2026年9月25日

Saccharifying Bacteria
整腸剤のなかの「縁の下の力持ち」
執筆:千里丘かがやきクリニック 院長 有光 潤介/公開日:2026年9月25日
糖化菌という名前を聞いたことのある方は、そう多くないと思います。ビフィズス菌や乳酸菌のような知名度はありません。
ところが日本の整腸剤の成分表には、しばしばこの名前が載っています。そして正体は、多くの方がよくご存じの菌です。納豆菌の仲間、枯草菌です。
Point
この記事のポイント
- 糖化菌とは Bacillus subtilis(枯草菌)のことで、納豆菌もこの仲間です
- デンプンを分解する酵素を出し、ほかの菌を助ける役割が期待されています
- 納豆の研究は豊富ですが、その効果が菌によるものとは限りません
糖化菌とは、枯草菌のこと
糖化菌もまた、分類学上の名前ではありません。デンプンなどの多糖を分解して糖に変える、つまり糖化する能力に着目した、機能による呼び名です。
日本の整腸剤で糖化菌といえば、Bacillus subtilis(枯草菌)を指します。土のなかにごく普通にいるグラム陽性の細菌です。酵素を大量に分泌する能力で知られ、アミラーゼなどを培養液1リットルあたりグラム単位で外に出せるほど。この性質のおかげで、工業用酵素の生産にも広く使われてきました[1]。
整腸剤に配合されているのは、この分解能力のためです。
納豆菌も、この菌の仲間
納豆のスターターとして使われる菌も、Bacillus subtilis の一系統です。
納豆製造株のゲノムを解析した研究では、予測された4375遺伝子のうち82.4%が実験室標準株の遺伝子と一対一で対応していました。一方で、納豆特有のねばり(ポリグルタミン酸)の産生に関わる領域には違いがありました[2]。
同じ種でありながら、株が違えば性質が変わる。ここまでの記事でも繰り返してきた話が、ここにも当てはまります。
なぜ整腸剤に入っているのか
糖化菌が配合される理由は、それ自体が腸を整えるというより、ほかの菌を助ける点にあります。
デンプンを分解して糖に変え、その糖がほかの菌の餌になる。これが配合の狙いとして説明される仕組みです。
実験室レベルでは裏づけがあります。Bacillus subtilis をビフィズス菌やクロストリジウムと一緒に培養した試験では、Bifidobacterium longum と Clostridium butyricum の菌数が有意に増えました[5]。
研究の種類試験管内での共培養実験とマウス実験
ただし、これは試験管とマウスの話です。ヒトの腸のなかで同じことが起きているかどうかは、別に確かめる必要があります。
芽胞という、決定的な強み
糖化菌のもう一つの特徴が、芽胞です。
環境が悪くなると、この菌は芽胞という殻に閉じこもった休眠状態になります。熱にも乾燥にも胃酸にも強く、常温で長く保存できる。生きた菌を薬やサプリメントとして届けるうえで、これは決定的な利点です[3]。
では、飲み込んだ芽胞は腸でどうなるのか。マウスに投与した研究では、腸のなかで発芽して増殖し、再び芽胞を作って排出されることが確認されました[4]。土の菌がただ素通りしているわけではなく、腸のなかでも一時的に生活環を回している、ということになります。
研究の種類動物実験/マウスへの経口投与
納豆の研究からわかること
糖化菌そのものより、はるかに研究が進んでいるのが納豆です。
45〜74歳の日本人約9万3千人を約15年追跡した研究では、発酵大豆食品(納豆と味噌)の摂取量が多い群で総死亡率が約10%低いという結果でした。納豆を食べる人では、心血管疾患による死亡も少なくなっています。一方、大豆製品全体の摂取量と総死亡率のあいだには関連がありませんでした[8]。
研究の種類前向きコホート研究/日本人約9万3千人、追跡約15年
骨についての報告もあります。日本人女性944人を3年間追跡した研究では、閉経後の女性で納豆の摂取量が多いほど、大腿骨頸部と前腕の骨密度の低下が小さくなっていました。豆腐など他の大豆製品では、同じ関連は見られていません[9]。
| 調べたこと | 結果 | もとになった研究 |
|---|---|---|
