2026年9月23日

Diabetes in Older Adults
「下げすぎない」も大切な治療です
執筆:千里丘かがやきクリニック 院長 有光 潤介/公開日:2026年9月23日
敬老の日に、久しぶりに親御さんと会った方も多いと思います。「糖尿病の数値、ちゃんと下がってる?」と声をかけたご家族もいらっしゃるかもしれません。
ただ、高齢の方の糖尿病では、血糖を下げることと同じくらい「下げすぎないこと」が大切です。2026年9月14日には、高齢者の糖尿病治療は低血糖の防止が鍵になるという専門医の解説も報じられました[1]。この記事では、なぜ下げすぎが問題になるのか、ご家族に何ができるのかをまとめます。
Point
この記事のポイント
- 高齢の方の低血糖は、冷や汗や動悸が出にくく、ふらつきや物忘れのような形で現れることがあります
- インスリンやSU薬などを使っている場合、学会はHbA1cの目標に「下限」も設けています
- 「最近ふらつく」「様子がおかしい」と感じたら、老化と決めつけずに主治医へ伝えてください
「HbA1cは低いほど良い」が当てはまらない年齢がある
HbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)は、過去1〜2か月の血糖の平均を表す数値です。若い方や中年の方では、合併症を防ぐためにしっかり下げることが基本になります。
一方で高齢の方では、HbA1cが低すぎることが、転倒・骨折や死亡のリスクの高さと関係することが知られています。日本糖尿病学会と日本老年医学会は、この点を理由に、低血糖を起こしやすい薬を使っている高齢者について、目標値の上限だけでなく下限も定めています[2]。
「下げすぎ」は決して珍しくありません。米国の全国調査では、65歳以上の糖尿病の方の61.5%がHbA1c 7%未満で、そのうち54.9%は低血糖を起こしやすいインスリンやSU薬で治療されていました[3]。
研究の種類横断研究/対象 65歳以上の1,288人
高齢の方の低血糖は、教科書どおりの症状が出ない
低血糖というと、冷や汗、手の震え、動悸を思い浮かべる方が多いでしょう。しかし高齢の方では、こうした症状よりも、頭がくらくらする、体がふらふらする、めまい、力が入らない、動作がぎこちない、ろれつが回らない、目がかすむといった症状が出やすいとされています[4]。
また、低血糖による混乱や意欲の低下が、認知症の症状と見分けにくいこともあります[4]。ご本人が低血糖に気づかない「無自覚性低血糖」も起こりやすく、周りの方の気づきが大切になります。
低血糖をくり返すと何が起こるのか
日本の診療ガイドラインでは、重い低血糖は転倒・骨折、認知症、心血管疾患、死亡の危険因子になると整理されています[4]。
米国で2型糖尿病の高齢者1万6,667人を長期間追跡した研究では、受診や入院が必要になるほどの重い低血糖を起こした回数が多いほど、その後に認知症と診断される危険が高くなっていました。危険度は、1回で1.26倍、2回で1.80倍、3回以上で1.94倍でした[5]。
研究の種類観察研究(コホート研究)/対象 16,667人
また、米国の高齢者医療保険の加入者約36万人を調べた研究では、低血糖を起こしたことのある方は、転倒による骨折の危険が約1.7倍でした[6]。
研究の種類後ろ向き観察研究/対象 361,210人
いずれも観察研究のため、低血糖が直接の原因だとまでは言い切れませんが、「低血糖は一時的なものだから大丈夫」とは考えないほうがよいことを示しています。
目標値は「その人に合わせて」決める
学会は、認知機能と日常生活の自立度に応じて、高齢の方を3つのカテゴリーに分けて目標を示しています[2]。
| 区分 | 目安となる状態 | 低血糖を起こしやすい薬を使っていない場合 | 使っている場合(インスリン、SU薬、グリニド薬など) |
|---|---|---|---|
| I | 認知機能が正常で、日常生活が自立 | 7.0%未満 | 65〜74歳:7.5%未満(下限6.5%) 75歳以上:8.0%未満(下限7.0%) |
| II | 軽い認知機能の低下、または買い物や金銭管理などに手助けが必要 | 7.0%未満 | 8.0%未満(下限7.0%) |
| III | 中等度以上の認知症、または食事・入浴などに介助が必要、または多くの持病がある | 8.0%未満 | 8.5%未満(下限7.5%) |
