2026年8月24日

フルミスト点鼻ワクチンの効果・副作用・対象年齢を徹底解説|注射との違いと選び方
インフルエンザの予防接種といえば、腕に針を刺す注射を思い浮かべる方がほとんどだと思います。ところが2024/25シーズンから、日本でも鼻にスプレーするタイプのワクチンが選べるようになりました。商品名はフルミスト点鼻液、正式には経鼻弱毒生インフルエンザワクチン(英語の頭文字からLAIVと呼ばれます)といいます。海外では2003年に米国で初めて承認され、2023年4月の時点で36の国と地域で使われてきたワクチンです。
「痛くない」という点ばかりが注目されがちですが、実際には仕組みも、効き方も、受けられる人の条件も、注射のワクチンとはかなり違います。ここでは、公表されている臨床試験の結果と国内外の公的な推奨をもとに、判断の材料になる情報を整理します。
生きたウイルスを、鼻の中だけで増やす
このワクチンには、弱毒化された生きたインフルエンザウイルスが入っています。「生きたウイルス」と聞くと不安になるかもしれませんが、ここには巧妙な仕掛けがあります。ワクチン用のウイルスは低温でよく増えるように性質を変えてあり、体温の高い気管支や肺では増えることができません。そのため、比較的温度の低い鼻や喉の奥(鼻咽頭)でだけ静かに増殖し、そこで免疫の訓練を済ませて終わる、という設計になっています。
この「鼻の入り口で免疫をつくる」という点が、注射との一番大きな違いです。日本小児科学会の資料では、鼻咽頭で増えたワクチンウイルスが、自然に感染したときに近い形で、IgAという抗体を介した局所免疫と、全身の液性免疫・細胞性免疫の両方を誘導すると期待される、と説明されています。
免疫のつき方の違いは、実際のデータでも確認されています。米国の小児を対象とした研究では、注射の不活化ワクチンと点鼻の生ワクチンで抗体(液性免疫)の反応は同程度でしたが、T細胞を中心とした細胞性免疫の反応の幅広さは、生ワクチンでしか得られませんでした。ウイルスが少し変異していても対応しやすい免疫が育つ可能性がある、という理屈の根拠になっているのがこの種の知見です。
効果はどのくらいか
ここは正直にお伝えしたい部分です。「点鼻のほうがよく効く」という単純な話ではありません。
日本人の小児を対象とした第3相試験は、2016/17シーズンに2〜18歳の910人を対象に行われました。1回接種した群のインフルエンザ発症率は25.5パーセント、プラセボ群は35.9パーセントで、相対的なリスク減少は28.8パーセントでした。ワクチン株と一致した株に限れば36.6パーセントです。プラセボと比べて意味のある予防効果は確認されたものの、数字としては控えめです。
一方、海外の古い臨床試験ではもっと高い数値が出ています。2〜17歳を対象とした8試験のメタ解析では、プラセボと比較した1年目の有効性は抗原的に一致した株に対して83パーセント、不活化ワクチンと比べても発症が44パーセント少ないという結果でした。生後6〜59か月の小児を対象とした大規模比較試験でも、点鼻生ワクチンのほうが不活化ワクチンより発症が少なかったと報告されています。
ところが2013/14から2015/16シーズンにかけて、米国でA/H1N1pdm09に対する点鼻ワクチンの有効性が著しく低下する現象が起こりました。これを受けて米国の予防接種諮問委員会は2016/17と2017/18の2シーズン、点鼻ワクチンの推奨を一時的に取り下げています。ワクチン株が改良された後、2018/19シーズン以降は推奨が再開され、現在は注射でも点鼻でも同等に推奨する立場に戻りました。
では今の評価はどうか。2003年から2023年までの実地データを集めた系統的レビューとネットワークメタ解析では、小児・思春期における「あらゆるインフルエンザ」に対する効果は、点鼻の生ワクチンと注射の不活化ワクチンで同程度であると結論づけられています。日本小児科学会も、両者のあいだに罹患予防効果の明確な優位性は確認されていないとして、2歳〜19歳未満に対してどちらも同等に推奨しています。
なお重症化予防に関しては、英国イングランドで2〜6歳を対象に行われた調査で、インフルエンザによる入院に対する有効性が54.5パーセントと報告されています。発症を完全に防げなくても、重い経過を減らす方向には働くと考えられます。
接種の実際と、受けられない人
国内で承認されている対象年齢は2歳以上19歳未満です。各鼻腔に0.1ミリリットルずつ、合計0.2ミリリットルを1回噴霧して終わりで、13歳未満でも2回接種の必要はありません。注射の不活化ワクチンでは13歳未満は2回接種が原則ですから、通院回数の面では明確な利点があります。海外では2歳から49歳までが対象ですが、国内承認の上限は19歳未満です。
接種が適当でないとされているのは、明らかな発熱がある方、重篤な急性疾患にかかっている方、成分でアナフィラキシーを起こしたことがある方、明らかに免疫機能に異常がある疾患をもつ方や免疫抑制治療を受けている方、そして妊娠していることが明らかな方です。妊娠出産年齢の女性が接種する場合は、あらかじめ約1か月避妊し、接種後も約2か月は妊娠しないよう注意することとされています。
