2026年8月20日

高用量インフルエンザワクチン「エフルエルダ」とは?従来との違い・効果・最新の発売状況を医師が解説
インフルエンザは、高齢になるほど重症化しやすい感染症です。発熱やのどの痛みだけで終わらず、肺炎を起こしたり、もともと持っている心臓や呼吸器の病気を悪化させたりして、入院や命にかかわる事態につながることもあります。
やっかいなのは、年齢を重ねると体の免疫の働きがゆるやかに衰えていくため、若い人と同じ量のワクチンを打っても十分な抗体ができにくくなる、という点です。これは「免疫老化」とも呼ばれる自然な変化で、病気ではありません。ただ結果として、いちばんインフルエンザで困りやすい高齢者ほど、これまでのワクチンでは守りきれない部分があったのです。この「高齢者ほど効きにくい」という課題に応えるために設計されたのが、高用量インフルエンザワクチン「エフルエルダ」です。
どこが「高用量」なのか
エフルエルダは、サノフィが製造販売する4価(4種類のインフルエンザウイルスに対応した)ワクチンです。名前のとおり最大の特徴は「量」にあります。従来の標準的なインフルエンザワクチンは、ウイルスの目印となる抗原(HA抗原)を1株あたり15マイクログラム含みますが、エフルエルダはその4倍にあたる60マイクログラムを含みます。4種類あわせると1回の接種で240マイクログラムになる計算です。
抗原の量を増やすねらいは単純で、免疫の反応が鈍くなった高齢者により強い刺激を与え、しっかりした抗体をつくってもらうことにあります。同じ発想の高用量ワクチンは海外では10年以上前から高齢者に使われてきた実績があり、4種類のウイルスに対応した現在の形は2019年にアメリカで承認されました。日本ではその流れを受けて、2024年12月27日に60歳以上の成人を対象として製造販売の承認を取得しました。比較的新しく登場したように見えても、まったく未知の技術というわけではなく、長い使用経験の延長線上にあるワクチンだといえます。
接種のしかたにも従来との違いがあります。日本でよく行われてきた季節性インフルエンザワクチンは皮下注射が中心ですが、エフルエルダは1回0.7ミリリットルを筋肉内に注射します。上腕の筋肉に打つ方法で、これは海外で高用量ワクチンが使われてきた際の標準的な打ち方に合わせたものです。筋肉注射と聞くと痛そうに感じるかもしれませんが、海外では長く同じ方法で使われており、打ち方そのものが特別に問題を起こすという報告はありません。
効果はどれくらい確かめられているのか
高用量ワクチンの土台となったのが、アメリカとカナダで65歳以上の約3万2千人を対象に行われた大規模な比較試験(FIM12試験)です。この研究では、高用量ワクチンを打った人は標準用量を打った人に比べて、検査で確認されたインフルエンザの発症を相対的に24.2%少なく抑えることができました。「相対的に24.2%少ない」とは、標準用量でもある程度は防げるうえに、高用量にするとさらに約4分の1の上乗せの予防効果が得られた、という意味です。
その後、複数の研究をまとめて解析したレビューでも、高用量ワクチンは高齢者において標準用量より一貫して発症や入院を抑える傾向が確認されており、この結果は単発の偶然ではないと考えられています。日本国内でも2020〜2021年に第3相試験が行われ、標準用量に劣らない抗体の上がり方が示されました。
一方で、正直にお伝えしておきたい点もあります。近年、デンマークで約33万人という非常に大きな規模で行われた試験(DANFLU-2、2025年発表)では、「インフルエンザまたは肺炎による入院」をまとめた主要な指標では標準用量とのはっきりした差は出ませんでした。ただし、インフルエンザそのものによる入院に絞ると約44%の減少がみられています。研究によって見ている指標や条件が異なるため結果に幅はありますが、少なくとも「インフルエンザの発症や、インフルエンザが直接の原因となる入院を減らす」という方向では、おおむね一致した後押しがある、と整理できます。
安全性と副反応
気になる副反応についても見ておきましょう。抗原量が多いぶん、注射した部位の痛みや赤み、腫れといった反応は標準用量よりもやや起こりやすい傾向があります。そのほか、筋肉痛、だるさ、頭痛といった全身の症状が出ることもありますが、多くは軽く、数日のうちにおさまることがほとんどです。
日本国内の第3相試験でも新たな安全性の懸念は認められず、忍容性は良好と評価されました。試験のなかで報告された重い有害事象の割合は、高用量群で0.2%、標準用量群で0.5%と、高用量にしたことで重篤な問題が増えるという結果ではありませんでした。
日本での発売は延期されました(2026年時点の状況)
ここで、利用を考えるうえで欠かせない最新の状況をお伝えしておきます。エフルエルダの日本での発売は、当初の予定から遅れることになりました。承認を受けたあと、はじめは2026年の秋ごろに発売し、あわせて2026年10月1日から75歳以上の高齢者を対象に定期接種(公費の助成がある予防接種)へ導入する方針が、国の会議でいったん了承されていました。
ここで「定期接種」の対象年齢について少し整理しておきます。定期接種とは、国が接種をすすめ、費用の多くを公費でまかなう予防接種のことです。高齢者のインフルエンザについては、従来から季節性ワクチン全体で対象が決められており、65歳以上のすべての人と、60歳から64歳でも心臓・腎臓・呼吸器の重い病気があったり、免疫の機能に重い障害(HIVによるもので、身体障害者手帳1級に相当)があったりする人が対象です。この年齢や条件に当てはまらない人が受ける場合は「任意接種」となり、原則として費用は自己負担になります。
エフルエルダについては、この枠組みのなかでも対象をやや絞り、75歳以上を定期接種の対象とする方針でした。承認そのものは60歳以上ですので、60歳から74歳の人が接種を希望する場合は、任意接種という位置づけになります。同じワクチンでも、年齢によって公費の助成を受けられるかどうかが変わってくる、という点は知っておくとよいでしょう。
