2026年11月05日

本当に見るべき「TG/HDL比」
ここまで、コレステロールそのものは悪者ではないこと、そして数字だけを見て薬で下げ続けることが、必ずしも最善ではないことをお伝えしてきました。
では、健康診断の結果が手元に届いたとき、私たちは何を手がかりに、自分の体の状態を判断すればよいのでしょうか。
LDLコレステロールの数字に一喜一憂する前に、私がまず見ていただきたいと考えている指標があります。それが「TG/HDL比」です。
計算はとても簡単です。健診の結果表から、「中性脂肪(TG)」の数値を、「HDLコレステロール」の数値で割り算してください。
たとえば、中性脂肪が150mg/dL、HDLが50mg/dLの方なら、
150 ÷ 50 = 3.0
中性脂肪が80mg/dL、HDLが60mg/dLの方なら、
80 ÷ 60 = 約1.3
となります。
なぜこの比率が大切なのでしょうか。第4章でお話ししたように、中性脂肪が高くHDLが低い状態が続くと、LDLの粒子が小さく変質し、血管の壁に入り込みやすく酸化されやすい「小型LDL」が増えていきます。一般的な健診ではLDLの「量」しか分かりませんが、TG/HDL比は、そのLDLの「質」を推し量る手がかりになるのです。
ここで、LDLコレステロールがどちらも150mg/dLの二人を比べてみましょう。
Aさんは、中性脂肪が70mg/dL、HDLが70mg/dL。TG/HDL比は1.0です。
Bさんは、中性脂肪が200mg/dL、HDLが40mg/dL。TG/HDL比は5.0です。
健診の結果表では、二人とも「LDL 150」で、同じように「*」がつきます。しかし、血管にとっての意味は大きく異なります。Bさんの血液中には、血管の壁に入り込みやすい小型LDLが多く含まれている可能性が高く、インスリン抵抗性も疑われます。一方のAさんでは、LDLの多くがふっくらとした通常サイズである可能性が高いのです。
同じ数字でも、中身は違う。TG/HDL比は、その違いを教えてくれる物差しなのです。
実は、日本のメタボリックシンドロームの診断基準にも、LDLコレステロールは含まれていません。腹囲(男性85センチ以上、女性90センチ以上)に加えて、血圧と血糖、そして脂質の項目として使われているのは、「中性脂肪150mg/dL以上」または「HDLコレステロール40mg/dL未満」です。インスリン抵抗性を中心とした代謝の乱れを見抜くうえで、医学の世界でも、中性脂肪とHDLの組み合わせが重視されているのです。
さらにこの比率は、インスリンの効きの悪さ(インスリン抵抗性)を映し出す鏡でもあります。スタンフォード大学のトレーシー・マクラフリンらの研究では、TG/HDL比が3.0以上の人では、インスリン抵抗性がある可能性が高いことが示されました。別の研究では、3.5以上という値が、インスリン抵抗性と小型LDLの多さをよく見分ける目安として報告されています。
これらはアメリカ人を対象とした研究です。日本人は欧米人に比べてインスリンを分泌する力がもともと弱く、太っていなくても代謝の乱れを起こしやすい体質だといわれます。そこで私は、臨床の目安として、TG/HDL
なお、中性脂肪は直前の食事やお酒の影響を大きく受けます。TG/HDL比を計算するときは、10時間以上食事をとらずに採血した「空腹時」の値を使ってください。
ただし、誤解のないように強調しておきます。「LDL
LDLコレステロールが180mg/dL以上ある方は、第4章でお話しした家族性高コレステロール血症の可能性を考える必要があります。また、心筋梗塞や脳梗塞を経験した方、糖尿病や慢性腎臓病のある方にとっては、LDLの管理も重要です。TG/HDL比は、LDLの数値と並べて、血管の状態を立体的に理解するための「もう一つの物差し」だと考えてください。