| 総死亡率 | 発酵大豆食品の摂取が多い群で約10%低い | 前向きコホート・日本人約9万3千人 |
| 心血管死 | 納豆を食べる群で低い | 同上 |
| 骨密度の変化 | 閉経後女性で摂取が多いほど低下が小さい | コホート・日本人女性944人、3年 |
| 血中ビタミンK2 | 納豆の摂取5時間後に約8倍まで上昇 | ヒト介入試験・少人数 |
| ほかの菌への影響 | ビフィズス菌と酪酸菌が増加(試験管内) | 共培養実験とマウス実験 |
参考文献5、8〜10をもとに作成。スマートフォンでは表を横にスクロールできます。
ただし、菌の手柄とは限らない
ここは慎重になるべきところです。
納豆には、大豆そのもののタンパク質、食物繊維、イソフラボンが含まれます。そこに発酵で増えるビタミンK2(メナキノン-7)が加わる。骨密度の研究の著者らも、関連を説明しうる要因としてメナキノン-7や吸収されやすいイソフラボンを挙げています[9]。
つまり「納豆は体によい」と「糖化菌は体によい」は、別の主張です。観察研究である以上、納豆をよく食べる人の生活習慣全体が結果に影響している可能性も残ります。
発酵食品とプロバイオティクスの線引き
ここでも同じ区別が効いてきます。
プロバイオティクスとは、十分な量を摂ったときに宿主に健康上の利益をもたらす生きた微生物のことです[6]。発酵食品をそう呼べるのは、食べる時点で菌が生きていて、しかもその菌株で健康上の利益が実証されている場合だけ。国際的な合意文書がそう定めています[7]。
納豆には生きた菌が大量にいます。1グラムあたり10の9.7乗個という測定値が報告されているほどです[10]。ただし、特定の菌株で特定の健康効果が実証されている、という形の研究はまだ多くありません。
期待しすぎないために
三つ、押さえておきたいことがあります。
ひとつめ。糖化菌単独でのヒトの試験は多くありません。整腸剤としてはほかの菌との配合で使われることがほとんどで、糖化菌だけの寄与を切り分けた研究は限られています。
ふたつめ。製品の品質にばらつきがあります。市販されていたBacillus系プロバイオティクス製品5種類を調べた研究では、含まれていた菌種のなかに、食中毒の原因菌として知られる Bacillus cereus がありました[11]。芽胞を作る菌は見分けにくく、表示と中身が一致するとは限らないのです。
みっつめ。食べた菌は定着しません。11株のプロバイオティクスを健康な人に投与し、内視鏡で腸粘膜を直接調べた研究では、定着の程度が人によって大きく異なりました[12]。これは糖化菌に限った話ではありません。
安全性について
Bacillus subtilis 自体には長い食経験があり、健康な方で重い有害事象が起きることはまれです。納豆として日常的に食べられていること自体が、その大きな根拠と言えるでしょう。
ただし、ワルファリンを服用中の方は別です。納豆に含まれるビタミンK2は、この薬の効果を打ち消します。健康な人が納豆を食べると、血中のメナキノン-7は5時間後に約1.9から14.5 ng/mLへ上昇し、48時間後もなお高いままでした。生きた菌の数を減らすために加熱すると、この上昇は大きく抑えられます[10]。生きた菌そのものが関わる相互作用だということです。ワルファリンを服用中は納豆を控えてください。また免疫が低下している方では、生きた菌を摂ること自体がリスクになり得ます。自己判断はせず、主治医にご相談ください。
整腸剤で様子を見ないほうがよい症状
- 血便が出た、または便が黒い
- 排便の様子が、ここ数か月で急に変わった
- 意図せず体重が減ってきた
- 整腸剤を半年以上続けているが、症状が変わらない
最後の一つは症状ではありませんが、大事な目安です。効いていないものを続けても、費用がかかるだけで原因は見つかりません。一度立ち止まって相談してください。
よくあるご質問
納豆を食べていれば、整腸剤は要りませんか?
目的が違います。納豆の菌と整腸剤の糖化菌は、どちらも Bacillus subtilis ですが菌株が異なり、株が違えば性質も変わります。食生活として納豆を食べることと、症状に対して整腸剤を使うことは、分けて考えてください。
熱に強い菌なら、加熱した料理でも大丈夫ですか?