ところが2026年7月21日、製造販売元のサノフィは発売時期を延期すると発表しました。理由は、国内の製造委託先で一部の製造工程の確立・検証に想定以上の時間がかかり、計画どおりの量を供給することが難しくなったためです。専用ではない製造設備に管理上の問題が生じている可能性があり、その設備での製造を一時的に止めている、とも報じられています。
これを受けて、2026年から2027年にかけてのシーズンについては、定期接種への導入は見送られました。会社は新たな発売の目標時期として、2027年の秋(2027〜2028年のシーズン)を目指すとしています。
ここで押さえておきたいのは、この延期はワクチンそのものの効き目や安全性に問題が見つかったからではない、という点です。あくまで国内での製造・供給体制を整えるうえでの遅れであり、海外での供給には影響していないと説明されています。効果や安全性の評価はこれまでどおりで、日本であらためて接種できるようになるまで、もうしばらく待つ必要がある、というのが現時点の状況です。
どんな人に向いているのか
エフルエルダは60歳以上の成人のために作られたワクチンで、この年代の重症化を少しでも減らすことを目的としています。特に、心臓や肺の持病がある方、糖尿病などで感染症が重くなりやすい方にとっては、検討する価値のある選択肢といえるでしょう。逆に、60歳未満の方や小児には対象外であり、通常の年齢に応じたワクチンを選ぶことになります。
覚えておきたいのは、高用量であってもインフルエンザワクチンの基本的な性格は変わらない、という点です。打てばインフルエンザに絶対にかからなくなる「無敵の盾」ではなく、あくまで発症の確率を下げ、かかったときの重症化を抑えるためのものです。効果は打った後から数か月で徐々に弱まり、流行するウイルスの型も年ごとに変わるため、高用量であっても毎年シーズン前に打ち直す必要があります。また、インフルエンザ以外の風邪や新型コロナウイルスなど、別の病原体には効きません。
ただし、卵の成分やワクチン成分に強いアレルギーがある場合など、接種を慎重に判断すべきケースもあります。また、標準用量ワクチンと高用量ワクチンのどちらを選ぶか、費用や定期接種の扱いは時期や自治体によって変わります。最終的にどのワクチンが自分に合うかは、持病や体質を含めて主治医とよく相談して決めることをおすすめします。
接種の時期についても触れておきます。インフルエンザは日本では例年12月ごろから流行が始まり、1〜2月にピークを迎えることが多いため、ワクチンは流行前の10月から11月ごろに打っておくと、効果が高まる時期と流行の時期がうまく重なります。接種してから体の中で十分な抗体ができるまでには2週間ほどかかるとされているので、流行が本格化してから慌てて打つよりも、早めに準備しておくほうが安心です。これは高用量のエフルエルダでも基本的な考え方は同じです。
大切なのは、標準用量のワクチンが劣っているわけではない、ということです。標準用量ワクチンも高齢者の重症化予防に役立つことは長年確認されており、高用量はそこに上乗せの効果を期待するものだと考えると分かりやすいでしょう。どちらか一方だけが正解というより、体の状態や供給の状況、費用を踏まえて選ぶ、という位置づけになります。何より大切なのは、自分に合ったワクチンを毎年きちんと接種し続けることです。
なお、この記事はインフルエンザ予防の一般的な情報を分かりやすくまとめたものであり、個別の診断や治療方針に代わるものではありません。実際の接種にあたっては、医療機関で最新の添付文書や説明にもとづいた案内を受けてください。
参考文献
1.Efficacy of High-Dose versus Standard-Dose Influenza Vaccine in Older Adults, DiazGranados CA, et al. New England Journal of Medicine. 2014 Aug 14. DOI: 10.1056/NEJMoa1315727 要約: 65歳以上の約3万2千人を対象とした無作為化比較試験。高用量ワクチンは標準用量に比べ、検査で確認されたインフルエンザ発症を相対的に24.2%多く予防し、高齢者での優越性を示した基盤的論文。
2.Efficacy and effectiveness of high-dose versus standard-dose influenza vaccination for older adults: a systematic review and meta-analysis, Lee JKH, et al. Expert Review of Vaccines. 2018 May 4. DOI: 10.1080/14760584.2018.1471989 要約: 複数の試験を統合したシステマティックレビュー。高用量ワクチンは標準用量より高齢者の発症や入院を一貫して抑え、相対的有効性の高さと結果の再現性を裏づけた。
3.High-Dose Quadrivalent Influenza Vaccine for Prevention of Cardiovascular and Respiratory Hospitalizations in Older Adults, Palmu AA, et al. Influenza and Other Respiratory Viruses. 2024 Apr. DOI: 10.1111/irv.13270 要約: 65歳以上約3万3千人の無作為化試験。呼吸器・心血管疾患による入院で高用量が標準用量を上回る傾向を示したが、COVID-19の影響で統計的有意差には至らなかった。
4.High-Dose Influenza Vaccine Effectiveness against Hospitalization in Older Adults, Johansen ND, et al. New England Journal of Medicine. 2025 Dec 11. DOI: 10.1056/NEJMoa2509907 要約: 約33万人を対象としたデンマークの大規模試験(DANFLU-2)。インフルエンザ・肺炎による入院の複合指標では有意差がなかったが、インフルエンザ単独の入院は約44%減少した。