2026年7月04日

歯周病と大腸がんの意外な関係
歯周病と大腸がん。口と腸という、体の中でも離れた場所で起こる病気なので、一見すると何のつながりもなさそうに思えます。ところが近年の大規模な研究によって、この二つの病気が意外なかたちで結びついていることが明らかになってきました。
その鍵を握っているのが、歯周病を引き起こす細菌の一つ「フゾバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum、以下F菌)」です。この記事では、F菌がどのようにして大腸がんの発生や進行に関わっていくのかを紹介します。
フゾバクテリウム・ヌクレアタムとは
F菌はもともと口の中に普通に存在している常在菌の一種です。健康な状態であれば特に悪さをしませんが、歯磨きが不十分だったり、ストレスや加齢によって免疫力が落ちたりすると増えすぎてしまい、歯茎に炎症を起こす「歯周病」の主な原因菌になります。
2011年前後に発表されたいくつかの研究で、驚くべき事実が明らかになりました。本来なら口の中にいるはずのF菌が、大腸がん患者の腫瘍組織から高い頻度と濃度で検出されたのです。健康な人の腸内にはほとんど存在しないはずのこの菌が、なぜがんのある場所に集まっているのか。この謎をきっかけに、世界中で研究が進むことになりました。
口の細菌はどうやって大腸に到達するのか
F菌が口の中から大腸まで移動する経路については、次の二つのルートが科学的に確認されています。
血液を介した感染(血行性感染)
歯周病が進行すると、歯周ポケットに炎症が起きて出血しやすくなります。F菌はこの傷口から血管の中に入り込み、血の流れに乗って全身をめぐり、最終的に大腸の粘膜にたどり着いて住みつくと考えられています。
唾液や食べ物を介した感染(経口感染)
唾液の中に含まれる細菌は、通常であれば胃酸によって死んでしまいます。ところがF菌は、ほかの細菌と結びつくなど特殊な方法で胃酸をくぐり抜け、腸まで生きたまま到達して住みつく力を持っていることが、近年の研究でわかってきました。
大腸がんを悪化させる4つのメカニズム
腸にたどり着いたF菌は、独自の仕組みでがん細胞にとって都合のよい環境をつくり出します。主なメカニズムは次の4つです。
- がん細胞への接着と増殖の促進:F菌の表面にある「FadA」というタンパク質が、大腸の細胞にある「E-カドヘリン」という部位に結びつき、がんの増殖を促す信号のスイッチを入れてしまいます。
- 免疫からのバリア機能:F菌が持つ「Fap2」というタンパク質が、NK細胞などの免疫細胞の働きを止めてしまい、がん細胞が免疫の監視の目から逃れられるようにします。
- 慢性炎症の誘発:F菌が住みつくことで持続的な炎症が起こり、周りの細胞のDNAが傷つけられ、がん化や悪性化が進みやすくなります。
- 抗がん剤への耐性の誘導:F菌は細胞が本来持つ防御の仕組み「オートファジー」を悪用し、がん細胞が抗がん剤の効果から自分を守る力を身につけさせてしまいます。
最新研究:特定の「系統」が大腸がんで暗躍
2024年に学術誌「Nature」に発表された研究により、F菌の中にもいくつもの系統(菌株のグループ)が存在することが明らかになりました。口の中にいるF菌のうち、「Fna C2」と呼ばれる特定の系統だけが大腸がんの組織に圧倒的に多く存在しており、胃酸のような過酷な環境を生き抜くための特殊な遺伝子を数多く持っていることが確認されています。
つまり、すべてのF菌が発がんに関わっているわけではなく、発がんに特化した、いわば「エリート系統」とも呼べる菌が存在するということです。この発見は、特定の菌株だけを狙い撃ちにした新しい予防法や治療薬の開発につながると期待されています。
今日からできる予防策
大腸がんの予防には、バランスの良い食事、適度な運動、禁煙などに加えて、しっかりとした口腔ケアも有効な対策の一つです。
- 正しい歯磨き:歯ブラシだけでなく、デンタルフロスや歯間ブラシも使って、F菌が潜んでいる歯垢を物理的に取り除きましょう。
- 定期的な歯科検診とクリーニング:自宅でのケアだけでは落としきれない歯石の中の細菌は、数ヶ月に一度の専門的なクリーニングで除去してもらいましょう。
- 歯周病の早期治療:歯茎の腫れや出血は、細菌が血管に入り込むサインです。早めに歯科を受診し、全身への広がりを防ぎましょう。
まとめ
かつては口の中だけの問題とされていたF菌ですが、血流や消化管を通じて大腸まで移動し、大腸がんの発生から進行、さらには抗がん剤への耐性にまで関わっていることが、科学的に示されています。
「口の健康は、全身の健康への入り口」——日々の口腔ケアと定期的な受診が、将来の大腸がんリスクを下げる盾になってくれます。
参考文献
- A distinct Fusobacterium nucleatum clade dominates the colorectal cancer niche Zepeda-Rivera M, et al. Nature. 2024 Apr;628(8007):427-436. DOI: 10.1038/s41586-024-07182-w
要約:口腔内常在菌であるフゾバクテリウム・ヌクレアタムのうち、特定の系統(Fna C2)が大腸がん組織において支配的であり、代謝変化や腸内定着を通じて発がんを促進することを発見した重要な研究。 - Fusobacterium nucleatum and Colorectal Cancer: A Review Li R, et al. Infect Drug Resist. 2022 Mar 17;15:1071-1081. DOI: 10.2147/IDR.S357922
要約:フゾバクテリウム・ヌクレアタムが、免疫応答の調整や病原性因子などを通じて大腸がんの発生および転移に関与するメカニズムを広範にまとめたレビュー論文。予防や治療への応用が期待される。 - Unraveling the Role of Fusobacterium nucleatum in Colorectal Cancer: Molecular Mechanisms and Pathogenic Insights Galasso L, et al. Cancers (Basel). 2025 Jan 23;17(3):368. DOI: 10.3390/cancers17030368
要約:フゾバクテリウム・ヌクレアタムが腸内粘膜で炎症を引き起こし、免疫系を抑制しながら発がん経路を活性化することで大腸がんを進行させる分子メカニズムを最新の知見をもとに解明したレビュー論文。
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介