便移植(FMT)とは何か 腸内細菌を移す治療の現在地|千里丘かがやきクリニック|吹田市長野東の内科・消化器内科

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便移植(FMT)とは何か 腸内細菌を移す治療の現在地

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2026年8月22日

便移植(FMT)とは何か 腸内細菌を移す治療の現在地

便移植という言葉を聞くと、多くの方は少し身構えるかもしれません。正式には糞便微生物叢移植(Fecal Microbiota Transplantation、略してFMT)と呼ばれ、健康な人の便に含まれる腸内細菌を、患者さんの腸に届ける治療法です。奇異に感じられるかもしれませんが、これは一部の病気に対しては欧米のガイドラインにも記載された、れっきとした医療技術です。日本でも臨床研究が進み、2025年には国内の多施設研究の結果が公表されました。ここでは、何がどこまで分かっていて、どこからがまだ分かっていないのかを整理します。

なぜ「便を移す」ことが治療になるのか

私たちの大腸には膨大な数の細菌が住んでいて、互いに競い合いながら、ある種のバランスを保っています。このバランスが保たれていること自体が、外から入ってきた病原菌の定着を防ぐ「防御壁」として働きます。これを定着抵抗性と呼びます。

問題は、抗菌薬です。抗菌薬は目的の病原菌だけでなく、腸内の常在菌も大量に巻き添えにします。その結果、細菌の多様性が失われて防御壁に穴が開き、普段なら増えられない菌が一気に増殖する。この状態を腸内細菌叢の乱れ、いわゆるディスバイオシスと呼びます。

薬でこの穴をふさぐのは、実はとても難しい。ならば健康な人の細菌叢をまるごと移して、生態系そのものを立て直そう。これが便移植の発想です。単一の菌を補うプロバイオティクスとは、この点で発想が異なります。

最も確立されている適応は再発性のクロストリジオイデス・ディフィシル感染症

便移植の有効性が最もはっきりしているのは、クロストリジオイデス・ディフィシル感染症(CDI)の再発例です。抗菌薬の使用後に起こる激しい下痢で、標準的な抗菌薬治療でも繰り返し再発することがあり、再発を重ねるほど治りにくくなります。

転機になったのは2013年にオランダから報告されたランダム化比較試験です。ドナー便の注入を受けた群では16人中13人(81パーセント)が改善し、バンコマイシン単独群を大きく上回ったため、試験は途中で中止されました。

その後、45研究を統合したメタ解析では、8週時点での有効率は、必要に応じて複数回行った場合で91パーセント、1回のみの場合で84パーセントと報告されています。バンコマイシンと比較した治療必要数(NNT)は複数回投与で1.5であり、これは薬物療法としては極めて小さい数字です。投与経路については、大腸内視鏡による下部消化管からの注入が最も成績がよく、注腸のみの単回投与は成績が劣る傾向がありました。

どのように行われるのか

実際の手順は、まずドナー選定から始まります。感染症の血液検査、便中の病原体検査、薬剤耐性菌の保菌検査、既往歴や生活歴の詳細な問診など、輸血用血液に匹敵する厳格なスクリーニングが行われます。合格したドナーの便を生理食塩水などで懸濁し、濾過して細菌懸濁液を作ります。

投与経路は、大腸内視鏡、注腸、経鼻十二指腸チューブ、そして凍結乾燥したカプセルの経口投与があります。前処置として抗菌薬を投与し、患者さんの側の細菌叢をあらかじめ減らしておく方法も広く用いられています。

「便そのもの」から規格化された製剤へ

便を直接使う方法には、品質のばらつきという弱点があります。そこで近年は、便から有用な菌だけを精製した規格製剤の開発が進みました。芽胞形成菌を精製した経口製剤SER-109の第3相試験では、標準的な抗菌薬治療の後にこれを投与した群の8週時点の再発率は12パーセントで、プラセボ群の40パーセントを明確に下回りました。

米国ではこうした流れを受け、便由来の微生物製剤が正式に承認され、2024年の米国消化器病学会(AGA)のガイドラインにも治療選択肢として組み込まれています。ただしAGAは、免疫正常な成人の再発性CDIに対しても「条件付き推奨・エビデンスの確実性は低い」という慎重な表現にとどめています。

潰瘍性大腸炎など、他の病気ではどうか

潰瘍性大腸炎については、複数ドナーの便を用いて高頻度に投与したオーストラリアの試験で、8週寛解率がプラセボを上回りました。しかし試験ごとに投与法も結果もばらつきが大きく、AGAガイドラインは炎症性腸疾患や過敏性腸症候群に対する便移植を、臨床試験の枠組みの外では推奨していません。肥満、糖尿病、自閉スペクトラム症、うつなどへの応用も報告されていますが、いずれも探索段階です。

日本では、順天堂大学が抗菌薬併用腸内細菌叢移植療法(A-FMT)を開発しました。アモキシシリン、ホスホマイシン、メトロニダゾールの3剤で腸内細菌叢をリセットしたうえで、内視鏡的に細菌叢溶液を注入する方法です。2023年1月に潰瘍性大腸炎を対象とした先進医療Bとして承認され、多施設で37例に実施されました。2025年9月に公表された結果では、8週後の有効率70.3パーセント、寛解導入率45.9パーセントで主要評価項目を達成し、重篤な有害事象は認められなかったと報告されています。現時点では保険診療ではなく、標準治療化に向けた研究段階という位置づけです。

