2026年6月26日

ファイトケミカル――植物が生み出す「第7の栄養素」
私たちが毎日食べる野菜や果物には、甘みや酸味とは別に、独特の「色」「香り」「苦み」「渋み」があります。これらの正体が、ファイトケミカル(phytochemicals)と呼ばれる植物性化学物質です。ギリシャ語で「植物」を意味する「ファイト」と「化学物質」を意味する「ケミカル」を組み合わせた言葉で、日本語では「植物由来の有用成分」と理解するとわかりやすいでしょう。
なぜ植物はこのような成分を持っているのでしょうか。動物は強い日差しがあれば日陰に逃げ込み、虫がくれば払い落とすことができます。しかし、大地に根を張った植物は自ら動いて身を守ることができません。そこで植物は、紫外線・害虫・病原菌といった過酷な外敵から自分の身を守るために、体内で特別な「防御の盾」を合成するようになりました。それがファイトケミカルの起源です。
栄養学では従来、炭水化物・タンパク質・脂質・ビタミン・ミネラルの「5大栄養素」に、腸内環境を整える食物繊維を加えた「第6の栄養素」が広く知られてきました。近年、これらに次ぐ「第7の栄養素」として世界中の医学・栄養学研究者から注目を集めているのが、このファイトケミカルです。
なぜ健康に関わるのか――活性酸素と「体のサビ」
ファイトケミカルの最大の働きは、強力な「抗酸化作用」にあります。
私たちが呼吸で取り込んだ酸素の一部は、体内で「活性酸素」と呼ばれる非常に反応性の高い物質に変化します。活性酸素は細菌やウイルスを退治する免疫機能の一端を担う一方、ストレス・紫外線・喫煙・乱れた食生活などによって過剰に発生すると、正常な細胞・血管・DNAまでを攻撃して傷つけてしまいます。これが「体の酸化(サビ)」と呼ばれる現象です。
血管がサビれば動脈硬化が進み、肌細胞がサビればシミやシワとなって現れ、DNAが傷つけばがん細胞の発生につながります。多くの生活習慣病の根本に、この慢性的な酸化ストレスがあります。ファイトケミカルは自らが身代わりとなって過剰な活性酸素を無毒化し、体のサビを食い止める強力なパワーを持っています。また近年では、免疫細胞を活性化させる「免疫調節作用」や、体内の毒素を排出する「解毒酵素の活性化作用」についても医学的な証拠が次々と蓄積されています。
主要な4グループと代表的な成分
自然界には数千から一万種類以上のファイトケミカルが存在すると言われており、その性質によって大きく4つに分類されます。
ポリフェノールは植物の光合成によって生まれる色素や苦味成分の総称で、8000種類以上が確認されている水溶性の化合物です。ブルーベリーやブドウの紫色を生み出すアントシアニンは、目の網膜を保護し血管の柔軟性を保ちます。緑茶の渋みであるカテキンは抗菌・抗ウイルス作用が強く、脂質代謝の促進による肥満予防効果も多数報告されています。大豆に多いイソフラボンは女性ホルモン(エストロゲン)と似た分子構造を持ち、骨密度の低下を防いだり更年期の不調を和らげたりする働きが医学的に認められています。

カロテノイドは黄・赤・オレンジ系の色素で、脂溶性(油に溶けやすい性質)であることが特徴です。トマトやスイカの赤い色素リコピンは活性酸素を消去する力が極めて強く、前立腺がんをはじめとするさまざまな疾患の予防研究で注目されています。ニンジンやカボチャのオレンジ色の色素ベータカロテンは体内でビタミンAに変換され、皮膚や粘膜のバリア機能を高めます。サケやエビの赤い色素アスタキサンチンは、脳や目の奥にある細かい血管の関門を通過できる数少ない成分で、細胞の脂質が酸化するのを強力に防ぎます。

含硫化合物は野菜を切ったりすりおろしたりして細胞が壊れたときに生じる、刺激の強い成分です。ニンニクやネギ・タマネギの臭い成分アリシンは強い殺菌作用を持ち、ビタミンB1の吸収を高めて疲労回復を助け、血栓を防ぐ効果もあります。ブロッコリースプラウトに多く含まれるスルフォラファンは、体内に元々備わっている解毒酵素や抗酸化酵素のスイッチ(Nrf2経路という遺伝子メカニズム)を強力にオンにする働きを持ちます。