健診の結果表で、あわせて見ていただきたい項目もあります。HbA1cや空腹時血糖(糖の代謝)、ALTやγ-GTP(脂肪肝のサイン)、血圧、そして腹囲です。これらはいずれも、第4章で紹介した「放火魔」たちの勢いを知る手がかりになります。余裕があれば、血管の炎症の程度を推し量る「高感度CRP」という検査を受けてみるのもよいでしょう。風邪などで一時的に上がることもあるため、体調のよいときに測ることが大切です。
さらに一歩進んで、数字ではなく「血管そのもの」を調べる方法もあります。首の動脈を超音波で観察する頸動脈エコー、血管の硬さを測るPWV
中性脂肪を下げる本当の方法――糖質管理という最適解
では、TG/HDL比を改善するにはどうすればよいのでしょうか。答えは明快です。分子である中性脂肪を下げ、分母であるHDLを上げればよいのです。
ここで、多くの人が抱いている大きな誤解を解いておく必要があります。
健診で「中性脂肪が高いですね」と言われたとき、ほとんどの人はこう考えます。
「中性『脂肪』というくらいだから、肉の脂身や揚げ物を食べすぎたせいだ。今日から焼肉や唐揚げは我慢して、あっさりしたざるそばやうどんにしよう」
しかし、多くの場合、これは逆効果です。
確かに、食事でとった脂肪は、食後数時間のあいだ、一時的に血液中の中性脂肪を押し上げます。けれども、健診の空腹時の中性脂肪を慢性的に高くしている主な原因は、多くの場合、肝臓で作られる中性脂肪のほうなのです。
ご飯やパン、麺類、甘い菓子や清涼飲料水などの糖質をとると、ブドウ糖として吸収され、血糖値が上がります。すると膵臓からインスリンが分泌され、ブドウ糖を細胞に取り込ませます。
しかし、デスクワーク中心の現代人は、昔の人ほど体を動かしません。エネルギーとして使いきれずに余ったブドウ糖は、肝臓で中性脂肪に作り替えられ、肝臓にたまったり、血液中に送り出されたりします。清涼飲料水などに多い果糖や、アルコールは、とりわけ肝臓での中性脂肪づくりを強く促すことが知られています。
つまり、お腹まわりについた脂肪や、血液中の中性脂肪の主な原料は、多くの場合「肉の脂」ではありません。健康によいと信じて食べていた大盛りの白いご飯であり、手軽に済ませた「ざるそばとおにぎりのセット」であり、食後の甘いデザートや、毎晩の晩酌なのです。
私のクリニックでは、腕に小さなセンサーを貼って24
解決策はシンプルです。「脂を避ける」という古い常識をいったん脇に置き、毎日の「糖質」を上手に管理することです。
極端に糖質をゼロにする必要はありません。どんぶり飯を、普通のお茶碗に軽く一杯にする。菓子パンや甘い缶コーヒーをやめる。食事のときは、野菜や肉、魚、卵をしっかり食べて、ご飯や麺類は最後に少しだけ食べる。こうした小さな工夫の積み重ねで十分です。当院でも、管理栄養士とともに、糖質の管理を軸にした食事の指導を行っています。
糖質を適切に管理し始めると、体は驚くほど早く変化します。早い方なら数週間で、高止まりしていた中性脂肪が下がり始めます。そして中性脂肪が下がると、シーソーのように、HDLコレステロールが少しずつ上がっていきます。TG/HDL比は改善し、血液中の小型LDLも減っていくと考えられます。
ただし、次のような方は、糖質の管理を始める前に、必ず主治医に相談してください。
- インスリンや一部の飲み薬(SU薬など)、SGLT2阻害薬などで糖尿病の治療を受けている方(低血糖などの危険があります)
- 慢性腎臓病などで、タンパク質の摂取量に制限がある方
- 中性脂肪が500mg/dLを超えるなど、著しく高い方(急性膵炎の危険があり、脂質の制限を含む医療的な管理が必要です)
