2026年5月25日

総合病院とクリニックでHbA1cの値が異なることは、実はよくあることです。患者さんとしては不安になるかと思いますが、「測定原理(機械)の違い」と「誤差の許容範囲」が主な原因であることがほとんどです。
基本的には、クリニックで検査した値の方が高くなります。
当院で一番乖離した例では、院内と検査会社の値が0.6も違っていました。
医療の専門的な観点から、なぜズレが生じるのかを解説します。
測定方式の違い(これが最大の要因です)
HbA1cを測るための「化学的なアプローチ」が、大きな病院と小さなクリニックでは異なることが一般的です。
HPLC法(病院): HbA1c測定の「ゴールドスタンダード(基準)」です。物理的に成分を分離して測るため、非常に正確です。
免疫法/酵素法(クリニック): わずか数分で結果が出るため便利ですが、試薬の反応を利用するため、他の物質(変異ヘモグロビンや乳びなど)の影響をわずかに受けやすく、HPLC法と比べると±0.2〜0.3%程度の誤差が出ることがあります。
検査機器に存在する「許容される誤差」
どのような精密な検査であっても、機械である以上、完全に誤差をゼロにすることは不可能です。そのため、医学の世界では「この範囲の誤差であれば治療の判断に影響を与えない」という国際的な基準(NGSP基準)が設けられています。
HbA1cの測定においても、この品質基準を満たすように機器が作られていますが、おおむねプラスマイナス0.2パーセントから0.3パーセント程度のばらつきは「科学的に正常な誤差(許容範囲)」とされています。 たとえば、ご自身の本当のHbA1cが「6.5%」だったとします。これを総合病院の機械で測ると「6.4%」、クリニックの迅速測定器で測ると「6.6%」と表示される可能性があります。これはどちらかの機械が壊れているわけではなく、許容された誤差の範囲内で生じる自然な現象です。
機器の「キャリブレーション(校正)」の差
すべての検査機器は、正確な値を出すために定期的な「校正(基準合わせ)」を行いますが、その頻度や管理体制に差が出ることがあります。
総合病院: 臨床検査技師が常駐し、毎日厳密な精度管理(コントロール調査)を行っています。
クリニック: 機器の精度は向上していますが、簡易検査機器の場合、試薬ロットの変更時や気温などの環境変化により、微細な変動が起こりやすい傾向がありますが、医療機器は、年1回の保守点検を受けています。
測定のタイミングと生理的変動
もし、病院とクリニックでの検査日が「同日・同時刻」でない場合、以下の要因も関係します。
生理的な変動: HbA1cは「過去1〜2ヶ月の平均」ですが、日々わずかに変動しています。2週間違えば、体内の赤血球の入れ替わりにより数値は動きます。
検体の鮮度: クリニックで採血し、外部の検査センターへ送る場合(外注検査)、採血から測定までに時間が空きます。保存状態によっては、ごくわずかに数値が変化(低下など)する可能性があります。
数値の違いにどう向き合うべきか?
一般的に、医療現場では「±0.3%程度の差は誤差の範囲内」とみなされることが多いです。
「流れ(トレンド)」を見る: 数値の絶対値(5.8%か6.0%か)に一喜一憂するのではなく、「前回と比べて上がったか下がったか」という変化に注目してください。
同じ施設で測り続ける: 経過観察をする際は、できるだけ「同じ医療機関の同じ測定器」で測ることで、機器による誤差を排除して正確な変化を追うことができます。
医師に伝える: もし差が「0.5%以上」あるなど極端に大きい場合は、医師に「他院では〇〇%でした」と伝えてみてください。測定法の違いを考慮してデータを解釈してくれます。他院の結果と当院で極端に検査結果に差が出ている場合は、院内と外注検査を同日に行っています。
参考文献
1.HbA1c: A Review of Analytical and Clinical Aspects 作者: Weykamp C, Ann Lab Med. 2013 Nov;33(6):393-400. DOI: 10.3343/alm.2013.33.6.393
要約: HbA1c測定の分析的・臨床的側面に関する包括的レビュー。HPLC法などの大型分析装置と、クリニック等で用いられるPOCT(臨床現場即時検査)機器の測定原理の違いを解説し、診断における不確かさや生物学的誤差について論じた重要文献です。
2.Six of Eight Hemoglobin A1c Point-of-Care Instruments Do Not Meet the General Accepted Analytical Performance Criteria 作者: Lenters-Westra E, Slingerland RJ, Clin Chem . 2010 Jan;56(1):44-52. DOI: 10.1373/clinchem.2009.130641
要約: 8種類の迅速HbA1c測定機器(POCT)の精度を、国際的な分析性能基準に照らし合わせて検証した論文。一部のPOCT機器では基準となる精度を満たしていないことを示し、測定機器や試薬のロットによる誤差が生じる可能性を科学的に証明しています。
3.Comparison of Point-of-Care and Laboratory Glycated Hemoglobin A1c and Its Relationship to Time-in-Range and Glucose Variability: A Real-World Study. Al Hayek A, Alzahrani WM, Sobki SH, Al-Saeed AH, Al Dawish M, Cureus
. 2023 Jan 5;15(1):e33416 DOI: 10.7759/cureus.33416
要約: 実臨床において、中央検査室でのHbA1c測定値(HPLC法など)と、クリニック等の現場で用いるPOCT機器での測定値を比較した研究。両者の間には高い相関があるものの、測定原理の相違による一定の誤差が生じ得ることをデータに基づき示しています。
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千里丘かがやきクリニック
有光潤介