2026年7月29日

不眠症と認知症の深い関係|最新データから紐解くリスクと今できる対策
結論
不眠症や慢性的な睡眠障害は、認知症の発症リスクを高める重要なリスク因子であることが数々の研究で確認されています。 一方で、「不眠症の治療によって認知症を確実に予防できるか」という点については、睡眠改善が脳保護に寄与する可能性が高いと期待されつつも、明確な長期的予防エビデンスとしては現在も研究・検証が進行している段階です。
不眠症と認知症には関連がある
不眠症とは、寝つきが悪い、途中で目が覚める、早朝に目が覚めるといった症状が週3回以上、3か月以上続き、日中の不調をともなう状態を指します。
2025年に発表された、76件の追跡研究をまとめた大規模な解析では、不眠症のある人はない人に比べて認知症の発症リスクが約1.13倍でした。同じ解析では、睡眠時無呼吸でアルツハイマー病が1.39倍、日中の強い眠気で認知症が1.41倍という結果も示されています。
さらに2025年、米国メイヨークリニックの研究チームが、認知機能が正常な高齢者約2,750人を平均5.6年追跡した結果を報告しました。慢性不眠症のある人は、軽度認知障害または認知症を発症するリスクが約40%高く、これは脳の老化が約3.5年進んだことに相当すると計算されています。実際の発症率は、慢性不眠症のある人で14%、ない人で10%でした。この研究では脳の画像検査も行われ、不眠症のある人ではアルツハイマー病に関わるアミロイドβの蓄積と、脳の細い血管の傷み(白質病変)の両方が多く見られました。
なぜ眠りが脳を守るのか
眠っている間、脳は日中にたまった老廃物を洗い流しています。2013年にScience誌に発表された研究では、睡眠中や麻酔下では脳の細胞と細胞のすき間が約60%広がり、脳脊髄液が流れ込むことでアミロイドβの排出が速まることが示されました。グリンパティック系と呼ばれる仕組みです。
ヒトでも同様のことが確認されています。健康な成人20人を対象に、一晩徹夜した前後で脳を撮影した研究では、たった一晩の睡眠不足でも海馬と視床のアミロイドβが増加していました。慢性的な不眠が長年続けば、この排出機能の低下が積み重なる可能性があります。
「不眠が認知症を起こす」と断定はできない
認知症は発症の10年以上前から静かに脳の変化が始まっており、その初期症状として不眠が現れることがあります。つまり「不眠が認知症を招いた」のではなく「すでに始まっていた認知症が不眠を引き起こした」という可能性を完全には否定できません。実際、上記の大規模解析でも研究間のばらつきが大きいことが指摘されています。現時点では「強い関連がある」とは言えても、「原因である」と断言することはできません。
不眠症の治療で認知症を予防できるのか
もっとも知りたいところですが、答えは「期待はできるが、まだ証明されていない」です。
期待できる材料として、米国退役軍人84,739人を対象とした調査があります。睡眠薬を使っていない人では、不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)を完了した群で認知機能障害の発症が13%少ないという結果でした。ただしこれは後ろ向きの調査であり、治療を最後までやり遂げられる人はもともと健康度が高いという偏りが残ります。
一方、2026年に発表された無作為化比較試験は慎重な結果でした。認知機能が正常な高齢者200人をCBT-I群と対照群に割り付け、1年後の認知機能とアミロイドβの蓄積を比較したところ、両群に差はありませんでした。研究者らは、1年という観察期間では短すぎる可能性があるとしています。
睡眠薬はどう考えるか
睡眠薬で認知症になるのではないか、という不安をよく耳にします。オランダで5,443人を平均11.2年追跡した研究では、ベンゾジアゼピン系薬の使用と認知症発症の間に有意な関連はありませんでした。ただし服用中の人では海馬の萎縮がやや速く進む傾向が見られており、漫然とした長期使用は避けるべきという結論になっています。
先述の退役軍人の調査でも、睡眠薬を併用している群ではCBT-Iの利点が消え、むしろ発症が18%多いという結果でした。また比較的新しいオレキシン受容体拮抗薬については、健康な中年38人を対象とした試験で、服用後に髄液中のアミロイドβとリン酸化タウが一時的に低下したという報告があります。ただしこれは一晩の変化を見たものであり、認知症予防の効果を示したものではありません。
今できること
現時点で言えることは次のとおりです。不眠を放置せず相談する。まず生活リズムの調整と認知行動療法を治療の軸に据える。薬は必要な期間に限って使い、漫然と続けない。いびきや日中の強い眠気があれば睡眠時無呼吸を疑って検査を受ける。
最後の点はとくに重要です。睡眠時無呼吸は不眠症よりも認知症との関連が強く報告されており、しかもCPAPという確立した治療法があります。
眠りを整えることは、認知症予防が証明されていなくても、血圧・血糖・気分の安定という確かな利益をもたらします。まずはそこから始めてください。
参考文献
1.Sleep disorders and the risk of cognitive decline or dementia: an updated systematic review and meta-analysis of longitudinal studies, Zhang J, Ou J, Lu X, et al. J Neurol. 2025 Oct 13;272(10):689. DOI: 10.1007/s00415-025-13372-x 要約: 76件の縦断コホート研究を統合した最新の大規模解析。不眠症は認知症リスクを1.13倍、睡眠呼吸障害はアルツハイマー病を1.39倍、日中の強い眠気は認知症を1.41倍に高めると報告した。
