のコレステロール値の低下幅が大きかった参加者ほど、死亡リスクが高くなるという相関関係が明らかになったのです。
血清コレステロール値が30 mg/dL低下するごとに、死亡リスクは22%「高く」なりました。
衝撃の真実2:画期的な研究の不都合なデータが数十年も闇に葬られていた
MCEで明らかになったこの不都合な真実は、40年以上にわたって完全には公表されず、科学的なエビデンスの一部として扱われてきませんでした。重要な分析結果は、1981年に書かれた修士論文の中にのみ存在し、一度も引用されることはなかったのです。
驚くべきことに、このMCEの共同主任研究者の一人は、「脂肪犯人説」を強力に推進したことで知られるアンセル・キーズその人でした。つまり、食事と心臓病に関する仮説の提唱者が主導した最大級の試験でさえ、その仮説に反する不都合な結果を生み、そしてそれは闇に葬られていたのです。
MCEは孤立したケースではありません。同じ時代に行われた別の臨床試験「シドニー食事心臓研究(SDHS)」でも、回収されたデータから、飽和脂肪酸をリノール酸が豊富な植物油に置き換えることで、冠動脈心疾患および全死因による死亡リスクが「増加」したことが示されています。
このような「不完全な公表」は、科学的エビデンスの全体像を歪め、飽和脂肪酸から植物油への切り替えによる恩恵を過大評価させる原因となりました。MCEのような研究データが闇に葬られていた一方で、別の強力な力が、脂肪を唯一の悪者として仕立て上げるために、水面下で画策していました。
ミネソタ冠動脈実験から得られた知見は、不完全な公表が、飽和脂肪酸をリノール酸が豊富な植物油に置き換えることの利点の過大評価に寄与してきたという、増大しつつある証拠を補強するものである。
衝撃の真実3:砂糖業界は脂肪を悪者にするため、科学者に秘密裏に資金を提供していた
1960年代、栄養学の世界では大きな論争が起きていました。心臓病の主な食事要因は、アンセル・キーズが主張する「脂肪」なのか、それともジョン・ユドキンが主張する「砂糖」なのか、という論争です。
業界団体である砂糖研究財団(SRF)は、スクロース(砂糖)がコレステロール値の上昇や心臓病と関連しているという研究結果が出始めたことに危機感を抱きました。内部文書によれば、彼らの明確な目的は、自分たちに批判的な研究者たちの主張を論破すること(“refute our detractors”)でした。
そのための核心的な戦略が、1965年に実行されました。SRFは、影響力のあるハーバード大学の科学者3名に対し、文献レビューを執筆させるために、合計6,500ドル(現在の価値で約50,000ドルに相当)を秘密裏に支払っていたのです。
SRFの副会長であったジョン・ヒクソンが研究者たちに送った指示には、その目的が明確に記されていました。
我々の特別な関心は、これまで脂肪代謝の異常に起因するとされてきた代謝状態に対して、スクロースという形の炭水化物が過度の寄与をしているという主張がある栄養学の分野にある。この側面が(レビューの中で)薄められてしまうならば、私はがっかりするだろう。
衝撃の真実4:業界が資金提供したレビューが、数十年にわたる食事の「定説」を形成した
ハーバード大学の科学者たちによるレビューは、1967年に権威ある医学雑誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に掲載されました。
決定的に重要なのは、SRFからの資金提供と、レビューの目的形成におけるその役割が一切開示されていなかったことです。
このレビューは、砂糖の危険性に関する疑念を巧みに打ち消し、脂肪を心臓病の主犯として断定するキャンペーンとして見事に成功しました。砂糖と心臓病を結びつけるエビデンスを体系的に批判し、取るに足らないものとして退ける一方で、心臓病を予防するために必要な唯一の食事変更は、飽和脂肪酸とコレステロールの摂取を減らすことであると結論づけたのです。
この業界主導の影響力のある論文は、科学的な論争に終止符を打つのに一役買いました。砂糖に関する懸念は事実上封じ込められ、脂肪が数十年にわたって食事における主要な悪役として定着し、公式の食事ガイドラインにも絶大な影響を与えました。
衝撃の真実5:「健康的」とされる植物油にも、隠れたリスクがあるかもしれない
MCEの研究に話を戻しましょう。介入群では、コーン油に由来するリノール酸の摂取量が、カロリー比で約3.4%から約13.2%へと大幅に増加しました。
これらの植物油はLDL(悪玉)コレステロールを低下させる一方で、意図しない結果をもたらす可能性があります。論文で示唆されている仮説の一つは、リノール酸の過剰摂取がリポタンパク質粒子の酸化しやすさを高めるというものです。これは、コレステロール粒子が「錆びつく」ようなもので、動脈壁に付着しやすくなる可能性を示唆しています。
この酸化の可能性こそ、MCEにおいてコレステロール値を下げたにもかかわらず死亡率が改善しなかった、あるいは低下幅が大きいほどリスクが上がったという逆説的な結果を説明する鍵かもしれません。
これを現代の文脈で考えてみましょう。約100年以上前の人類の食事では、リノール酸からのカロリー摂取はわずか2〜3%でした。しかし、加工食品や調理油にあふれた現代の工業化された食事では、その摂取量は不自然なほど高くなっています。これは、人類の歴史上、過去100年ほどで起きた極めて急進的な食事の変化であり、私たちの体はまだその影響に追いついていないのかもしれません。
結論:謙虚さと批判的思考のすすめ
長年信じられてきた「食事と心臓病」に関する定説は、私たちが思うよりもはるかに脆い基盤の上に成り立っています。その一因は、MCEのような臨床試験データの不完全な公表であり、また一因は、砂糖業界による意図的な情報操作でした。この二つが組み合わさり、一つの「科学的幻想」が作り上げられたのです。
この隠された歴史を踏まえたとき、私たちは今日当たり前とされている食事のアドバイスをどのように再評価すべきでしょうか?そして、他に疑問を呈する価値のある「常識」とは何でしょうか?
参考論文
Sugar Industry and Coronary Heart Disease Research: A Historical Analysis of Internal Industry Documents
JAMA Intern Med. 2016 Nov 1;176(11):1680-1685. doi: 10.1001/jamainternmed.2016.5394.
吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介