さらに慎重な判断が必要なのが、重度の喘息がある方や喘鳴の症状が出ている方です。日本小児科学会は喘息の患者さんには不活化ワクチンを推奨しています。ゼラチンでアナフィラキシーを起こしたことがある場合も同様です。加えて、生後6か月〜2歳未満、19歳以上、無脾症、ミトコンドリア脳筋症、中枢神経系の解剖学的バリアーが破綻している方には、不活化ワクチンのみが推奨されています。
卵アレルギーについては、国内の添付文書は接種要注意者に分類していますが、英国で行われた779人の卵アレルギー児(うち270人は卵によるアナフィラキシー既往あり)を対象とした研究では、全身性のアレルギー反応は1例も起きませんでした。米国では、卵アレルギーだけを理由に特別な安全対策を追加する必要はないとされています。
副反応と、周囲への配慮
国内試験で最も多かったのは鼻水と鼻づまりで59.2パーセントでした。ただしプラセボ群でも52.6パーセントに認められており、差はそれほど大きくありません。ほかには咳、のどの痛み、鼻咽頭炎、食欲低下、下痢、腹痛、発熱などが報告されていますが、多くは軽度です。
見落とされがちな注意点が2つあります。ひとつは、接種を受けた子どもが最長3〜4週間、鼻汁の中にワクチンウイルスを排出しうること。添付文書には、接種後1〜2週間は重度の免疫不全の方との密接な接触をできるだけ避けるよう説明することが記載されています。授乳婦の方も、同じ期間は乳児との接触を可能な限り控えることとされています。家族に免疫抑制治療を受けている方がいる場合は、注射のワクチンを選ぶほうが無難です。
もうひとつは抗インフルエンザ薬との関係です。生きたウイルスを使う以上、抗ウイルス薬が体内に残っていると効果が減弱する可能性があります。米国では、オセルタミビルやザナミビルは過去48時間以内、ペラミビルは5日以内、バロキサビルは17日以内に使用した場合、点鼻ワクチンを推奨していません。直前にインフルエンザにかかって治療を受けた場合は、必ず申し出てください。
どう選ぶか
まとめると、点鼻ワクチンの強みは、痛みがないこと、1回で済むこと、そして鼻の粘膜と細胞性免疫を含む幅広い免疫を誘導しうることです。弱みは、対象年齢が限られること、喘息・免疫不全・妊娠など使えない状況が多いこと、そして周囲への配慮が必要なことです。効果そのものについては、現時点のエビデンスでは注射と「同等」とみるのが妥当で、どちらかが明確に優れているとは言えません。
つまり、注射が苦手で毎年苦労している、2回通院するのが難しい、といった事情があるお子さんにとっては有力な選択肢になりますが、喘息があるお子さんや、家族に免疫が低下している方がいるご家庭では、従来の注射を選ぶほうが理にかなっています。どちらを選んでも、接種しないよりは確実に守られます。迷ったときは、お子さんの持病や家族構成を含めて主治医にご相談ください。
参考文献
- The efficacy and safety of a quadrivalent live attenuated influenza nasal vaccine in Japanese children: A phase 3, randomized, placebo-controlled study, Nakayama T, Hayashi T, Makino K, Oe K. J Infect Chemother. 2025 Feb;31(2):102460. DOI: 10.1016/j.jiac.2024.06.023 要約: 日本人小児910人を対象とした国内第3相試験。1回接種でインフルエンザ発症の相対リスクが28.8パーセント減少し、ワクチン株一致例では36.6パーセント減少。鼻汁が59.2パーセントと最多だが多くは軽度。
- Real-world effectiveness of live attenuated influenza vaccines (LAIV) and inactivated influenza vaccines (IIV) in children from 2003 to 2023: a systematic literature review and network meta-analysis, Stuurman AL, et al. Expert Rev Vaccines. 2025 Dec;24(1):703-725. DOI: 10.1080/14760584.2025.2536087 要約: 北半球20年分の実地データを統合したネットワークメタ解析。小児・思春期における全インフルエンザに対する予防効果は、経鼻生ワクチンと不活化ワクチンで同等であると結論した。
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- The efficacy of intranasal live attenuated influenza vaccine in children 2 through 17 years of age: a meta-analysis of 8 randomized controlled studies, Ambrose CS, Wu X, Knuf M, Wutzler P. Vaccine. 2012 Jan 20;30(5):886-92. DOI: 10.1016/j.vaccine.2011.11.104 要約: 2〜17歳を対象とした8つのランダム化試験の統合解析。プラセボ比で一致株に対する1年目有効性83パーセント、不活化ワクチン比でも発症44パーセント減という高い数値を示した初期エビデンス。
