2026年10月12日

心不全に「糖尿病の薬」?SGLT2阻害薬が心臓を守る理由と効果
SGLT2 Inhibitors for Heart Failure
心不全の治療を支える「SGLT2阻害薬」
執筆:千里丘かがやきクリニック 院長 有光 潤介/公開日:2026年10月12日
「最近、階段で息が切れる」「夕方になると足がむくむ」。年のせいだと思っていた変化の陰に、心不全が隠れていることがあります。
心不全は、心臓の働きが落ちることで、息切れやむくみ、疲れやすさなどが現れる状態の総称です[1]。日本では、心臓のポンプ機能が低下して通院する人が、2005年の約98万人から2030年には約130万人に増えると推計されています[2]。
その治療で、ここ数年ひときわ存在感を増しているのが「SGLT2阻害薬」です。もとは糖尿病の飲み薬ですが、糖尿病のない人も含めて、心不全による入院や心血管の病気による死亡を減らすことが、大規模な試験で示されてきました[3]。
Point
この記事のポイント
- 大規模な臨床試験で、心不全による入院と心血管の病気による死亡をあわせたリスクを、2割前後減らしました
- 効果は糖尿病の有無や、左室駆出率(心臓のポンプの力の目安)の高低にかかわらずみられています
- 利尿薬との併用による脱水や、尿路・性器の感染症に注意が必要です。体調を崩したときの休み方は、主治医と決めておきましょう
心不全には2つのタイプがある
心臓が1回の拍動で送り出す血液の割合を「左室駆出率」といいます。心不全は、この値が低下したタイプと、保たれたタイプに大きく分けられます。
日本のガイドラインは、40%以下を「低下した心不全」、50%以上を「保たれた心不全」、その間を「軽度低下した心不全」としています[4]。一方、2026年8月に改訂された欧州のガイドラインは、50%を境に2つに分ける形に改めました[1]。
保たれたタイプは、心不全のおよそ半数を占めます[1]。そしてSGLT2阻害薬は、このタイプでも経過を良くする効果が確かめられた、数少ない薬の一つです[1][3]。
心臓を助けるしくみ
SGLT2阻害薬は、腎臓でブドウ糖を体に戻す働きをおさえ、尿に出すことで血糖値を下げる薬です[5]。このとき、ブドウ糖と一緒に塩分(ナトリウム)と水分も尿へ出ていきます。
心不全では体に余分な水分がたまりやすく、それが息切れやむくみの原因になります。尿から塩分と水分が抜けることで、こうした「うっ血」がやわらぐと考えられています[6]。
ほかにも、心臓の筋肉のエネルギー効率を高める、炎症をおさえるなど、さまざまな作用が報告されています。ただ、どれが決め手なのかは、まだはっきりしていません[6]。
大規模な臨床試験でわかったこと
効果を確かめたのは、4つの大規模な臨床試験です。駆出率が40%以下の人を対象にした2つと、40%を超える人を対象にした2つがあり、いずれも偽薬(プラセボ)と比べています。
研究の種類ランダム化比較試験/対象 慢性心不全の3,730〜6,263人(試験ごと)
| 試験名 | 対象 | おもな結果(偽薬との比較) |
|---|---|---|
| DAPA-HF ダパグリフロジン | 駆出率40%以下の4,744人 | 心不全の悪化または心血管死が26%減少。死亡全体も17%減少 |
| EMPEROR-Reduced エンパグリフロジン | 駆出率40%以下の3,730人 | 心血管死または心不全入院が25%減少 |
| EMPEROR-Preserved エンパグリフロジン | 駆出率40%超の5,988人 | 心血管死または心不全入院が21%減少。おもに入院が減った |
| DELIVER ダパグリフロジン | 駆出率40%超の6,263人 | 心不全の悪化または心血管死が18%減少 |