見過ごしてはいけないリスク

便移植は「自然な治療」ではありません。2019年、米国で便移植を受けた2名がESBL産生大腸菌による菌血症を発症し、うち1名が死亡しました。遺伝子解析により、両者は同じドナー由来と特定されています。当時、そのドナー便は薬剤耐性菌のスクリーニング対象外でした。この一件は、ドナー検査の抜けが致命的な結果を招きうることを示しています。

このほか、腹部膨満、発熱、一過性の下痢などは比較的よく見られます。長期的な影響、たとえば移植された細菌叢が数年から数十年後に代謝やがんのリスクにどう関わるかは、まだ誰にも分かっていません。

そして最も強調したいのは、インターネット上の情報を頼りに自己流で行うことの危険性です。感染症検査を経ていない便を用いれば、肝炎ウイルスや薬剤耐性菌をそのまま体内に入れることになります。便移植は、適切な検査体制と管理のもとで、医療機関が行うべき治療です。

まとめ

便移植は、再発を繰り返すCDIという特定の状況では高いエビデンスを持つ治療であり、そこから規格化された微生物製剤へと発展しつつあります。一方、潰瘍性大腸炎をはじめとする他の疾患については、日本の先進医療の結果を含めて有望な兆しはあるものの、まだ研究の途上にあります。期待と限界を切り分けて理解しておくことが、この分野と付き合ううえで大切だと思います。

参考文献

  1. Duodenal infusion of donor feces for recurrent Clostridium difficile, van Nood E, et al. N Engl J Med. 2013 Jan 31;368(5):407-15. DOI: https://doi.org/10.1056/NEJMoa1205037
    要約: 再発性CDIに対する便移植の有効性を示した最初のランダム化比較試験。十二指腸注入群は16例中13例(81パーセント)が改善し、バンコマイシン群を大きく上回ったため試験は早期中止された。
  2. Faecal microbiota transplantation for recurrent Clostridioides difficile infection: An updated systematic review and meta-analysis, Baunwall SMD, et al. EClinicalMedicine. 2020 Nov 23;29-30:100642. DOI: https://doi.org/10.1016/j.eclinm.2020.100642
    要約: 45研究を統合したメタ解析。8週有効率は複数回投与で91パーセント、単回で84パーセント。バンコマイシン比のNNTは1.5で、下部消化管内視鏡による投与が他経路より優れていた。
  3. SER-109, an Oral Microbiome Therapy for Recurrent Clostridioides difficile Infection, Feuerstadt P, et al. N Engl J Med. 2022 Jan 20;386(3):220-229. DOI: https://doi.org/10.1056/NEJMoa2106516
    要約: 精製芽胞形成菌の経口製剤SER-109の第3相試験。8週時点の再発率は12パーセントで、プラセボ群40パーセントを有意に下回った。便由来製剤の規格化を進めた重要試験。
  4. Drug-Resistant E. coli Bacteremia Transmitted by Fecal Microbiota Transplant, DeFilipp Z, et al. N Engl J Med. 2019 Nov 21;381(21):2043-2050. DOI: https://doi.org/10.1056/NEJMoa1910437
    要約: 便移植後にESBL産生大腸菌菌血症を発症した2例の報告で1例が死亡。ゲノム解析で同一ドナー由来と確認され、ドナースクリーニング強化の契機となった安全性の重要文献。
  5. AGA Clinical Practice Guideline on Fecal Microbiota-Based Therapies for Select Gastrointestinal Diseases, Peery AF, et al. Gastroenterology. 2024 Mar;166(3):409-434. DOI: https://doi.org/10.1053/j.gastro.2024.01.008
    要約: 米国消化器病学会の診療ガイドライン。再発性CDIには条件付きで推奨する一方、炎症性腸疾患や過敏性腸症候群に対しては臨床試験の枠組み外での実施を推奨していない。
  6. Multidonor intensive faecal microbiota transplantation for active ulcerative colitis: a randomised placebo-controlled trial, Paramsothy S, et al. Lancet. 2017 Mar 25;389(10075):1218-1228. DOI: https://doi.org/10.1016/S0140-6736(17)30182-4
    要約: 活動期潰瘍性大腸炎に対し複数ドナー便を高頻度投与した二重盲検比較試験。8週の臨床的寛解と内視鏡的改善がプラセボを上回り、腸内細菌の変化と治療反応の関連も示した。
  7. Changes in Intestinal Microbiota Following Combination Therapy with Fecal Microbial Transplantation and Antibiotics for Ulcerative Colitis, Ishikawa D, et al. Inflamm Bowel Dis. 2017 Jan;23(1):116-125. DOI: https://doi.org/10.1097/MIB.0000000000000975
    要約: 日本発の抗菌薬併用便移植(A-FMT)の基盤研究。3剤併用で腸内細菌叢をリセットした後に便移植を行う方式が、抗菌薬単独より細菌叢を改善することを示した。
  8. 寛解導入率45.9パーセントを達成 潰瘍性大腸炎に対する腸内細菌叢移植療法 先進医療B研究で有効性と安全性を確認, 順天堂大学・メタジェンセラピューティクス株式会社, 2025年9月29日. https://www.juntendo.ac.jp/news/24628.html
    要約: 活動期潰瘍性大腸炎37例を対象とした先進医療Bの多施設共同研究の結果。有効率70.3パーセント、寛解導入率45.9パーセントを達成し、重篤な有害事象は認められなかったと報告。

大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック

院長 有光潤介(日本消化器病学会専門医・日本消化器病学会専門医)

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