2.Associations of Chronic Insomnia, Longitudinal Cognitive Outcomes, Amyloid-PET, and White Matter Changes in Cognitively Normal Older Adults, Carvalho DZ, Kolla BP, McCarter SJ, et al. Neurology. 2025 Oct 7;105(7):e214155. DOI: 10.1212/WNL.0000000000214155 要約: 認知機能が正常な高齢者2,750人を平均5.6年追跡。慢性不眠症で軽度認知障害・認知症の発症が約40%増加し、アミロイド蓄積と白質病変の双方が多いことを画像で示した。
3.Sleep disturbances increase the risk of dementia: A systematic review and meta-analysis, Shi L, Chen SJ, Ma MY, et al. Sleep Med Rev. 2018 Aug;40:4-16. DOI: 10.1016/j.smrv.2017.06.010 要約: 24万人超を含む18の縦断研究の統合解析。睡眠障害全般が認知症リスクを高め、不眠症は特にアルツハイマー病と、睡眠呼吸障害は認知症全般と関連すると結論づけた基礎文献。
4.Sleep Drives Metabolite Clearance from the Adult Brain, Xie L, Kang H, Xu Q, et al. Science. 2013 Oct 18;342(6156):373-377. DOI: 10.1126/science.1241224 要約: マウスの二光子顕微鏡観察により、睡眠中は脳の細胞間隙が約60%拡大し、脳脊髄液の流入でアミロイドβの排出が加速することを示した。グリンパティック系研究の出発点。
5.β-Amyloid accumulation in the human brain after one night of sleep deprivation, Shokri-Kojori E, Wang GJ, Wiers CE, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 Apr 24;115(17):4483-4488. DOI: 10.1073/pnas.1721694115 要約: 健康成人20人にPET検査を実施。わずか一晩の徹夜で海馬と視床のアミロイドβ蓄積が有意に増加した。ヒトで睡眠不足とアミロイドの関連を直接示した研究。
6.The Association Between Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia and Incident Cognitive Impairment Among Older Veterans, Kusumoto H, Khakharia A, Bramoweth AD, et al. J Appl Gerontol. 2026 Jan;45(1):156-165. DOI: 10.1177/07334648251330666 要約: 退役軍人84,739人の後ろ向き調査。睡眠薬非使用者ではCBT-I完遂群で認知機能障害の発症が13%少なかったが、睡眠薬併用者ではむしろ18%多かった。
7.The impact of cognitive behavioral therapy for insomnia on cognitive performance and amyloid beta in older adults: A randomized controlled trial, Siengsukon CF, Hand LK, Nelson E, et al. Alzheimers Dement. 2026 Jun;22(6):e71591. DOI: 10.1002/alz.71591 要約: 高齢者200人の無作為化比較試験。CBT-Iは1年後の認知機能もアミロイドβ蓄積も対照群と差がなかった。予防効果の証明にはより長期の追跡が必要と結論づけた。
8.Benzodiazepine use in relation to long-term dementia risk and imaging markers of neurodegeneration: a population-based study, vom Hofe I, Stricker BH, Vernooij MW, et al. BMC Med. 2024 Jul 2;22(1):266. DOI: 10.1186/s12916-024-03437-5 要約: ロッテルダム研究5,443人を平均11.2年追跡。ベンゾジアゼピン使用と認知症発症に有意な関連はなかったが、使用者では海馬の萎縮が速く進む傾向を認めた。
9.Suvorexant Acutely Decreases Tau Phosphorylation and Aβ in the Human CNS, Lucey BP, Liu H, Toedebusch CD, et al. Ann Neurol. 2023 Jul;94(1):27-40. DOI: 10.1002/ana.26641 要約: 健康な中年38人の無作為化試験。オレキシン受容体拮抗薬スボレキサント服用後、髄液中のアミロイドβとリン酸化タウが一時的に低下した。認知症予防効果は未証明。
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介