2026年8月31日

血圧や血糖値が下がらない原因はいびき?睡眠時無呼吸症候群が及ぼす血管・心臓への負担
家族に指摘される「音」から始まる話
いびきは、多くの場合ご本人よりも周囲が先に気づきます。「夜中に息が止まっているようで怖い」「途中で大きく息を吸い直す音がする」。そうした指摘をきっかけに受診される方は少なくありません。
いびきは、眠っている間にのどの奥(上気道)が狭くなり、空気が通るときに粘膜が振動して生じます。狭くなるだけなら音が出るだけですが、完全に、あるいはほぼ完全にふさがってしまうと、呼吸そのものが止まります。これが睡眠時無呼吸です。閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)と呼ばれるこの状態は、決して珍しいものではありません。世界の30歳から69歳を対象にした推計では、およそ9億3600万人が該当すると報告されています。日本人は欧米人に比べて肥満が軽度でも顎が小さく、気道が狭くなりやすいという体格上の特徴があり、「太っていないから関係ない」とは言い切れないのが実情です。
眠っているのに、休めていない
呼吸が止まると血液中の酸素が下がります。体はそれを危険信号として受け取り、脳を一瞬だけ覚醒させて気道を開かせます。この覚醒は数秒ほどで、本人の記憶には残りません。しかし一晩に何十回、重症であれば何百回とくり返されれば、睡眠は細切れになります。
時間としては7時間眠っている。けれども、深い睡眠にたどり着けない。朝起きたときに頭が重い、口が渇いている、日中に会議中や運転中に耐えがたい眠気が襲ってくる。こうした症状の背景に、この「気づかれない覚醒」があります。
眠気は意志や気合いの問題として片づけられがちですが、そう扱うと危険な場面があります。睡眠時無呼吸のある運転者は交通事故のリスクが高まることが、複数の研究をまとめた解析で示されています。眠気を我慢して運転を続けることは、本人にも周囲にも大きなリスクとなります。
夜のあいだに、血圧が下がらなくなる
健康な人の血圧は、夜間に日中より10パーセントほど下がります。ところが呼吸が止まるたびに酸素が低下し、交感神経が繰り返し刺激されると、この夜間の血圧低下が起こりにくくなります。血管は休む時間を失い、常に張り詰めた状態に置かれます。
米国ウィスコンシン州の一般住民を4年間追跡した研究では、睡眠時の呼吸障害が重いほど、その後に高血圧を発症する割合が段階的に高くなることが示されました。年齢、体重、飲酒、喫煙といった要因を調整してもこの関係は残っており、睡眠時無呼吸そのものが高血圧の危険因子であると考えられています。
薬を何種類か飲んでいるのに血圧が下がりきらない、いわゆる治療抵抗性高血圧の方では、睡眠時無呼吸が背後に隠れている頻度が高いことも知られています。米国心臓協会の科学的声明でも、高血圧、心房細動、心不全、脳卒中との関連が整理されています。
血糖値との、双方向の関係
睡眠時無呼吸と2型糖尿病の関係は、片方向ではありません。間欠的な低酸素と睡眠の分断はストレスホルモンの分泌を増やし、インスリンの効きを悪くします。実験室での研究でも、睡眠を人為的に妨げると健康な人でも血糖の処理能力が落ちることが確認されています。一方で、糖尿病による神経障害が呼吸の調節や上気道の反射に影響し、無呼吸を悪化させる方向にも働きます。
ただし、正直にお伝えしておきたい点があります。CPAP治療によって血糖のコントロールが明確に改善するかどうかについては、研究結果が一致していません。血糖に関しては、無呼吸の治療だけに期待するのではなく、食事・運動・体重といった土台を並行して整えることが必要です。
心臓と血管への、長い時間をかけた負担
スペインで男性を平均10年間追跡した観察研究では、未治療の重症睡眠時無呼吸のある人は、健康な人と比べて致死的な心血管イベントがおよそ2.9倍、非致死的なイベントがおよそ3.2倍に増えていました。一方、CPAP治療を受けていた群では、その発生率は健常者や単純いびきの人と近い水準にとどまっていました。
もっとも、すでに心血管疾患を抱えている患者さんを対象とした大規模な無作為化試験(SAVE試験)では、通常治療にCPAPを加えても心血管イベントの再発は有意に減りませんでした。この試験では夜間のCPAP使用時間が平均3.3時間程度と短かったことが指摘されており、解釈には注意が必要です。ただし同じ試験で、日中の眠気、生活の質、気分の落ち込みは明らかに改善していました。「イベントを防ぐ」という点では議論が残る一方で、「日々の調子を取り戻す」効果は一貫しているということです。
検査と治療の進め方
診断はまず問診から始まります。いびきの有無、呼吸停止の目撃、日中の眠気の程度、血圧や血糖の状況、体重の変化。そのうえで、ご自宅でできる簡易検査(睡眠中の呼吸や血中酸素飽和度を測定する検査)を行い、必要に応じて精密検査へ進みます。
中等症以上で、日中の強い眠気や高血圧の合併、生活の質の低下がある場合、CPAP(持続陽圧呼吸療法)が第一選択として推奨されています。鼻に装着したマスクから空気を送り込み、気道が閉じるのを物理的に防ぐ方法です。
同時に忘れてはならないのが体重管理です。体重が10パーセント増えると無呼吸の指標(AHI)はおよそ32パーセント増加し、逆に10パーセント減るとおよそ26パーセント低下することが、長期の追跡研究で示されています。軽症の睡眠時無呼吸を対象とした無作為化試験では、食事指導を中心とした減量プログラムによって1年後の無呼吸が有意に改善しました。CPAPと減量は、どちらかを選ぶものではなく、両輪として考えるものです。
いびきを、体からの手紙として読む
いびきそのものは病気ではありません。けれども、高血圧、糖尿病、心臓や血管の病気と地下でつながっている可能性のある、わかりやすいサインです。健診で血圧や血糖を指摘されている方が、同時にいびきと日中の眠気を抱えているなら、それらは別々の問題ではなく、ひとつの線でつながっているのかもしれません。
家族から指摘されたことがある、朝すっきり起きられない、日中の眠気が仕事や運転に支障をきたしている。ひとつでも思い当たるものがあれば、一度ご相談ください。検査は思ったより負担の少ないものです。
