2026年6月02日

睡眠時無呼吸症候群は「男性だけの病気」ではない
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に何度も呼吸が止まったり浅くなったりする病気です。一般的に「激しいいびきをかく、太った男性」の病気というイメージが強いかもしれません。しかし、近年の科学的な研究によって、女性にとっても決して珍しくない、非常に重要な病気であることが分かっています。
女性の睡眠時無呼吸症候群は、男性とは異なる独自の症状や特徴を持っているため、周囲の人だけでなく、本人さえも気づかないまま見過ごされてしまうケースが多々あります。「ただの疲れ」や「年齢のせい」にしてしまいがちですが、正しい知識を持つことが健康を守る第一歩になります。
女性特有の症状と「見過ごされやすさ」の理由
男性の睡眠時無呼吸症候群では、「地響きのような激しいいびき」や「睡眠中に息が止まっていると同居人に指摘される」といった、分かりやすい兆候が多く見られます。これに対して、女性の場合は症状の現れ方がとても緩やかで、一見すると睡眠時無呼吸症候群とは結びつかないような症状を示す傾向があります。
女性に多く見られる代表的な症状
・日中の強い疲労感やだるさ、エネルギー不足
・朝起きたときの頭痛や不快感
・夜中に何度も目が覚める、寝付きが悪い(不眠症の症状)
・気分の落ち込み、イライラ、うつ傾向や不安感
・悪夢をよく見る
女性の呼吸障害は、完全に気道(空気の通り道)が塞がる時間よりも、気道が狭くなって空気の通りが制限される「上気道抵抗(じょうきどうていこう)」という状態を多くとることが分かっています。そのため、男性のように派手ないびきをかかなくても、脳は細かく覚醒状態(目が覚めた状態)を繰り返しています。本人はしっかりと寝たつもりでも、実は深刻な睡眠不足に陥っているのです。
その結果、病院を受診しても睡眠時無呼吸症候群ではなく、単なる不眠症やうつ病、更年期障害などと誤って診断されてしまうリスクが男性よりも高いことが指摘されています。
ライフステージと女性ホルモンの深い関係
女性の睡眠時無呼吸症候群の発症リスクは、生涯を通じて一定ではなく、女性ホルモンの分泌量と密接関係しています。特に以下の2つのライフステージでリスクが高まることが医学的に証明されています。
妊娠期
健康で太っていない女性であっても、妊娠期にはリスクが上昇します。特に妊娠後期に入ると、体重の増加やホルモンバランスの変化、大きくなった子宮による横隔膜の圧迫などにより、最大で約27パーセントの妊婦に睡眠時無呼吸の兆候が見られるようになると推定されています。
更年期・閉経後
女性ホルモンであるエストロゲンやプロゲステロンには、上気道の筋肉の緊張を保ち、気道が塞がるのを防ぐ保護的な役割があります。しかし、更年期を迎えて閉経(月経が完全に停止すること)にいたると、これらのホルモン分泌が急激に減少します。
また、閉経後は内臓脂肪や首周りへの脂肪がつきやすくなる変化も加わり、閉経後の女性における睡眠時無呼吸症候群の有病率(病気を持っている人の割合)は、閉経前と比較して約2倍に跳ね上がることが分かっています。高齢期になると、男女間の発症率の差はほとんどなくなります。
放置することによる身体への健康リスク
睡眠時無呼吸症候群を「たかがいびき」「少し寝不足なだけ」と放置することは、心身に大きな負担を与え続けます。夜間に何度も呼吸が止まることで、体内は慢性的な酸欠状態(低酸素状態)に陥り、強いストレス反応や炎症が引き起こされます。
これにより、女性であっても以下のような深刻な生活習慣病や健康リスクが明確に高まることが分かっています。
・高血圧や血管の機能不全(動脈硬化など)
・心不全や心血管疾患による死亡リスクの上昇
・2型糖尿病や代謝の異常
・著しいQOL(生活の質)の低下
特に、男性と比較して軽症の段階(1時間あたりに呼吸が止まったり浅くなったりする回数を示す「AHI」という数値が比較的低い段階)であっても、女性の身体はより強い症状や疲労感、気分の落ち込みを感じやすいという研究データもあります。そのため、数値上の軽重に関わらず、本人が受ける心身への悪影響は決して小さくありません。
まとめ:早期発見のために
女性の睡眠時無呼吸症候群は、男性とは症状が異なる「隠れ無呼吸」とも言える状態になりやすいのが特徴です。「よく寝ているはずなのに毎日体がだるい」「朝起きると頭が痛い」「不眠や気分の落ち込みが続く」といった悩みを抱えている場合は、いびきの有無に関わらず、一度専門の医療機関(睡眠外来や呼吸器内科など)で検査を受けることを検討してください。適切な治療(CPAP:睡眠中にマスクを介して空気を送り込み気道を広げる治療法など)を行うことで、睡眠の質が劇的に改善し、将来の大きな病気を予防することにつながります。
参考文献
1.Sleep disordered breathing: is it different for females?, Saaresranta T, Anttalainen U, Polo O. ERJ Open Res . 2015 Oct;1(2):00063-2015. DOI: 10.1183/23120541.00063-2015
要約: 女性の睡眠時無呼吸症候群は、激しいいびきよりも不眠や慢性疲労、頭痛、気分の落ち込みといった非典型的な症状を多く示すため見過ごされやすいことを指摘。また、女性の呼吸障害は完全な気道閉塞よりも部分的な気道狭窄の頻度が高く、これが低いAHIでも強い臨床症状を引き起こす原因であると解説している。
2.Obstructive Sleep Apnea in Women: Specific Issues and Interventions, Wimms A, Woehrle H, Ketheeswaran S, Ramanan D, Armitstead J. Biomed Res Int . 2016 Sep;2016:1764837. DOI: 10.1155/2016/1764837
要約: 女性の閉塞性睡眠時無呼吸症候群における症状、診断、治療の特異性を包括的にレビューした文献。女性は男性よりも低い無呼吸低呼吸指数(AHI)であっても同等以上の強い臨床症状やQOL低下を訴える傾向があり、診断や治療アプローチにおいて性差を考慮する必要性を強調している。
3.Evaluation of Obstructive Sleep Apnea in Female Patients in Primary Care: Time for Improvement?, Bouloukaki I, Tsiligianni I, Schiza S. Med Princ Pract . 2021 Dec;30(6):508-514. DOI: 10.1159/000518932
要約: 一次診療において女性の睡眠時無呼吸症候群がいかに過小診断されやすいかを検証した論文。不眠やうつ病と誤認されやすい実態を警告し、閉経後にエストロゲン減少や内臓脂肪増加が原因で発症リスクが急増するメカニズムを示し、プライマリケアにおける医療従事者の認識向上を求めている。