芽胞の状態であれば、かなりの熱に耐えます。ただし納豆の場合、加熱すると生きた菌の数もビタミンK2の量も大きく減ることが確かめられています。菌が熱に強いことと、食品の成分がそのまま残ることは、別の話です。
腸活には、結局どの菌がいちばんよいのですか?
いちばん、という答えはありません。菌はそれぞれ違う仕事をしていて、互いに代謝物を受け渡しながら働いています。特定の菌を探すより、食物繊維とオリゴ糖をとりつつ発酵食品を習慣にする。今のところ、これがもっとも根拠のある考え方です。
当院でのサポート
当院は消化器内視鏡と消化器病の専門医が在籍する内科診療所です。下痢や便秘、おなかの張りのご相談を日常的にお受けしており、必要に応じて大腸内視鏡検査も行っています(AI診断支援システムを併用しています)。
ワルファリンなどの抗凝固薬を服用中で食事に不安のある方、整腸剤を長く飲んでいるけれど続けるべきか迷っている方は、ぜひご相談ください。管理栄養士4名が在籍していますので、食事の組み立てまで踏み込んだ相談が可能です。ご自身の腸内細菌の構成を知りたい方には、自費診療として腸内フローラ検査(マイキンソー プロ)もご用意しています。
この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の診断や治療については、医師にご相談ください。
Series
腸内細菌シリーズ(全5回+総まとめ)
- ビフィズス菌とは何か乳酸菌との違い、酢酸の働き、加齢による減少
- 酪酸菌とは何か大腸の細胞を養う酪酸、整腸剤の酪酸菌との違い
- 乳酸菌とは何か2020年の分類再編、効く場面と効かない場面
- 糖化菌とは何か(この記事)枯草菌と納豆菌、ほかの菌を助ける役割
- 耐性乳酸菌製剤とは何か抗菌薬と併用する整腸剤の仕組みと限界
- 総まとめ:5つの菌をどう考えるかシリーズの要点と早見表
参考文献
- Bacillus subtilis: from soil bacterium to super-secreting cell factory著者:van Dijl JM, Hecker M雑誌:Microb Cell Fact. 2013;12:3発行日:2013年1月14日DOI:10.1186/1475-2859-12-3要約:枯草菌の総説的な論説。土壌の上層に生息するグラム陽性菌でありながら、アミラーゼなどの酵素を1リットルあたりグラム単位で分泌できるため、酵素生産の主力宿主となっていることを解説している。
- Whole genome assembly of a natto production strain Bacillus subtilis natto from very short read data著者:Nishito Y, Osana Y, Hachiya T, ほか(最終著者 Sakakibara Y)雑誌:BMC Genomics. 2010;11:243発行日:2010年4月16日DOI:10.1186/1471-2164-11-243要約:納豆製造株BEST195の全ゲノムを解読した研究。予測遺伝子4375個のうち82.4%が実験室標準株と一対一で対応する一方、納豆のねばりに関わる領域には違いがあることを示した。
- The use of bacterial spore formers as probiotics著者:Hong HA, Duc LH, Cutting SM雑誌:FEMS Microbiol Rev. 2005;29(4):813-835発行日:2005年9月DOI:10.1016/j.femsre.2004.12.001要約:芽胞形成菌をプロバイオティクスとして用いることに関する総説。熱や胃酸への強さ、常温保存が可能なことといった製剤上の利点と、菌種ごとの安全性の課題を整理している。
- The intestinal life cycle of Bacillus subtilis and close relatives著者:Tam NKM, Uyen NQ, Hong HA, ほか(最終著者 Cutting SM)雑誌:J Bacteriol. 2006;188(7):2692-2700発行日:2006年4月DOI:10.1128/JB.188.7.2692-2700.2006要約:経口投与した芽胞が腸内でどうなるかを調べた研究。マウスの腸管内で発芽して増殖し、再び芽胞を形成することを遺伝子発現の解析で確認。単なる通過菌ではないことを示した。
- Effects of Live Combined Bacillus subtilis and Enterococcus faecium on Gut Microbiota Composition in C57BL/6 Mice and in Humans著者:Pi X, Teng W, Fei D, Zhao G, Liu W雑誌:Front Cell Infect Microbiol. 2022;12:821662発行日:2022年2月10日DOI:10.3389/fcimb.2022.821662要約:Bacillus subtilisとEnterococcus faeciumの併用を検討した研究。試験管内の共培養でBifidobacterium longumとClostridium butyricumの菌数が有意に増加した。