症状や持病の状況によって適切な対応は異なりますので、必ず医療機関でご相談ください。
参考文献
- Estimation of the global prevalence and burden of obstructive sleep apnoea: a literature-based analysis, Benjafield AV, et al. Lancet Respir Med. 2019 Aug;7(8):687-698. DOI: 10.1016/S2213-2600(19)30198-5 要約: 世界で初めて閉塞性睡眠時無呼吸の世界的有病率を推計した研究。30〜69歳の約9億3600万人が該当し、多くが未診断であることを示した基礎的文献。
- Prospective study of the association between sleep-disordered breathing and hypertension, Peppard PE, et al. N Engl J Med. 2000 May 11;342(19):1378-84. DOI: 10.1056/NEJM200005113421901 要約: ウィスコンシン睡眠コホート709名の4年追跡研究。睡眠呼吸障害の重症度に応じて高血圧発症率が段階的に上昇する用量反応関係を交絡因子調整後も確認した。
- Obstructive Sleep Apnea and Cardiovascular Disease: A Scientific Statement From the American Heart Association, Yeghiazarians Y, et al. Circulation. 2021 Jul 20;144(3):e56-e67. DOI: 10.1161/CIR.0000000000000988 要約: 米国心臓協会による科学的声明。睡眠時無呼吸と高血圧、心房細動、心不全、脳卒中との関連を包括的に整理し、心血管診療における評価の重要性を提言した。
- Long-term cardiovascular outcomes in men with obstructive sleep apnoea-hypopnoea with or without treatment with continuous positive airway pressure: an observational study, Marin JM, et al. Lancet. 2005 Mar 19;365(9464):1046-53. DOI: 10.1016/S0140-6736(05)71141-7 要約: 男性を平均10年追跡した観察研究。未治療重症例では致死的心血管イベントが約2.9倍、非致死的が約3.2倍に増加し、CPAP治療群では低リスクであった。
- CPAP for Prevention of Cardiovascular Events in Obstructive Sleep Apnea, McEvoy RD, et al. N Engl J Med. 2016 Sep 8;375(10):919-31. DOI: 10.1056/NEJMoa1606599 要約: 心血管疾患を有する中等症〜重症例を対象としたSAVE試験。CPAP追加で心血管イベントは有意に減少しなかったが、眠気、生活の質、気分は明らかに改善した。
- Obstructive Sleep Apnea and Diabetes: A State of the Art Review, Reutrakul S, Mokhlesi B. Chest. 2017 Nov;152(5):1070-1086. DOI: 10.1016/j.chest.2017.05.009 要約: 睡眠時無呼吸と2型糖尿病の双方向的関連を総説。間欠的低酸素と睡眠分断が糖代謝を障害する一方、CPAPの血糖改善効果は一貫しないと整理している。
- Longitudinal study of moderate weight change and sleep-disordered breathing, Peppard PE, et al. JAMA. 2000 Dec 20;284(23):3015-21. DOI: 10.1001/jama.284.23.3015 要約: 690名を4年間隔で評価した前向き研究。体重10%増でAHIが約32%増加、10%減で約26%低下し、体重変化が無呼吸重症度を強く左右することを示した。
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- Obstructive sleep apnea and risk of motor vehicle crash: systematic review and meta-analysis, Tregear S, et al. J Clin Sleep Med. 2009 Dec 15;5(6):573-81. DOI: 10.5664/jcsm.27662 要約: 睡眠時無呼吸と交通事故リスクを検討したシステマティックレビュー。無呼吸のある運転者では事故リスクが有意に上昇することを定量的に示した。
- Treatment of Adult Obstructive Sleep Apnea with Positive Airway Pressure: An American Academy of Sleep Medicine Clinical Practice Guideline, Patil SP, et al. J Clin Sleep Med. 2019 Feb 15;15(2):335-343. DOI: 10.5664/jcsm.7640 要約: 米国睡眠医学会による診療ガイドライン。強い日中の眠気、高血圧合併、生活の質低下を伴う成人閉塞性睡眠時無呼吸へのCPAP治療をGRADE評価に基づき推奨。
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院長 有光潤介