2026年7月28日

2025年ノーベル賞で注目の「制御性T細胞(Treg)」|腸内細菌が免疫のブレーキを育てる仕組みとは
免疫の「ブレーキ役」が注目される理由
2025年のノーベル生理学・医学賞は、大阪大学の坂口志文氏、米国のメアリー・E・ブランコウ氏、フレッド・ラムズデル氏の3氏に、「末梢性免疫寛容に関する発見」として授与されました。その中心にあるのが制御性T細胞(Treg)です。
Tregは Foxp3 という転写因子を目印にもつ免疫細胞で、免疫の攻撃が自分自身の体や無害な相手に向かわないよう抑える「ブレーキ役」を担っています。このブレーキが十分に働かないと、自己免疫疾患やアレルギー、腸の慢性炎症が起こりやすくなります。そして近年の研究で、このTregの数と働きが腸内細菌によって大きく左右されることが分かってきました。
腸はTregが最も多く集まる場所
マウスを使った研究では、Tregは大腸の粘膜にもっとも多く存在することが示されています。細菌をまったく持たない無菌マウスでは大腸のTregが少なく、そこに芽胞をつくるクロストリジウム属(クラスターIVおよびXIVa)の菌を定着させると、TGF-βに富んだ環境がつくられ、Tregの数と機能が回復しました。さらに、生後まもない時期にこれらの菌を与えたマウスでは、薬剤で誘発した大腸炎が起こりにくく、免疫後のIgE抗体の産生も低く抑えられました。
Tregを誘導する菌と、その伝達手段
その後の研究では、健康なヒトの便から選び抜かれた17株のクロストリジウム属細菌が、マウスの大腸でTregを増やし、大腸炎やアレルギー性下痢を和らげることが報告されました。また、ヒトの腸に多く生息するバクテロイデス・フラジリスがつくる多糖A(PSA)にも、Tregの分化を促す働きがあることが示されています。特定の一菌種だけが特別なのではなく、幅広い共生菌がTregを誘導しうることも分かっています。
では、菌はどのようにしてTregを増やすのでしょうか。鍵のひとつが短鎖脂肪酸です。腸内細菌が食物繊維を発酵させてつくる酪酸やプロピオン酸には、Tregへの分化を後押しする作用があります。酪酸はFoxp3遺伝子の調節領域でヒストンのアセチル化を高め、Tregへの分化を促すことが示されました。別のグループからも、短鎖脂肪酸がGPR43という受容体を介して大腸のTregの数を保つことが報告されています。
もうひとつの経路が抗原提示です。2022年には、長く主役と考えられてきた樹状細胞ではなく、RORγtという分子を発現する細胞が腸内細菌の情報をT細胞に伝え、Tregへの分化を指示していることが示されました。
現在わかっていることの整理
| 関わる要素 | 主な働き | 主な研究対象 |
|---|---|---|
| クロストリジウム属(クラスターIV・XIVa) | 大腸でのTregの蓄積と機能成熟 | マウス(ヒト由来菌株を含む) |
| バクテロイデス・フラジリスの多糖A | Foxp3陽性Tregの分化誘導 | マウス |
| 短鎖脂肪酸(酪酸・プロピオン酸) | Foxp3の発現を高め、Tregへの分化を促す | マウス、培養細胞 |
| RORγt陽性の抗原提示細胞 | 菌の情報をT細胞に伝え、Tregへ導く | マウス |
ヒトではどこまで言えるのか
ここまでの知見の大部分はマウスの実験に基づくもので、そのままヒトに当てはめることはできません。ヒトを対象とした介入研究はまだ限られています。健康な成人を対象とした17週間のランダム化比較試験では、発酵食品の摂取を増やした群で腸内細菌の多様性が増し、複数の炎症関連指標が低下しました。ただしこの試験はTregそのものを主要評価項目としたものではなく、「発酵食品がヒトのTregを増やす」と断定できる段階ではありません。
現時点で言えるのは、次の3点です。
- 腸内細菌がTregの数と働きに影響することは、動物実験で繰り返し確認されている。
- その主な仲介役は、細菌がつくる短鎖脂肪酸と、菌の成分を提示する免疫細胞である。
- 食物繊維は短鎖脂肪酸の材料であり、食生活と免疫のあいだに生物学的なつながりがあることは支持される。
一方で、特定の菌やサプリメントがヒトの病気を予防・治療できると結論づけられた段階ではありません。腸内環境を整えることは、現時点では「免疫のブレーキが働きやすい土台をつくる」という位置づけで理解するのが妥当です。持病のある方や治療中の方は、自己判断でのサプリメント使用は避け、主治医にご相談ください。
参考文献
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介