- Expert consensus document. The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics consensus statement on the scope and appropriate use of the term probiotic著者:Hill C, Guarner F, Reid G, ほか(最終著者 Sanders ME)雑誌:Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2014;11(8):506-514発行日:2014年8月DOI:10.1038/nrgastro.2014.66要約:国際学会による合意文書。プロバイオティクスを「十分な量を摂取したときに宿主に健康上の利益をもたらす生きた微生物」とするFAO/WHOの定義を再確認し、用語の適切な使い方を整理した。
- The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics (ISAPP) consensus statement on fermented foods著者:Marco ML, Sanders ME, Gänzle M, ほか(最終著者 Hutkins R)雑誌:Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2021;18(3):196-208発行日:2021年3月DOI:10.1038/s41575-020-00390-5要約:国際学会による合意文書。発酵食品の定義を定めるとともに、発酵食品をプロバイオティクスと呼べるのは菌株が特定され健康上の利益が実証されている場合に限ると明記した。
- Association of soy and fermented soy product intake with total and cause specific mortality: prospective cohort study著者:Katagiri R, Sawada N, Goto A, ほか(最終著者 Tsugane S)雑誌:BMJ. 2020;368:m34発行日:2020年1月29日DOI:10.1136/bmj.m34要約:45〜74歳の日本人約9万3千人を約15年追跡したJPHC研究。発酵大豆食品の摂取が多い群で総死亡率が約10%低く、納豆摂取者では心血管死も少なかった。大豆全体では関連なし。
- Intake of Fermented Soybeans, Natto, Is Associated with Reduced Bone Loss in Postmenopausal Women: Japanese Population-Based Osteoporosis (JPOS) Study著者:Ikeda Y, Iki M, Morita A, ほか(最終著者 Yoneshima H)雑誌:J Nutr. 2006;136(5):1323-1328発行日:2006年5月DOI:10.1093/jn/136.5.1323要約:日本人女性944人を3年追跡した研究。閉経後の女性では納豆摂取が多いほど大腿骨頸部と前腕の骨密度低下が小さかった。豆腐など他の大豆製品では同様の関連はみられなかった。
- Treatment of natto, a fermented soybean preparation, to prevent excessive plasma vitamin K concentrations in patients taking warfarin著者:Homma K, Wakana N, Suzuki Y, ほか(最終著者 Nakazawa H)雑誌:J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo). 2006;52(5):297-301発行日:2006年10月DOI:10.3177/jnsv.52.297要約:納豆1グラムに生きた枯草菌が10の9.7乗個含まれることを示し、摂取後5時間で血中メナキノン-7が約1.9から14.5 ng/mLへ上昇すること、加熱でこの上昇が大きく抑えられることを報告した。
- Characterization of Bacillus probiotics available for human use著者:Duc LH, Hong HA, Barbosa TM, Henriques AO, Cutting SM雑誌:Appl Environ Microbiol. 2004;70(4):2161-2171発行日:2004年4月DOI:10.1128/AEM.70.4.2161-2171.2004要約:市販されていたBacillus系プロバイオティクス製品5種類を解析した研究。含まれていた菌種にはBacillus cereusなどがあり、製品の品質と表示の信頼性に課題があることを示した。
- Personalized Gut Mucosal Colonization Resistance to Empiric Probiotics Is Associated with Unique Host and Microbiome Features著者:Zmora N, Zilberman-Schapira G, Suez J, ほか(最終著者 Elinav E)雑誌:Cell. 2018;174(6):1388-1405.e21発行日:2018年9月6日DOI:10.1016/j.cell.2018.08.041要約:11株のプロバイオティクスを投与し、内視鏡で腸粘膜を直接採取して評価した研究。定着の程度は人・部位・菌株ごとに大きく異なり、便の検査からは粘膜の状態を判別できなかった。