また、糖質を控えて肉や乳製品の脂肪を多くとるようになると、人によってはLDLコレステロールがかえって上がることがあります。その場合も慌てる必要はありませんが、TG/HDL比や血糖、血圧、血管の検査などを合わせて総合的に判断し、脂質のとり方を魚やオリーブオイル中心に見直すなどの調整をしていきましょう。LDLが180mg/dLを超えるような上がり方をした場合は、医師に相談してください。
今日からできる「食べ方」の工夫
ここで、毎日の食事で実践していただきたいポイントを整理しておきます。どれも特別な食材や道具を必要としない、今日から始められることばかりです。
主食は「軽く一杯」に。ご飯は大盛りをやめ、軽く一杯を目安にします。パンや麺類が続かないよう、一日のなかで主食の回数と量を意識しましょう。
食べる順番を変える。まず野菜やきのこ、海藻を食べ、次に肉や魚、卵、大豆製品などのおかずを、そして最後にご飯や麺類を食べます。食物繊維とタンパク質を先にとることで、食後の血糖値の上昇がゆるやかになることが、研究でも確かめられています。
甘い飲み物をやめる。清涼飲料水、加糖の缶コーヒー、スポーツドリンク、果汁ジュースは、血糖値を急上昇させる「液体の糖」です。飲み物は水やお茶、無糖のコーヒーを基本にしましょう。果物は、ジュースではなく、丸ごとを適量楽しむのがお勧めです。
卵を恐れない。第1章でお話ししたように、多くの人にとって、卵は1日1〜2個食べても問題ありません。良質なタンパク質とビタミン、ミネラルを含む、手軽で優れた食品です。ただし、家族性高コレステロール血症の方やLDLが非常に高い方は、医師と相談してください。
青魚を週に2〜3回。サバ、イワシ、サンマなどの青魚には、炎症を鎮めるオメガ3系の脂肪酸がたっぷり含まれています。サバ缶やイワシ缶を活用すれば、手間もかかりません。
油は「質」で選ぶ。加熱調理にはオリーブオイルやごま油、適量のバターなどを使い、揚げ油の使い回しは避けましょう。えごま油やアマニ油は熱に弱いので、加熱せずにサラダなどにかけて使います。原材料表示に「ショートニング」や「ファットスプレッド」とある加工食品は、控えめにするのが賢明です。
食物繊維と発酵食品を毎日。海藻、きのこ、ごぼうやオクラなどの野菜、納豆やみそ、大麦(もち麦)などを、日々の食卓に取り入れましょう。これらは次の節でお話しする「腸内環境」を整えるための大切な食材です。
お酒はほどほどに。アルコールは中性脂肪を押し上げます。休肝日を設け、飲むときは量を決めておきましょう。
食後に少し歩く。食後10〜15分程度の軽い散歩でも、食後の血糖値の上昇を抑える効果が期待できます。筋肉はブドウ糖の大きな「消費先」ですから、筋力トレーニングで筋肉を維持することも、糖の代謝を助けてくれます。
そして、ゆっくりよく噛んで、腹八分目を心がけること。昔から言われてきた知恵は、現代の科学から見ても理にかなっています。
日本の食卓が持っていた知恵
ここで、日本の伝統的な食卓を振り返ってみましょう。
ご飯に汁物、そしておかずが三品――「一汁三菜」と呼ばれる日本の食事の形には、実はよく考えられた知恵が詰まっています。魚や大豆製品からは良質なタンパク質と脂質を、野菜や海藻、きのこからは食物繊維やミネラルを、そしてみそや納豆、漬物などの発酵食品からは、腸内細菌を育てる力を得ることができます。
日本動脈硬化学会も、魚や大豆、野菜、海藻、きのこなどを組み合わせた、日本の伝統的な食事のパターンを勧めています。この点については、私も大いに賛成です。
ただし、伝統的な日本食にも、弱点が二つあります。一つは、塩分が多くなりやすいこと。もう一つは、白いご飯をたくさん食べる習慣です。かつての日本人は、田畑で一日中体を動かしていたため、大量のご飯をエネルギーとして使い切ることができました。しかし、デスクワーク中心の現代人が、同じ量のご飯を食べれば、糖質は余ってしまいます。
一汁三菜の形はそのままに、ご飯は軽めにして、おかずをしっかり食べる。汁物や漬物の塩分は控えめにする。これが、伝統の知恵を現代の暮らしに生かす、最も無理のない方法だと私は考えています。