数値はHbA1cの目標。スマートフォンでは表を横にスクロールできます。
たとえば75歳以上でインスリンを使っている方の場合、HbA1cが6%台だと「よくできている」のではなく、「下げすぎの可能性がある」と考えます。表はあくまで目安で、実際の目標は持病や生活の状況をふまえて主治医と決めていきます[2]。
ただし「高くてもかまわない」という意味ではありません。HbA1cが8%以上になると、転倒や認知機能の低下などの老年症候群が増えるとされ、さらに高い状態が続くと、ひどい脱水や感染症を起こしやすくなります。上限と下限の両方を意識して、ちょうどよい範囲を保つことが目標です[2]。
ご家族ができる見守りのポイント
次のような変化があれば、受診のときに主治医へ伝えてください。
- 朝や食事の前に、ぼんやりしている、話がかみ合わないことがある
- ふらつきや転倒が増えた
- 急に怒りっぽくなった、元気がない
- 食事の量が減ったのに、薬はいつもどおり飲んでいる
特に大切なのが、食事がとれない日の薬の扱いです。ガイドラインでも、食事量が減ったときの薬の減らし方や中止の仕方を、あらかじめ決めておくことが勧められています[4]。自己判断で薬を減らしたり増やしたりせず、「食べられない日はどうするか」を主治医と一緒に決めておきましょう。
CGMという選択肢と、その限界
CGM(持続血糖モニタリング)は、腕などに小さなセンサーをつけて、血糖の動きを連続して記録する機器です。指先の採血だけでは見逃しやすい夜間や早朝の低血糖に気づく手がかりになります。
60歳以上の1型糖尿病の方203人を対象にした試験では、CGMを使ったグループで、低血糖(70 mg/dL未満)の時間が1日あたり約27分短くなりました[7]。
研究の種類ランダム化比較試験/対象 203人、6か月
ただし、この試験は1型糖尿病の方が対象で、効果の大きさも「小さいが意味のある改善」と表現されています。センサーを使えば安心というわけではなく、記録を見て薬や食事を見直してはじめて役に立ちます。保険で使える条件は治療内容によって異なるため、主治医にご相談ください。
よくあるご質問
HbA1cが下がったのは頑張った結果なのに、良くないのですか?
努力の結果であることは間違いありません。ただ、低血糖を起こしやすい薬を使っている場合は、下がりすぎていないかも一緒に確認する必要があります。薬を減らせるチャンスになることもあります。
本人が「低血糖なんて起きていない」と言います。
高齢の方は低血糖に気づきにくいことがあります。ふらつきや様子の変化をご家族が記録しておくと、受診時の大切な手がかりになります。
当院でのサポート
当院では、糖尿病の診療に加え、管理栄養士による栄養指導を行っています。食事量が減りがちな高齢の方には、血糖だけでなく、筋肉量や体重を保つことも意識した食事をご提案します。体成分分析装置(InBody)で筋肉量を測り、フレイル(虚弱)の兆しがないかを確認することもできます。
ご家族の薬や数値のことで気になる点があれば、受診の際にご本人と一緒にご相談ください。
この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の診断や治療については、医師にご相談ください。
参考文献
- 高齢者の糖尿病治療、鍵は「低血糖防止」 CGM活用の個別化医療へ著者:糖尿病ネットワーク媒体:糖尿病ネットワーク ニュース公開日:2026年9月14日URL:https://dm-net.co.jp/calendar/2026/042195.php要約:9月3日のメディアセミナーでの専門医の講演をもとに、高齢者では無自覚性低血糖が起こりやすく、転倒・骨折や認知機能低下につながること、認知機能・ADL・薬剤に応じた個別の目標設定とCGMの活用が重要であることを紹介した記事。
- 高齢者糖尿病診療ガイドライン2023(高齢者糖尿病の血糖コントロール目標)著者:日本糖尿病学会・日本老年医学会媒体:日本老年医学会ウェブサイト掲載PDF(書籍は南江堂刊)発行年:2023年(目標値は2016年5月発表)URL:https://jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/diabetes_treatment_guideline_13.pdf要約:認知機能とADLで高齢者を3カテゴリーに分け、HbA1c目標を提示。インスリン・SU薬・グリニド薬など重症低血糖が危惧される薬を使う場合は下限値を設け、その根拠としてHbA1c低値と転倒・骨折・死亡リスクの関連を挙げている。