テルペン類はハーブや柑橘類に特有の香り成分で、ミカンやレモンの皮に含まれるリモネンがその代表です。リラックス効果によって自律神経を整え、免疫細胞の働きを正常にサポートすることが知られています。

「ホールフード」で食べることの医学的根拠
ファイトケミカルを摂取するうえで、現代の医学・栄養学が最も強調するのが「食品全体(ホールフード)から摂るべきであり、単一成分のサプリメントには同じ効果を期待できない」という点です。
「リコピンが体に良いなら、リコピンだけを抽出した錠剤をたくさん飲めば良い」と考えたくなりますが、これは大きな誤解です。過去に行われた大規模な臨床研究では、喫煙者にベータカロテン単体サプリメントを大量投与したところ、予防効果が確認できないばかりか、かえって発がんリスクが高まるという結果が得られた事例もあります。
トマトが心血管疾患やがん予防に有効なのは、リコピンだけでなく、微量に含まれる数百種類のファイトケミカルやビタミン・ミネラル・食物繊維が複雑に絡み合い、チームとして相加・相乗効果を発揮するからです。一つの成分を単離するのではなく、自然の設計図のまま丸ごと食べることで初めて、人体にとって安全かつ最大の健康効果が得られます。
日常の食事で効率よく摂る3つのポイント
ファイトケミカルは、そのままでは体内に吸収されにくいという課題があります。効率よく摂るためのポイントは3つあります。
まず、皮や種ごと食べるか、スープにすることです。ファイトケミカルは太陽に直接当たる皮や種の周辺に最も多く集中しています。硬い野菜はスープにして煮込むと、熱によって細胞壁が壊れ、成分がスープの中に豊富に溶け出します。
次に、油と一緒に調理することです。リコピンやベータカロテンなどのカロテノイド類は脂溶性のため、生のままサラダで食べるよりも、オリーブオイルで炒めたりオイル入りのドレッシングをかけたりする方が体内への吸収率が飛躍的に高まります。
そして、食卓に「虹色」を揃えることです。単一のスーパーフードに頼るのではなく、赤・緑・黄・オレンジ・紫・白・黒と、多様な色の食材を毎日の食事に取り入れてください。色の種類だけ異なるファイトケミカルが揃い、その相乗効果を引き出すことができます。
一度に大量に摂るよりも、毎日の食事で少しずつ、多様な種類を継続して摂ることが大切です。彩り豊かな食卓は、最先端の医学が推奨する、最も確実で安全な病気予防のアプローチです。
参考文献
1. Liu RH. Health benefits of fruit and vegetables are from additive and synergistic combinations of phytochemicals. Am J Clin Nutr. 2003 Sep;78(3 Suppl):517S-520S.
DOI: 10.1093/ajcn/78.3.517S
果物や野菜の健康効果が単一成分ではなく複数のファイトケミカルの相加・相乗効果によるものであることを提唱した画期的論文。単離されたサプリメントではなく食品全体として摂取することの重要性を、抗酸化・抗がんの医学的見地から解説した基礎的文献。
2. Saad AM, et al. Dietary polyphenols and human health: sources, biological activities, nutritional and immunological aspects, and bioavailability—a comprehensive review. Front Immunol. 2025 Nov 3;16:1653378. DOI: 10.3389/fimmu.2025.1653378
食事由来のポリフェノールが持つ抗酸化作用・免疫調節作用を網羅的に評価した最新の包括的レビュー。健康効果が期待される一方で生体利用率が低いという課題を指摘し、リポソーム化など最新の送達技術の必要性についても論じている。
3. Hossain MS, et al. Dietary Phytochemicals in Health and Disease: Mechanisms, Clinical Evidence, and Applications—A Comprehensive Review. Food Sci Nutr. 2025 Mar 19. DOI: 10.1002/fsn3.70101
ファイトケミカルの作用機序と臨床的証拠をまとめた包括的レビュー。ポリフェノールやカロテノイドなどが細胞の受容体・代謝経路・エピジェネティクスとどのように相互作用し、心血管疾患やがんなどの慢性疾患予防に寄与するかのメカニズムを詳細に解説している。
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千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介