糖質は「量」だけでなく「質」も
糖質を管理するとき、量と同じくらい大切なのが「質」です。
同じご飯でも、白米だけより、玄米や雑穀、大麦(もち麦)を混ぜたご飯のほうが、食物繊維が多く、血糖値の上がり方がゆるやかになります。パンなら白いパンより全粒粉のパン、麺ならうどんよりそばのほうが、一般に血糖値は上がりにくいとされています。
また、炊いたご飯を冷ますと、デンプンの一部が消化されにくい「レジスタントスターチ」に変わります。おにぎりや冷やご飯は、腸内細菌のよいエサにもなるのです。
果物は、ビタミンや食物繊維を含む大切な食品ですが、果糖も含んでいます。丸ごとの果物を一日に握りこぶし一つ分ほど楽しむのは問題ありませんが、ジュースやドライフルーツで大量にとるのは控えましょう。
そして、最も減らしたいのが、精製された砂糖や異性化糖を大量に含む清涼飲料水やお菓子です。糖質の管理は、まずこの「最も質の悪い糖」を減らすところから始めるのが、いちばん効果的で、続けやすい方法なのです。
一日の食事をイメージする
具体的に、一日の食事の例を挙げてみましょう。あくまでも一例ですので、ご自身の好みや体調に合わせて調整してください。
朝食は、目玉焼きやゆで卵、だし巻き卵などの卵料理に、納豆、わかめや豆腐のみそ汁、野菜のおかず。ご飯を食べるなら、軽く一杯を目安にします。パン派の方は、菓子パンや甘いシリアルを避け、パンは少なめにして、卵やチーズ、サラダと組み合わせましょう。
昼食は、外食なら、丼ものや麺類の単品よりも、主菜と副菜がそろった定食を選び、「ご飯少なめ」を頼みます。
夕食は、魚や肉、大豆製品などの主菜に、野菜やきのこ、海藻を使った副菜を二品ほど、そして汁物。ご飯は少なめにするか、晩酌をする日は主食を控えるのも一つの方法です。
間食をとるなら、甘い菓子の代わりに、素焼きのナッツやチーズ、無糖のヨーグルトなどがお勧めです。
参考までに、ご飯に含まれる糖質の量を知っておくと便利です。茶碗に普通に一杯(約150
外食とコンビニを味方にする
忙しい毎日のなかで、毎食を手作りするのは簡単ではありません。外食やコンビニも、選び方次第で十分に味方になります。
外食で気をつけたいのは、「炭水化物と炭水化物」の組み合わせです。ラーメンとチャーハン、うどんと天丼、パスタとパンのセットは、糖質が一度に大量に入ってきます。定食を選び、ご飯は少なめに。麺類を食べるなら、具の多いものを選び、汁はほどほどにしておきましょう。
コンビニでは、サラダチキンやゆで卵、焼き魚、豆腐、おでん(大根、卵、こんにゃく、昆布など)、カップのサラダや無糖のヨーグルトなどを組み合わせると、糖質を抑えながら、タンパク質と食物繊維をとることができます。おにぎりやパンを買うなら「1個まで」と決めておくと、主食の量を管理しやすくなります。
飲み物は、無糖のお茶や水を選びましょう。「野菜ジュース」や「スムージー」も、商品によっては多くの糖質を含んでいますので、栄養成分表示を確かめる習慣をつけてください。
体を動かし、続けるためのコツ
食事と並んで大切なのが、体を動かすことです。特別な運動でなくても構いません。まずは、食後に10〜15分歩くことから始めてみてください。一日の歩数は、大人なら8000歩前後、高齢の方なら6000歩前後を一つの目安にするとよいでしょう。
それに加えて、週に2回ほど、スクワットなどの筋力トレーニングを取り入れることをお勧めします。筋肉は、体の中で最も多くのブドウ糖を使う場所です。筋肉を保つことは、糖の代謝を整えるだけでなく、年をとってからのフレイルを防ぐことにもつながります。持病のある方や、長く運動から離れていた方は、主治医に相談してから始めてください。
そして、何よりも大切なのは「続けること」です。