各試験の論文をもとに作成[7][8][9][10]。追跡期間の中央値は約1.3〜2.3年です。スマートフォンでは表を横にスクロールできます。
数字を身近にしてみましょう。DAPA-HFでは約1年半のあいだに、心不全の悪化や心血管死が起きた人が、偽薬のグループで21.2%、薬のグループで16.3%でした[7]。
5つの試験、約2万2千人をまとめた解析では、心血管死または心不全入院が23%、心不全による初めての入院が28%、死亡全体も8%減っていました。効果は、駆出率が低いタイプでも保たれたタイプでも、ほぼ同じでした[3]。
研究の種類ランダム化比較試験のメタ解析/対象 5試験・21,947人
糖尿病との関係も気になるところでしょう。EMPEROR-Reducedでは参加者の半数が糖尿病のない方でしたが、効果は糖尿病の有無で変わりませんでした[8]。DAPA-HFとEMPEROR-Preservedでも同じ結果です[7][9]。
症状の改善と、早く現れる効果
減るのは入院や死亡だけではありません。DAPA-HFでは、息切れなどの症状や体の動かしやすさ、生活の質を点数で評価する質問票でも、薬のグループのほうが改善していました。はっきり良くなる人は、14人が飲むと1人増える計算です[11]。
効果が現れるのも早く、DAPA-HFでは飲み始めて28日の時点で、偽薬との差がすでに確認されています[12]。
腎臓への影響も見逃せません。EMPEROR-Reducedでは、腎臓の働き(eGFR)が落ちるスピードがゆるやかになり、重い腎臓の合併症も少なくなっていました[8]。
ガイドラインでの位置づけ
日本では2020年以降、ダパグリフロジンとエンパグリフロジンが心不全の治療にも使えるようになりました[5]。
2025年に改訂された日本のガイドラインは、駆出率が低下した心不全の基本薬として、β遮断薬、ACE阻害薬・ARB・ARNI、MRAとともにSGLT2阻害薬を挙げ、できるだけ早く始めるよう勧めています。駆出率が軽度低下・保たれた心不全でも、エンパグリフロジンかダパグリフロジンの使用が推奨されました[4]。
2026年の欧州のガイドラインも、SGLT2阻害薬を駆出率にかかわらず心不全治療の「土台となる薬」と位置づけています。入院中であっても、状態が落ち着けば始めることが勧められています[1]。
知っておきたい副作用と注意点
心不全の方は利尿薬を使っていることが多く、SGLT2阻害薬を加えると水分が抜けすぎることがあります。そのため、腎臓の働きや電解質を確かめながら、必要に応じて利尿薬や血圧の薬の量を調整します[5]。立ちくらみやふらつきがあれば、早めに伝えてください。
尿路や性器の感染症にも注意が必要です。糖尿病の有無にかかわらず起こりうるので、排尿時の痛みや陰部のかゆみがあれば相談してください[5]。
まれですが、糖尿病のある方を中心に、血液が酸性に傾くケトアシドーシスという危険な状態が起こることもあります[13]。食事がとれない手術の前は、糖尿病のある方は3日前から、ない方は絶食する日に休薬するのが原則です[5]。発熱や下痢で食事がとれない日(シックデイ)の対応も、あらかじめ主治医と決めておきましょう[13]。
こんなときは、ご相談ください
- 階段や坂道で、以前より息が切れやすくなった
- 足のむくみが続く、または体重が急に増えた
- 心不全の治療中で、薬の見直しについて相談したい
食事や水分がとれない状態が続くときは、自己判断で飲み続けず、早めにご相談ください。息苦しさが急に強くなったときや、1週間で2kgを超えるような体重の増加があるときも、すぐに受診してください[1]。
よくあるご質問
糖尿病ではないのに、糖尿病の薬を飲むのですか?
はい。心不全を対象にした大規模な試験では、糖尿病の有無にかかわらず効果が確かめられています。日本でも、心不全の治療薬として使われています。
症状が良くなったら、やめてもいいですか?
