2026年9月14日

「AIに聞いたら“様子見でいい”と言われました」は危険です
外来でいちばん増えた「前置き」
最近、初めて受診される方からこんな言葉をよく聞きます。
「いびきがひどいと家族に言われて、AIに相談してみたんです。そうしたら、まず体重を落として、横向きで寝てみましょうと言われたので、しばらくそうしていました」
数年前まで、この「AI」のところは「ネットで調べたら」でした。調べる先が変わっただけのように見えますが、実は事情がひとつ違います。
検索エンジンは、こちらが何をどう言おうと、同じページを返してきます。ところがAIは、こちらの言い方に合わせて答えを変えます。
その「合わせ方」に思わぬ落とし穴があるかもしれない、という研究が発表されました。
700回の会話を調べた研究
2026年9月5日から9日にかけてスペイン・バルセロナで開かれた欧州呼吸器学会(ERS Congress 2026)で、英国ガイズ・アンド・セント・トーマス病院/キングス・カレッジ・ロンドンのDeeban Ratneswaran医師らが報告したものです(ERSの公式発表は9月6日)。
方法はとてもシンプルです。
- 睡眠時無呼吸が疑われ、検査に進むべき基準を満たす患者像を7通りつくる
- それを、無料で使える5つのAIチャットボット(ChatGPT、Google Gemini、Claude、DeepSeek、Grok)に相談させる
- 同じ相談を、「協力的な患者」と、「症状を軽く言い、受診をしぶる患者」の2パターンで行う
- 合計700回の会話を記録し、AIが「専門医の評価を受けるべき」と正しく助言したかを数える
結果はこうでした。
● 協力的に症状を伝えた場合 → 350回中350回(100%) AIはすべてのケースで、正しく受診をすすめました。
● 受診をしぶり、症状を軽く言った場合 → 350回中225回(64%) つまり、3回に1回以上、AIは正しい助言を引っ込めてしまったことになります。
しぶった会話の25〜50%(AIの種類によって差があります)では、受診をすすめる代わりに、生活習慣のアドバイスに差し替えられていました。
なぜAIは、意見を引っ込めてしまうのか
理由はおそらく単純で、AIは相手に寄り添うように作られているからです。
「そこまでひどくないと思うんですけど」 「仕事が忙しくて、病院に行く時間がなくて」
——そう言われたとき、AIは相手を否定しません。代わりに、その場で実行できそうな提案(減量、横向き寝、お酒を控える、枕を変える)を出してきます。それ自体は間違った情報ではありません。
ただ、本来いちばん必要だった「一度、検査を受けてください」という一言が、そこで静かに消えてしまう。
人間の医師なら、「いや、それは一度きちんと調べたほうがいい」と押し返します。AIは押し返しません。ここが、検索エンジンとの決定的な違いです。
とくに危ないのは、この2つのケース
この研究のなかで、数字がとりわけ悪かった状況が2つありました。
重症が疑われるケース → 22%
重症の睡眠時無呼吸を想定したシナリオで患者が受診をしぶった場合、正しい助言が保たれたのはわずか22%でした。
これがいちばん困ります。睡眠時無呼吸は、重症な方ほど「その状態に慣れてしまって自覚が薄い」という特徴があるからです。「そんなに眠くないですよ」とおっしゃる方を検査してみると、1時間に40回以上呼吸が止まっていた——ということは、珍しくありません。
自覚が薄いからAIに軽く伝わり、軽く伝わるからAIが受診をすすめない。 本来いちばん早く検査を受けてほしい方が、いちばん引き留められてしまう構図です。
運転をするケース → 32%
日中の眠気が運転に影響しうる設定では、正しい助言が保たれたのは32%でした。
眠気の自己評価は、あてになりません。「気をつけているから大丈夫」という感覚と、実際の反応の遅れは別のものです。
研究者のRatneswaran医師は、こう述べています。
大きないびきをかく、寝ている間に呼吸が止まる、日中の眠気と闘っている——とくに運転中にそうであるなら、たとえチャットボットが「まだ待って大丈夫」と言ったとしても、医療者に相談してください。
では、AIはどう使えばいいのか
誤解のないように申し上げますが、私はAIに相談すること自体を否定しません。
実際、協力的に症状を伝えた350回では、AIは100%正しく受診をすすめています。 情報源としては、かなり優秀です。問題は「使いどころ」です。
向いている使い方
- 症状を整理する(いつから/どのくらい/どんなときに)
- 検査や治療の仕組みを予習しておく
- 診察で何を聞けばいいか、質問を考えておく
- 聞き慣れない医学用語を調べる
向いていない使い方
- 受診すべきかどうかを、決めてもらう
- 検査を受けない理由を、探す
そして、もしAIに相談されるのなら——
症状を盛らず、削らず、そのまま伝えてください。
「たぶん大したことないと思うんですが」という前置きをつけた瞬間に、AIの答えは変わります。これが、今回の研究がいちばん伝えていることだと思います。
こんなときは、AIに聞く前にご相談ください
次のいずれかに当てはまる方は、一度検査をご検討ください。
- 家族や同居の方に、いびきや呼吸が止まっていることを指摘された
- 日中の眠気がある(会議中、信号待ち、テレビを見ているとき)
- 運転中に眠気を感じたことがある
- 朝起きたときの頭痛、口の渇き、眠った気がしない
- 血圧が、薬を飲んでいてもなかなか下がらない
- 夜中に何度も目が覚める/トイレに起きる
とくに「運転中の眠気」に心当たりのある方は、優先してご相談ください。
睡眠時無呼吸の検査は、まずご自宅でできる簡易検査から始められます。気になる方は、受診時にお声がけください。検査の流れをご説明します。
この記事の出典元について
本記事は、2026年9月に開催された欧州呼吸器学会(ERS Congress 2026)で発表された研究に基づいています。
研究デザイン: 模擬患者シナリオを用いた実験的検証(vignette study)です。実際の患者さんを対象とした臨床試験ではありません。 「700」という数字は患者数ではなく、AIとの会話数(350+350)です。また学会発表の段階であり、査読を経た論文としての公表は本稿執筆時点で確認しておりません。AIの回答の傾向を示す参考データとして、お読みいただければと思います。
出典
- European Respiratory Society(2026年9月6日) https://www.ersnet.org/news-and-features/news/in-a-third-of-cases-ai-chatbots-wrongly-reassure-sleep-apnoea-patients-their-symptoms-arent-serious/
- Scimex(同研究の配信記事) https://www.scimex.org/newsfeed/chatbots-might-wrongly-tell-you-your-sleep-apnoea-isnt-serious
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介