- Live Attenuated and Inactivated Influenza Vaccine Effectiveness, Chung JR, Flannery B, Ambrose CS, et al. Pediatrics. 2019 Feb;143(2):e20182094. DOI: 10.1542/peds.2018-2094 要約: 米国の複数調査網を統合し、2013/14〜2015/16シーズンの小児における両ワクチンの有効性を比較。A/H1N1pdm09に対して経鼻生ワクチンの効果が低いことを示した重要研究。
- Live-Attenuated Influenza Vaccine Effectiveness in Children From 2009 to 2015-2016: A Systematic Review and Meta-Analysis, Caspard H, Mallory RM, Yu J, Ambrose CS. Open Forum Infect Dis. 2017;4(3):ofx111. DOI: 10.1093/ofid/ofx111 要約: 2009年のパンデミック以降の実地データを統合。小児における経鼻生ワクチンの有効性は全株で中等度だが、A/H1N1pdm09に対しては低いことを定量的に示した。
- Live and inactivated influenza vaccines induce similar humoral responses, but only live vaccines induce diverse T-cell responses in young children, Hoft DF, Babusis E, Worku S, et al. J Infect Dis. 2011 Sep 15;204(6):845-53. DOI: 10.1093/infdis/jir436 要約: 幼児で両ワクチンを比較した免疫学的研究。抗体反応は同等だったが、多様なT細胞(細胞性免疫)の誘導は経鼻生ワクチンでのみ認められた。
- Live attenuated influenza vaccine effectiveness against hospitalisation due to laboratory-confirmed influenza in children two to six years of age in England in the 2015/16 season, Pebody R, Sile B, Warburton F, et al. Euro Surveill. 2017 Jan 26;22(4):30450. DOI: 10.2807/1560-7917.ES.2017.22.4.30450 要約: 英国イングランドの2〜6歳児における入院予防効果を評価。全型で54.5パーセント、B型で70.6パーセントの有効性を示し、重症化抑制の裏づけとなった。
- Safety of live attenuated influenza vaccine in young people with egg allergy: multicentre prospective cohort study, Turner PJ, Southern J, Andrews NJ, Miller E, Erlewyn-Lajeunesse M. BMJ. 2015 Dec 8;351:h6291. DOI: 10.1136/bmj.h6291 要約: 卵アレルギーのある2〜18歳779人(うち270人はアナフィラキシー既往)に経鼻生ワクチンを接種。全身性アレルギー反応はゼロで、喘鳴既往例でも忍容性は良好だった。
- Influenza vaccination in Japanese children, 2024/25: Effectiveness of inactivated vaccine and limited use of newly introduced live-attenuated vaccine, Shinjoh M, Tamura K, Yamaguchi Y, et al. Vaccine. 2025 Aug 13;61:127429. DOI: 10.1016/j.vaccine.2025.127429 要約: 国内導入初年度の実地調査。経鼻生ワクチンの接種率は1.2パーセントと低く有効性の評価は困難だったが、不活化ワクチンは入院例で73パーセントの有効性を示した。
その他の参照資料
- 日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会「経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方」2024年9月2日 https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20240909_keibi_i_vaccine.pdf
- 第一三共株式会社「フルミスト点鼻液 添付文書」
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介