自己判断でやめないでください。欧州のガイドラインは、症状がなくなった人や駆出率が改善した人でも、基本となる薬を続けるよう勧めています。
飲み始めてから、トイレが近くなりました。
尿に糖と塩分を出す薬なので、尿の量が増えることがあります。水分の目安は心不全の状態によって異なるため、自己判断で増やしたり減らしたりせず、主治医に相談してください。
当院でのサポート
当院では、息切れやむくみなどの症状をうかがい、血液検査(BNPなど)や心電図で心臓の状態を確認します。SGLT2阻害薬を始めたあとは、腎臓の働きや電解質、体重の変化をみながら、利尿薬などの量を調整していきます。
管理栄養士による減塩の食事相談も行っています。また、睡眠時無呼吸は心不全の発症と関係することが知られており[1]、いびきや日中の眠気がある方には検査もご案内します。心エコーなど詳しい評価が必要な場合は、循環器専門医と連携してご紹介します。
この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の診断や治療については、医師にご相談ください。
参考文献
- 2026 ESC Guidelines for the management of heart failure著者:Køber L, Adamo M, Ruwald A-C, Tomasoni D, ほか(ESC心不全診療ガイドライン作成委員会)雑誌:Eur Heart J. 2026;ehag100(早期公開)発行日:2026年8月28日(オンライン公開)DOI:10.1093/eurheartj/ehag100要約:欧州心臓病学会の心不全診療ガイドライン(2021年版の全面改訂)。駆出率50%を境に2つの型に分け直し、SGLT2阻害薬を駆出率によらず治療の土台となる薬に位置づけた。入院中でも安定すれば開始し、改善後も基本薬を続けるよう推奨した。
- Impending epidemic: future projection of heart failure in Japan to the year 2055著者:Okura Y, Ramadan MM, Ohno Y, ほか雑誌:Circ J. 2008;72(3):489-491発行日:2008年3月DOI:10.1253/circj.72.489要約:新潟県佐渡市の心不全研究による有病率と将来人口推計を用いて、日本の心不全患者数を2055年まで予測した研究。左室機能が低下した外来患者は2005年の約98万人から、高齢化に伴い2030年には約130万人に増えると推計した。
- SGLT-2 inhibitors in patients with heart failure: a comprehensive meta-analysis of five randomised controlled trials著者:Vaduganathan M, Docherty KF, Claggett BL, ほか(最終著者 Solomon SD)雑誌:Lancet. 2022;400(10354):757-767発行日:2022年9月3日DOI:10.1016/S0140-6736(22)01429-5要約:心不全を対象にしたSGLT2阻害薬の大規模試験5件、21,947人を統合したメタ解析。心血管死または心不全入院を23%、心血管死を13%、心不全による初回入院を28%、全死亡を8%減らし、効果は駆出率の高低や診療の場面によらず一貫していた。
- JCS/JHFS 2025 Guideline on Diagnosis and Treatment of Heart Failure著者:Kitai T, Kohsaka S, Kato T, ほか(最終著者 Kinugawa K);日本循環器学会・日本心不全学会合同ワーキンググループ雑誌:Circ J. 2025;89(8):1278-1444発行日:2025年7月25日(オンライン先行公開 2025年3月28日)DOI:10.1253/circj.CJ-25-0002要約:日本循環器学会と日本心不全学会による心不全診療ガイドラインの英語版。約7年ぶりの全面改訂で、駆出率が低下した心不全ではSGLT2阻害薬を含む4剤を基本薬として早期導入を推奨し、軽度低下・保たれた心不全にもSGLT2阻害薬を推奨した。
- 心不全治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation著者:日本循環器学会・日本心不全学会(作成委員 伊藤浩、絹川弘一郎、桑原宏一郎、田中敦史、野出孝一、室原豊明)雑誌:日本循環器学会ウェブサイト(ステートメント)発行日:2023年6月16日URL:j-circ.or.jp(日本循環器学会、PDF)要約:日本循環器学会と日本心不全学会の提言。ダパグリフロジンとエンパグリフロジンは糖尿病の有無や駆出率にかかわらず心不全イベントを抑えるとして使用の積極的な検討を促し、利尿薬併用時の脱水、手術前の休薬、尿路・性器感染症への注意を示した。
- Mechanisms of Cardiovascular Benefits of Sodium Glucose Co-Transporter 2 (SGLT2) Inhibitors: A State-of-the-Art Review著者:Lopaschuk GD, Verma S雑誌:JACC Basic Transl Sci. 2020;5(6):632-644発行日:2020年6月DOI:10.1016/j.jacbts.2020.02.004要約:SGLT2阻害薬が心血管を守るしくみを整理した総説。利尿・ナトリウム排泄、血圧低下、赤血球の産生促進、心筋のエネルギー代謝の改善、炎症や交感神経の抑制などの仮説を検討し、効果を生む決定的な機序はまだ完全には明らかでないとした。
