2026年6月22日

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に呼吸が繰り返し止まったり浅くなったりする病気です。その治療法のひとつとして、CPAP(持続気道陽圧呼吸療法)と並んで広く使われているのが、「マウスピース(口腔内装置:OA)」です。就寝中に専用のマウスピースを装着し、下顎を少し前方に突き出した状態で固定する、というシンプルな仕組みです。
なぜ下顎を前に出すと改善するのか
人間の気道は、喉の奥の筋肉や舌の根元によって構成されています。仰向けに寝ると、重力によって舌や軟口蓋(上あごの奥の柔らかい部分)が喉の方へ落ち込み、気道を狭めたり塞いだりします。これが「閉塞性」無呼吸の主な原因です。
マウスピースで下顎を数ミリ前方へ引き出すと、下顎の骨につながっている舌も一緒に引き上げられます。その結果、喉の奥に十分な空気の通り道が生まれ、いびきや無呼吸を防ぐことができます。
ただし、マウスピースがすべての方に効くわけではありません。効果が出やすい状態と出にくい状態には、明確な医学的な違いがあります。
マウスピース治療が有効な患者さん
1. 軽症〜中等症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群の方
無呼吸・低呼吸の回数が比較的少ない方にとって、マウスピースは第一選択肢となる有効な治療法です。CPAPのような大がかりな機械が不要なため、出張や旅行にも携帯しやすく、生活の質を落とさずに治療を続けやすい点もメリットです。
2. 仰向けで寝ると症状が悪化する方(体位依存性)
横向きでは問題なく呼吸できるのに、仰向けになるといびきや無呼吸がひどくなるタイプの方に、マウスピースは特に効果的です。このタイプの原因は重力による舌の落ち込みであるため、下顎を前方に固定して舌を物理的に引き上げるマウスピースの仕組みと相性が良いといえます。
3. 下顎が小さい、または後退している方
骨格的に下顎が小さい方(小顎症)や、下顎が後ろに引っ込んでいる方(下顎後退症)は、もともと気道のスペースが狭い傾向があります。日本人を含むアジア人には、肥満でなくてもこうした骨格が原因で無呼吸が起きる方が少なくありません。このような方の場合、マウスピースで下顎を適切な位置まで引き出すことで、本来あるべき気道の広さを取り戻すことができ、高い治療効果が期待できます。
4. 肥満の程度が軽い、または標準体型の方
喉の周囲に脂肪が少ない方は、気道が外側から圧迫される力も弱いため、舌を引き上げるだけで十分な空気の通り道を確保できます。
5. CPAPの継続が難しい方
重症の方には本来CPAPが推奨されますが、マスクの圧迫感や送気の感覚に慣れず、眠れなくなってしまう方もいます。そのような方に対しては、無治療のまま放置するよりもマウスピースを使用する方が、睡眠状態の改善や日中の眠気・高血圧などの合併症リスクの軽減に有効であることが、医学的に示されています。
マウスピース治療が効果を発揮しにくい患者さん
1. 重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群の方
無呼吸・低呼吸が1時間に何十回も起こる重症の方では、気道の閉塞が非常に強固です。下顎を前に動かすだけでは気道を十分に押し広げることができず、必要な治療効果に届かないことが多いため、気道を内側から強制的に広げるCPAPが優先されます。
2. 高度な肥満を伴う方
首の周りや喉の内側に過剰な脂肪がついている方では、脂肪そのものが気道を強く圧迫しています。マウスピースで舌を引き上げても、外側からの脂肪の圧力がそれを上回るため、空気の通り道を確保するのが困難です。
3. 鼻や喉に構造的な閉塞がある方
扁桃腺が極端に大きい方、アデノイドがある方、鼻の軟骨が著しく曲がって慢性的な鼻づまりがある方では、下顎の位置以前に、空気の入り口自体が物理的に塞がれています。マウスピースはあくまで舌の根元付近のスペースを広げる装置であるため、鼻や扁桃腺の肥大が原因の無呼吸には効果を発揮できません。この場合、耳鼻咽喉科での手術が根本的な解決策となります。
4. 中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSA)の方
睡眠時無呼吸には、喉の閉塞が原因の「閉塞性」とは全く異なる「中枢性」というタイプがあります。心不全や脳卒中などの影響により、脳から「呼吸せよ」という指令が一時的に止まってしまう病態です。気道は開いているにもかかわらず、肺や筋肉が動かないために呼吸が止まります。物理的な詰まりが原因ではないため、マウスピースで気道を広げても呼吸は再開しません。
5. 歯や顎関節に問題がある方
マウスピースは上下の歯に装置をはめ込み、その土台を支えにして下顎を前方へ引っ張ります。そのため、重度の歯周病で歯がぐらついている方や、装置を固定できるだけの歯が残っていない方には適用できません。また、顎関節症(あごが鳴る・痛むなど)がある方は、下顎を前方に固定し続けることで関節の痛みが悪化するおそれがあるため、慎重な判断が必要です。
まとめ
マウスピースは、手軽さと有効性を兼ね備えた治療法です。特に、軽症〜中等症で首回りの脂肪が少なく、顎が小さめの方や、仰向けになるといびきが悪化するタイプの方にとっては、理想的な選択肢となり得ます。
一方、高度肥満による気道圧迫がある方、重症の閉塞性無呼吸の方、中枢性のタイプの方、鼻や扁桃腺に明らかな閉塞がある方には、下顎を動かすだけでは効果が不十分です。また、治療を行うには健康な歯と顎関節が前提となります。
さらに、マウスピースは作製したら終わりではありません。患者さんの顎の形状や歯並びに合わせて歯科医師が型取りを行い、ミリ単位で下顎の引き出し量を調整する必要があります。ご自身の無呼吸の原因を睡眠検査でしっかりと確認したうえで、医師と歯科医師が連携して最適な治療法を選ぶことが大切です。
参考文献
1.Oral Appliance Treatment for Obstructive Sleep Apnea: An Update, Sutherland K, et al. J Clin Sleep Med. 2014 Feb 15;10(2):215-27. DOI: 10.5664/jcsm.3460
要約: 閉塞性睡眠時無呼吸症候群に対する口腔内装置(OA)の治療効果と限界をまとめた総説論文。軽中等症やCPAP不耐容患者への有効性、下顎の前方移動による気道拡大のメカニズム、及び重症例での効果の限界について解説している重要文献。
2.Clinical Practice Guideline for the Treatment of Obstructive Sleep Apnea and Snoring with Oral Appliance Therapy: An Update for 2015, Ramar K, et al. J Clin Sleep Med. 2015 Jul 15;11(7):773-827. DOI: 10.5664/jcsm.4858
要約: 米国睡眠医学会と米国歯科睡眠医学会によるマウスピース治療の最新診療ガイドライン。軽中等症OSAやいびき症への推奨事項、CPAP治療継続が困難な重症患者に対する有効性、及び歯や顎関節などの副作用に関する定期評価の重要性を明記した基準となる文献。
3.Oral Appliance Therapy for Obstructive Sleep Apnoea: State of the Art, Sutherland K, Cistulli PA. J Clin Med. 2019 Dec 11;8(12):2121. DOI: 10.3390/jcm8122121
要約: マウスピース治療の最新知見を概説した文献。重症度や肥満度などの患者背景が治療効果に与える影響や、小顎症などのどのような解剖学的特徴を持つ患者において下顎の前方移動が気道の安定化に寄与しやすいかを詳述している包括的なレビュー。
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介