2026年7月30日

腸内細菌叢は一生を通じて変化する!誕生・加齢のプロセスと最新科学
はじめに 腸の中の「もう一つの臓器」
私たちの腸には、目に見えない膨大な数の細菌がすんでいます。体重70kgの標準的な成人を想定した推計では、体内の細菌はおよそ38兆個、ヒト自身の細胞はおよそ30兆個で、両者はほぼ同じ規模です。細菌の総重量は約0.2kgと見積もられています。かつて広く語られていた「細菌はヒト細胞の10倍いる」という説は、この再計算によって修正されました。
この細菌の集まりを腸内細菌叢、あるいは腸内フローラと呼びます。重要なのは、腸内細菌叢が生涯を通じて固定されたものではないという点です。生まれた瞬間から高齢期まで、その顔ぶれは大きく移り変わっていきます。
1. 誕生から3歳まで 土台がつくられる時期
最初の細菌はどこから来るのか
母子25組を出生から生後4か月まで追跡した研究では、出生直後に多様な細菌が一気に腸へ流れ込み、その後の数日間で強い選別が起こることが確認されました。母親の複数の部位から細菌が受け渡されますが、なかでも母親の腸内細菌が最も多く定着し、しかも長く残る傾向がありました。
出産方法と授乳の影響
スウェーデンの母子98組を対象としたメタゲノム解析では、帝王切開で生まれた子どもの腸内細菌叢は、経腟分娩の子どもに比べて母親との類似性が低いことが示されました。
また同じ研究で興味深いのは、成人型の細菌叢への「成熟」を促す引き金が、離乳食の開始ではなく母乳の終了だった点です。母乳を飲んでいる間は、たとえ固形食を食べ始めても、細菌叢は乳児型のまま保たれていました。
3歳という節目
米国、マラウイ、ベネズエラの531人を解析した研究では、生後3年ほどをかけて腸内細菌叢が機能的に成熟していく共通のパターンが、3つの地域すべてで確認されました。ビタミンの合成や代謝に関わる遺伝子の構成も、年齢とともに変化していきます。
一方で、国や文化による組成の違いは乳児期からすでに現れ、成人になっても残り続けていました。腸内細菌叢は「万人共通」ではなく、育った環境の影響を強く受けます。
2. 成人期 安定するが、同じではない
3歳前後で成人型に近づいた腸内細菌叢は、成人期を通じて比較的安定します。ただし「安定」とは、全員が同じ組成になるという意味ではありません。
0歳から104歳までの日本人367人を解析した研究では、腸内細菌の構成によって5つのグループに分かれ、それぞれの年齢中央値は3歳、33歳、42歳、77歳、94歳でした。つまり乳児期と高齢期に大きな移行点があり、その間の成人期はゆるやかな変化にとどまることが読み取れます。
3. 加齢に伴う変化 「一律の衰え」ではない
生活環境と細菌叢
アイルランドの高齢者178人を対象とした研究では、腸内細菌の型が居住形態と対応していました。長期療養施設の入所者は、地域で暮らす高齢者に比べて細菌の多様性が低く、その差は食事内容の違いと対応していました。さらに、多様性の低下はフレイル(虚弱)の進行、炎症マーカー、栄養状態とも相関していました。
年齢そのものより、どのような食生活を送っているかが細菌叢の状態と結びついていたという点は重要です。
個人差が広がっていく
9000人以上を含む3つのコホートを解析した研究では、中年期以降、腸内細菌叢は年齢とともに「その人だけのもの」へと個性を強めていくことが示されました。
さらに80歳を超えると、健康状態の良い人ではこの個性化がさらに進む一方、健康状態の良くない人ではその変化が止まっていました。多くの人に共通して存在する菌属、特にバクテロイデス属が優勢なまま高齢期を迎えている場合や、細菌叢の個性が乏しい場合は、4年間の追跡で生存率が低いという関連が認められています。
なお、これは関連を示した観察研究であり、細菌叢の変化が寿命の原因であると証明したものではありません。
4. 百寿者の腸内細菌
日本の百寿者(100歳以上)を対象とした研究では、特徴的な腸内細菌の構成が見つかりました。百寿者の腸には、イソアロリトコール酸をはじめとする特有の二次胆汁酸をつくる細菌が多く存在していました。
この物質は、クロストリジオイデス・ディフィシルやバンコマイシン耐性腸球菌といった多剤耐性のグラム陽性菌に対して強い抗菌作用を示しました(グラム陰性菌には作用しません)。
長寿と腸内細菌の関係を考えるうえで注目される知見ですが、これが長寿の原因なのか結果なのかは、現時点では確定していません。
5. 今わかっていること、まだわからないこと
加齢と腸内細菌叢に関する総説では、加齢に伴う変化と、病気に伴う変化には重なる部分と異なる部分があることが整理されています。「高齢だから細菌叢が悪くなる」という単純な図式ではなく、健康状態、食事、居住環境、服薬状況などが複雑に関わっています。
現時点で比較的一貫して示されているのは、次の点です。
・腸内細菌叢は乳幼児期に土台がつくられ、成人期は比較的安定し、高齢期に再び大きく変わる
・高齢期の変化には個人差が大きく、その差は食事や生活環境と関連している
・多様性の低下は、フレイルや炎症、栄養状態の悪化と関連が報告されている
一方で、特定の菌を増やせば健康長寿が得られる、といった因果関係は確立していません。サプリメントや食品の効果についても、個々の製品ごとに検証が必要な段階です。
まとめ
腸内細菌叢は、生まれた日から始まり、3歳ごろに土台が固まり、成人期に安定し、高齢期に再び変化する、一生をかけたダイナミックな存在です。
そして高齢期の姿は年齢だけで決まるのではなく、日々の食事や暮らし方と結びついていることが、複数の研究から示されています。特別なことをするより、多様な食品を含むバランスの取れた食生活を続けることが、現時点の科学的知見と最も矛盾しない選択といえるでしょう。
参考文献