- Dapagliflozin in Patients with Heart Failure and Reduced Ejection Fraction著者:McMurray JJV, Solomon SD, Inzucchi SE, ほか(最終著者 Langkilde AM)雑誌:N Engl J Med. 2019;381(21):1995-2008発行日:2019年11月21日DOI:10.1056/NEJMoa1911303要約:駆出率40%以下で症状のある心不全4,744人のランダム化比較試験。中央値18.2か月で、心不全の悪化または心血管死がダパグリフロジン群16.3%、プラセボ群21.2%で26%少なかった。全死亡も17%少なく、効果は糖尿病の有無で同様だった。
- Cardiovascular and Renal Outcomes with Empagliflozin in Heart Failure著者:Packer M, Anker SD, Butler J, ほか(最終著者 Zannad F)雑誌:N Engl J Med. 2020;383(15):1413-1424発行日:2020年10月8日DOI:10.1056/NEJMoa2022190要約:駆出率40%以下の心不全3,730人のランダム化比較試験。中央値16か月で、心血管死または心不全入院がエンパグリフロジン群19.4%、プラセボ群24.7%で25%少なかった。糖尿病の有無によらず効果があり、腎機能の低下も緩やかだった。
- Empagliflozin in Heart Failure with a Preserved Ejection Fraction著者:Anker SD, Butler J, Filippatos G, ほか(最終著者 Packer M)雑誌:N Engl J Med. 2021;385(16):1451-1461発行日:2021年10月14日DOI:10.1056/NEJMoa2107038要約:駆出率40%超の心不全5,988人のランダム化比較試験。中央値26.2か月で、心血管死または心不全入院がエンパグリフロジン群13.8%、プラセボ群17.1%で21%少なかった。おもに入院の減少によるもので、糖尿病の有無によらず一貫していた。
- Dapagliflozin in Heart Failure with Mildly Reduced or Preserved Ejection Fraction著者:Solomon SD, McMurray JJV, Claggett B, ほか(最終著者 Langkilde AM)雑誌:N Engl J Med. 2022;387(12):1089-1098発行日:2022年9月22日DOI:10.1056/NEJMoa2206286要約:駆出率40%超の心不全6,263人のランダム化比較試験。中央値2.3年で、心不全の悪化または心血管死がダパグリフロジン群16.4%、プラセボ群19.5%で18%少なかった。心不全イベントの総数や症状の負担もダパグリフロジン群で少なかった。
- Effects of Dapagliflozin on Symptoms, Function, and Quality of Life in Patients With Heart Failure and Reduced Ejection Fraction: Results From the DAPA-HF Trial著者:Kosiborod MN, Jhund PS, Docherty KF, ほか(最終著者 McMurray JJV)雑誌:Circulation. 2020;141(2):90-99発行日:2020年1月DOI:10.1161/CIRCULATIONAHA.119.044138要約:DAPA-HFの参加者で、症状・身体機能・生活の質を質問票(KCCQ)で評価した解析。ダパグリフロジン群は8か月後の点数がプラセボ群より改善し、はっきり改善した人が多かった(14人に1人の上乗せ)。効果は症状の重さによらなかった。
- Time to Clinical Benefit of Dapagliflozin and Significance of Prior Heart Failure Hospitalization in Patients With Heart Failure With Reduced Ejection Fraction著者:Berg DD, Jhund PS, Docherty KF, ほか雑誌:JAMA Cardiol. 2021;6(5):499-507発行日:2021年5月DOI:10.1001/jamacardio.2020.7585要約:DAPA-HFで、効果が現れるまでの時間を調べた解析。ダパグリフロジンによる心不全の悪化または心血管死の減少は、開始から28日の時点で統計的に明らかとなり、その後も持続した。直近に心不全で入院した人はリスクが特に高く、減少幅も大きかった。
- CKD治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関するrecommendation著者:日本腎臓学会「CKD治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関するrecommendation」作成委員(委員長 深水圭)雑誌:日腎会誌. 2023;65(1):1-10発行日:2023年(2022年11月29日策定)URL:cdn.jsn.or.jp(日本腎臓学会、PDF)要約:日本腎臓学会が日本糖尿病学会と連携して策定した提言。ケトアシドーシスは1型糖尿病で起こりやすいが糖尿病のない人でも起こりうるとし、糖尿病患者ではリスクが増えることを示した。食事がとれないシックデイなどには休薬を考慮するよう求めた。
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介