2026年7月03日

「ピロリ菌」と聞くと、胃潰瘍や胃がんを思い浮かべる方がほとんどでしょう。確かにピロリ菌は胃の病気の主な原因ですが、近年の研究で大腸がんとの関係も明らかになってきました。胃と大腸は離れた臓器なのに、なぜ?――その意外なつながりを分かりやすく解説します。
ピロリ菌とは何か
ピロリ菌は、強い酸性の胃液の中でも生き延びる特殊な細菌です。感染すると胃の粘膜に慢性炎症を起こし、長い年月をかけて粘膜を傷つけていきます。これが胃がんの温床となるため、日本でも除菌治療が広く推奨されています。
ところが最近の研究は、この菌の影響が胃にとどまらないことを示しています。
数字で見る「大腸がんリスク」
約1.7倍というデータ
2020年に発表されたメタアナリシス(47の研究・約1万7,000件のデータを統合した大規模分析)によると、ピロリ菌に感染している人は、感染していない人に比べて大腸がんのリスクが約1.7倍高いことが示されました。
81万人規模の追跡調査でも裏付け
2024年には、アメリカで81万人以上を長期追跡した研究結果が権威ある医学誌で発表されました。
さらに注目すべきは「除菌治療を受けたかどうか」の違いです。感染しているにもかかわらず除菌しなかった人は、除菌した人に比べて発症リスクが 23%、死亡リスクは 40% も高かったのです。除菌治療の重要性が、大腸がんの観点からも裏付けられた形です。
なぜ胃の菌が大腸に影響するのか
ピロリ菌は大腸に直接住み着くわけではありません。では、どうして大腸がんリスクが上がるのでしょうか。2023年に発表された研究が、そのメカニズムを解き明かしています。
① 腸内細菌バランスの崩れ ピロリ菌が胃に感染すると、胃の分泌環境が変化します。その影響が消化管全体に及び、大腸の粘膜を守る「粘液層」を分解してしまう細菌が増えることがわかりました。粘膜のバリアが壊れると、大腸の細胞が慢性的なダメージを受けやすくなります。
② 全身の免疫バランスの乱れ ピロリ菌感染は体全体の免疫にも影響を与え、大腸に慢性的な炎症反応を引き起こします。炎症が長く続くと細胞の遺伝子が傷つきやすくなり、がん細胞が発生・増殖しやすい環境になります。
③ ガストリンというホルモンの影響 ピロリ菌感染に伴い、胃から「ガストリン」というホルモンの分泌が増えます。このホルモンが大腸細胞の増殖を刺激することも、がん化の一因と考えられています。
つまりピロリ菌は、胃から遠隔的に大腸の環境をがんに適したものへと変えてしまうのです。
私たちにできること
1. ピロリ菌の検査と除菌治療
胃の不調がある方や、健康診断で検査の機会がある方は、ぜひ感染の有無を確認しましょう。陽性であれば、医師のもとで除菌治療を受けてください。現在の除菌治療は、胃酸を抑える薬と抗生物質を1週間飲むだけという確立された方法で、高い確率で成功します。胃がんだけでなく、大腸がんのリスク低減にもつながります。
2. 定期的な大腸がん検診
除菌を終えても、大腸がんのリスク要因はピロリ菌だけではありません。食生活・運動不足・遺伝など、さまざまな要因があります。40歳を過ぎたら年1回の便潜血検査を受け、必要なら大腸内視鏡検査も受けることが大切です。大腸がんは早期発見できれば、内視鏡治療で根治できる可能性がとても高い病気です。
参考文献
1. Association between Helicobacter pylori infection and the risk of colorectal cancer: A systematic review and meta-analysis Chunyan Xu, Xinyu Hao, Baoning Wang, et al., Medicine (Baltimore), 2020 Sep 11;99(37), DOI: 10.1097/MD.0000000000021832
47の研究(大腸がん1万7,416例)を対象とした統合分析。ピロリ菌感染が大腸がんリスクの上昇(オッズ比1.70)と統計的に有意に関連することを示した。
2. Impact of Helicobacter pylori Infection and Treatment on Colorectal Cancer in a Large, Nationwide Cohort Shailja C. Shah, et al., Journal of Clinical Oncology, 2024 Jun 1;42(16):1881-1889, DOI: 10.1200/JCO.23.00703
米国の81万人以上を長期追跡した研究。陽性者の大腸がん発症・死亡リスクが上昇し、除菌治療がそのリスクを低下させることを示した。
3. Helicobacter pylori promotes colorectal carcinogenesis by deregulating intestinal immunity and inducing a mucus-degrading microbiota signature Anna Ralser, Alisa Dietl, et al., Gut. 2023 Jul;72(7):1258-1270, DOI: 10.1136/gutjnl-2022-328075
マウスおよびヒト組織を用いた基礎研究。ピロリ菌感染が大腸の粘液分解菌を増加させ、腸内免疫の異常と慢性炎症を通じて大腸がんの発生を促進するメカニズムを解明した。