完璧を目指す必要はありません。毎日の食事の8割ほどを整えられれば十分です。外食や付き合いの席では、気にせず楽しんでください。次の食事から、また整えればよいのです。
週に一度、体重と腹囲を記録してみましょう。数字の変化は、続ける励みになります。そして、3か月ほど続けたら、もう一度血液検査を受けてみてください。中性脂肪が下がり、HDLが上がり、TG/HDL比が改善していれば、体があなたの努力にきちんと応えてくれている証拠です。
健診や血液検査の結果は、次のような項目を一冊のノートにまとめておくと、変化がひと目で分かり、主治医との相談にも役立ちます。
- 体重と腹囲、血圧
- 中性脂肪、HDLコレステロール、TG/HDL比
- LDLコレステロール(またはnon-HDLコレステロール)
- HbA1c、空腹時血糖
- ALT、γ-GTP(脂肪肝の目安)
ご家族と一緒に取り組むことや、管理栄養士などの専門家の力を借りることも、長く続けるための大きな支えになります。
腸内環境と短鎖脂肪酸がもたらす抗炎症作用
糖質の管理は、細胞から健康を取り戻すための大切な一歩です。しかし、それだけではまだ半分です。動脈硬化の根っこにある「慢性炎症」を鎮めるために、もう一つ鍵を握る場所があります。「腸」です。
私は消化器内科医として、毎日のように内視鏡で患者さんの胃や腸の粘膜を観察しています。そのなかで痛感するのは、腸は単なる消化の器官ではないということです。腸には全身の免疫細胞の6〜7割が集まっているといわれ、私たちの体を守る「免疫の司令塔」として働いています。
この司令塔を動かす重要な信号物質の一つが、「短鎖脂肪酸」です。
私たちが食物繊維を多く含む食事をとると、腸内に住む細菌たちがそれをエサにして発酵させ、酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸を作り出します。冷めたご飯などに含まれる「レジスタントスターチ(消化されにくいデンプン)」も、腸内細菌のよいエサになります。
2013年、理化学研究所などの日本の研究チームは、腸内細菌が作る酪酸が、免疫の暴走を抑える「制御性T細胞(Treg)」を増やすことを明らかにし、科学誌『ネイチャー』に発表しました。同じ時期には海外の研究チームからも同様の報告が相次ぎ、腸内細菌と免疫の研究は一気に注目を集めることになります。制御性T細胞は、過剰な免疫反応をなだめる、いわば「炎症の火消し役」です。
短鎖脂肪酸の働きは、腸の中だけにとどまりません。血液に乗って全身に運ばれ、代謝や食欲、炎症の調整にも関わっていることが分かってきました。動物実験では、酪酸を作る腸内細菌が、動脈硬化の進行を抑えることを示した研究も報告されています。
一方で、腸内細菌は、使い方次第で「敵」にもなり得ます。卵や赤身の肉に含まれる成分を腸内細菌が分解すると、「TMAO」という物質のもとが作られ、これが動脈硬化を促す可能性があるという研究もあるのです。
ここから見えてくるのは、同じ食べ物でも、腸内環境によって血管への影響が変わり得るということです。食物繊維をしっかりとり、腸内細菌のバランスを整えておくことは、何を食べるかと同じくらい大切なのです。
また、青魚に含まれるEPAやDHAからは、炎症を「終わらせる」働きを持つ物質が作られることも分かってきました。炎症は、火をつけないことと同じくらい、上手に消し止めることが大切なのです。
薬で無理やりコレステロールの数を減らす前に、毎日の食事で腸内環境を整え、体がもともと持っている炎症の制御システムを働かせること。それは、人間の体に備わった、最も安全で持続的な「抗炎症療法」だと私は考えています。
眠りと呼吸を整える
真の健康を取り戻すためのピースは、食事だけではありません。食事と同じくらい、私が診療の現場で重視しているのが「睡眠と呼吸の質」です。