1.Revised Estimates for the Number of Human and Bacteria Cells in the Body, Sender R, Fuchs S, Milo R. PLoS Biology. 2016 Aug 19;14(8):e1002533. DOI: https://doi.org/10.1371/journal.pbio.1002533 要約: 体内の細胞数と細菌数を再計算した論文。70kgの標準的成人で細菌は約38兆個、ヒト細胞は約30兆個とほぼ同数であり、細菌の総重量は約0.2kgと推定して、従来の「10対1」説を修正した。
2.Mother-to-Infant Microbial Transmission from Different Body Sites Shapes the Developing Infant Gut Microbiome, Ferretti P, et al. Cell Host & Microbe. 2018 Jul 11;24(1):133-145.e5. DOI: https://doi.org/10.1016/j.chom.2018.06.005 要約: 母子25組を出生から4か月まで追跡した株レベル解析。出生直後に細菌が急速に流入した後に強い選別が起こり、母親の腸内細菌が乳児腸内に最も多く定着し長く残ることを示した。
3.Dynamics and Stabilization of the Human Gut Microbiome during the First Year of Life, Bäckhed F, et al. Cell Host & Microbe. 2015 May 13;17(5):690-703. DOI: https://doi.org/10.1016/j.chom.2015.04.004 要約: スウェーデンの母子98組のメタゲノム解析。帝王切開児は母親との細菌の類似性が低く、離乳食の開始ではなく母乳の終了が成人型細菌叢への成熟の引き金になることを示した。
4.Human gut microbiome viewed across age and geography, Yatsunenko T, et al. Nature. 2012 Jun 14;486(7402):222-227. DOI: https://doi.org/10.1038/nature11053 要約: 米国、マラウイ、ベネズエラの531人を解析。生後3年で細菌叢が機能的に成熟する共通過程を確認する一方、国による組成と遺伝子構成の差が乳児期から成人期まで持続することを示した。
5.Age-related changes in gut microbiota composition from newborn to centenarian: a cross-sectional study, Odamaki T, et al. BMC Microbiology. 2016 May 25;16:90. DOI: https://doi.org/10.1186/s12866-016-0708-5 要約: 0歳から104歳の日本人367人を16S rRNA解析した横断研究。細菌構成は年齢中央値3歳、33歳、42歳、77歳、94歳の5クラスターに分かれ、乳児期と高齢期に大きな移行点があることを示した。
6.Gut microbiota composition correlates with diet and health in the elderly, Claesson MJ, et al. Nature. 2012 Aug 9;488(7410):178-184. DOI: https://doi.org/10.1038/nature11319 要約: アイルランドの高齢者178人を解析。長期療養施設の入所者は在宅者より細菌の多様性が低く、その差が食事内容と対応し、フレイルや炎症マーカー、栄養状態とも相関することを示した。
7.Gut microbiome pattern reflects healthy ageing and predicts survival in humans, Wilmanski T, et al. Nature Metabolism. 2021 Feb;3(2):274-286. DOI: https://doi.org/10.1038/s42255-021-00348-0 要約: 9000人超を含む3コホートの解析。中年期以降に腸内細菌叢は個人固有性を増し、バクテロイデス属優位の維持や固有性の低さが4年後の生存率低下と関連することを示した。
8.Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians, Sato Y, et al. Nature. 2021 Nov 18;599(7885):458-464. DOI: https://doi.org/10.1038/s41586-021-03832-5 要約: 日本の百寿者の腸内細菌を解析。イソアロリトコール酸など特有の二次胆汁酸を産生する菌が多く、この物質が多剤耐性のグラム陽性菌に対して強い抗菌作用を示すことを明らかにした。
9.The gut microbiome as a modulator of healthy ageing, Ghosh TS, Shanahan F, O’Toole PW. Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology. 2022 Sep;19(9):565-584. DOI: https://doi.org/10.1038/s41575-022-00605-x 要約: 加齢と腸内細菌叢に関する総説。加齢に伴う変化と疾患に伴う変化の重なりと相違を整理し、細菌叢を標的とした介入が健康長寿に寄与しうる可能性と現時点の限界を論じた。
大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介(日本消化器病学会専門医・日本アレルギー学会専門医)