- Potential overtreatment of diabetes mellitus in older adults with tight glycemic control著者:Lipska KJ, Ross JS, Miao Y, Shah ND, Lee SJ, Steinman MA雑誌:JAMA Intern Med. 2015;175(3):356-362発行日:2015年3月DOI:10.1001/jamainternmed.2014.7345要約:米国の全国調査データで65歳以上の糖尿病患者1,288人を分析。61.5%がHbA1c 7%未満で、そのうち54.9%がインスリンまたはSU薬で治療されていた。高齢者の相当数が過剰治療となっている可能性を指摘した。
- 糖尿病診療ガイドライン2024 第19章 高齢者の糖尿病(認知症を含む)著者:日本糖尿病学会媒体:糖尿病診療ガイドライン2024(南江堂)、学会ウェブサイト掲載PDF発行年:2024年URL:https://www.jds.or.jp/uploads/files/publications/gl2024/19.pdf要約:高齢者の低血糖は発汗・動悸などより、ふらつき・めまい・脱力などの中枢神経症状が出やすく、認知症と紛らわしいこともあると記載。重症低血糖は転倒・骨折、認知症、心血管疾患、死亡の危険因子とし、食事量低下時の薬の調整を事前に指示するよう求めている。
- Hypoglycemic episodes and risk of dementia in older patients with type 2 diabetes mellitus著者:Whitmer RA, Karter AJ, Yaffe K, Quesenberry CP Jr, Selby JV雑誌:JAMA. 2009;301(15):1565-1572発行日:2009年4月DOI:10.1001/jama.2009.460要約:米国の2型糖尿病高齢者16,667人(平均65歳)を長期追跡したコホート研究。重症低血糖の回数が多いほど認知症リスクが段階的に上昇し、1回で1.26倍、2回で1.80倍、3回以上で1.94倍だった。
- Association between hypoglycaemic events and fall-related fractures in Medicare-covered patients with type 2 diabetes著者:Johnston SS, Conner C, Aagren M, Ruiz K, Bouchard J雑誌:Diabetes Obes Metab. 2012;14(7):634-643発行日:2012年7月DOI:10.1111/j.1463-1326.2012.01583.x要約:米国の高齢者医療保険(メディケア)に加入する2型糖尿病患者361,210人の後ろ向き研究。低血糖を経験した人は、経験のない人に比べ転倒関連骨折のオッズが1.70倍(95%信頼区間1.58〜1.83)だった。
- Effect of Continuous Glucose Monitoring on Hypoglycemia in Older Adults With Type 1 Diabetes: A Randomized Clinical Trial著者:Pratley RE, Kanapka LG, Rickels MR, Ahmann A, Aleppo G, ほか(最終著者 Miller KM)雑誌:JAMA. 2020;323(23):2397-2406発行日:2020年6月DOI:10.1001/jama.2020.6928要約:60歳以上の1型糖尿病患者203人(年齢中央値68歳)のランダム化比較試験。6か月でCGM群は血糖70 mg/dL未満の時間が5.1%から2.7%に減少し、従来の血糖測定群との差は1.9ポイント(1日約27分)。小さいが統計的に有意な改善だった。