健診でコレステロールや中性脂肪、血圧の高さを指摘されて来院される患者さんのなかには、「睡眠時無呼吸症候群」が隠れている方が少なくありません。
睡眠時無呼吸症候群は、眠っているあいだに喉の奥の気道がふさがり、呼吸が何度も止まったり浅くなったりする病気です。呼吸が止まると、体は酸素不足に陥り、脳は危険を察知して、眠っているにもかかわらず交感神経(緊張の神経)を強く働かせます。
これが一晩に何十回、何百回と繰り返されると、どうなるでしょうか。ストレスホルモンが増え、血管には炎症が起き、インスリンの効きが悪くなります。その結果、血糖値や中性脂肪、血圧が上がり、動脈硬化が進みやすくなるのです。第4章で「見落とされがちな放火魔」と呼んだのは、このためです。
日本人を含むアジア人は、欧米人に比べてあごが小さく、気道が狭くなりやすい骨格を持つ人が多いといわれます。そのため、太っていなくても睡眠時無呼吸症候群になることがあります。
大きないびきをかく、眠っているときに呼吸が止まっていると家族に言われる、日中に強い眠気がある、朝起きたときに頭が痛い、夜中に何度もトイレに起きる――。こうした方は、一度検査を受けてみてください。検査は、自宅で行える簡易な検査から始められることが多くなっています。
治療の中心となるのは、「CPAP
こうした方にコレステロールを下げる薬だけを処方しても、根本的な解決にはなりません。睡眠中の呼吸を整えることで、交感神経の過剰な緊張が解け、血圧や脂質、血糖の数値が改善していく患者さんを、私はこれまで何人も見てきました。効果には個人差がありますが、眠りと呼吸を整えることは、代謝を立て直すための重要な土台なのです。
CPAPのほかにも、症状の程度や原因に応じて、いくつかの方法があります。軽症から中等症の方では、下あごを少し前に出した状態で固定するマウスピース(口腔内装置)が有効な場合があります。太っている方では減量が、あおむけで寝ると悪化する方では横向きで寝る工夫が、それぞれ役立ちます。扁桃腺が大きいなど、のどの形に原因がある場合には、手術が検討されることもあります。どの方法が合うかは、検査の結果をもとに医師と相談してください。
睡眠時無呼吸症候群に限らず、睡眠そのものの質も大切です。寝不足が続くと、食欲を高めるホルモンが増え、甘いものが欲しくなります。寝る直前の飲酒は、睡眠を浅くし、無呼吸を悪化させます。毎日同じ時刻に起き、朝の光を浴び、夜はスマートフォンの画面から離れて、ぐっすり眠る環境を整えましょう。
ストレスをため込まない
慢性炎症の火種として、もう一つ忘れてはならないのが「ストレス」です。
強いストレスが長く続くと、ストレスホルモンのコルチゾールが増え、交感神経の緊張が続きます。血圧や血糖値は上がりやすくなり、眠りは浅くなり、甘いものやお酒に手が伸びやすくなります。世界52カ国の心筋梗塞の患者さんを調べた大規模な研究でも、精神的なストレスは、喫煙や高血圧などと並ぶ、心筋梗塞の重要な危険因子の一つとされています。
ストレスをゼロにすることはできません。大切なのは、ため込まずに、上手に解きほぐす時間を持つことです。
その一つとして、私がお勧めしているのが、ゆっくりとした深い呼吸です。鼻から数秒かけて息を吸い、それより長い時間をかけて口からゆっくり吐く。これを数分続けるだけでも、副交感神経(リラックスの神経)が働きやすくなります。
日本人になじみ深い「お風呂」も、すぐれた養生の一つです。国内の大規模な研究では、湯船につかる習慣のある人ほど、心血管病が少ない傾向が報告されています。ただし、寒い季節に熱いお湯に急に入ると、血圧が乱高下する「ヒートショック」の危険があります。特に高齢の方は、脱衣所や浴室を温め、お湯の温度は40℃前後のぬるめにし、長湯を避けてください。食後すぐや飲酒後の入浴も控えましょう。
そして、家族や友人と語り合うこと、自然の中を歩くこと、趣味に没頭すること。こうした時間も、心と体の緊張をほどき、炎症の火種を小さくしてくれるのです。
タバコは、いますぐやめる
本ブログの最後に、あらためて強調しておきたいことがあります。タバコを吸っている方にとって、最も効果の大きい「養生」は、禁煙です。
第4章でお話ししたように、喫煙は血管の内皮を傷つけ、LDLを酸化させ、HDLを減らし、血液を固まりやすくします。どんなに食事に気をつけても、タバコを吸い続けていては、その努力の多くが打ち消されてしまいます。
うれしいことに、禁煙の効果は早く現れます。禁煙して1年ほどで、心臓病のリスクは大きく下がることが知られています。何歳からでも、やめるのに遅すぎることはありません。
加熱式たばこも、健康への害がないわけではありません。自力での禁煙が難しい方は、医療機関の禁煙外来を利用してください。条件を満たせば、健康保険で治療を受けることもできます。
「現代の養生」へ
最後に、私が漢方医学の立場から大切にしている考え方をお伝えします。
漢方医学の世界には、古くから「養生(ようじょう)」という言葉があります。病気になってから強い薬で症状を抑え込むのではなく、日々の食事、睡眠、呼吸、体の動かし方、心の持ち方を整え、体が本来持っている力を最大限に引き出すという考え方です。
中国の古典医学書『黄帝内経(こうていだいけい)』には、「聖人は已(すで)に病みたるを治さず、未だ病まざるを治す」という言葉があります。すぐれた医師は、病気になってから治すのではなく、病気になる前の段階――「未病」のうちに手を打つ、という意味です。
江戸時代の儒学者、貝原益軒は、八十歳を超えてから著した『養生訓』のなかで、食事についてこう説いています。
珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の禍あり。
どんなにおいしいごちそうを前にしても、八、九分目でやめておきなさい。満腹まで食べると、後で災いを招く――。三百年以上前の言葉ですが、血糖値の乱高下やインスリンの過剰を防ぐという現代の知見と、見事に重なり合っています。
現代の医療は、血液検査の「数字」だけを見て、それを薬で押し下げようとすることに偏りがちです。しかし、人間の体はすべてがつながり合った、一つの小宇宙のような存在です。体全体を見なければ、本当の解決にはたどり着けません。
本ブログでお伝えしてきた「現代の養生」を、最後にまとめておきましょう。
- タバコを吸っている方は、まず禁煙すること
- 毎日の糖質を上手に管理し、インスリンの過剰を防ぐこと
- 食物繊維と発酵食品、青魚をしっかりとり、腸内環境と炎症のバランスを整えること
- 卵や肉、魚などのタンパク質を十分にとり、筋肉を保つこと
- 食後に歩き、日々体を動かすこと
- ぐっすり眠り、睡眠中の呼吸を整えること
- 自分の数字の意味を理解し、主治医と対等に話し合うこと
漢方の診療では、一人ひとりの体質に合わせて漢方薬を使うこともあります。ただし、漢方薬にも副作用はありますから、使う場合は専門の医師や薬剤師に相談してください。
最新の科学が解き明かしてきた、血管の炎症や腸内細菌、睡眠と代謝のつながりというミクロの知見は、東洋医学が数千年にわたって説いてきた「養生」というマクロの知恵と、いま一つに結びつこうとしています。
あなたの命を守る答えは、誰かの都合で引かれた線の中だけにあるのではありません。日々の暮らしを慈しみ、全身の細胞を整える「あなた自身の養生」の中にこそ、真の健康への鍵があるのです。
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千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介