2026年11月05日

コレステロールが低いほど長生きできない?
「コレステロールは、低ければ低いほど体によい」
もしあなたが今もそう信じているなら、これからお話しする事実は、その常識を揺るがすかもしれません。特に、ご自身が高齢である方や、高齢のご両親がいらっしゃる方には、ぜひ知っておいていただきたい内容です。
国内外の多くの疫学調査で、高齢者では、コレステロールの値が高い人ほど死亡率が低く、逆に低い人ほど死亡率が高いという、意外な関係が繰り返し報告されてきました。医学の世界では、これを「コレステロール・パラドックス(逆説)」と呼ぶことがあります。
よく知られているのが、ハワイに住む日系アメリカ人男性を長年追跡した「ホノルル心臓研究」です。2001年に『ランセット』に発表された分析では、71〜93歳の男性約3600人を調べたところ、コレステロールが低い人ほど死亡率が高く、とりわけコレステロールが低い状態が長く続いていた人で、死亡のリスクが最も高いことが示されました。日本人と同じ遺伝的な背景を持つ人たちのデータであるという点でも、私たちにとって見過ごせない結果です。
2016年には、60歳以上の高齢者約6万8000人を対象とした19の研究をまとめた系統的レビューが『BMJオープン』に発表されました。その結果、参加者の9割以上を占める研究で、LDLコレステロールが高い人ほど総死亡が少ないという逆の関係が見られ、LDLが高いほど死亡が多いという関係は、どの研究でも見られなかったのです。
コレステロールと心臓病の関係を世界に示したフラミンガム研究でさえ、興味深い結果を残しています。1987年に発表された30年間の追跡結果では、50歳未満ではコレステロールが高い人ほど死亡が多かったものの、50歳を過ぎると、コレステロールの高さと死亡率のあいだに明らかな関係は見られなくなりました。さらに、追跡期間中にコレステロールが下がっていった人ほど、その後の死亡率が高かったのです。研究者たちは、その一部は病気によってコレステロールが下がった影響だと考えましたが、少なくとも「年を重ねても、低ければ低いほどよい」という単純な結論は導けないことが分かります。
日本でも、地域の住民を長年追跡した研究で、コレステロールが低いグループの死亡率が高いという結果が報告されています。
もちろん、ここで注意しなければならない点があります。
がんや肝臓の病気、慢性的な炎症、低栄養などがあると、それ自体がコレステロールを下げます。つまり、「コレステロールが低いから死亡が増える」のではなく、「病気が隠れているからコレステロールが低く、死亡も増える」という、逆向きの因果関係が含まれている可能性があるのです。研究者たちは、追跡を始めてすぐに亡くなった人を除外するなどの工夫をしており、それでも関係が残ったとする報告もありますが、この影響を完全に取り除くことは困難です。
それでも、少なくともこれだけは言えます。「高齢者のコレステロールが高いことは危険だ」という単純な図式は、データによって支持されていない、ということです。
LDLは体を守る「パトロール隊」でもある
なぜ、高齢者ではコレステロールが高いことが、必ずしも不利にならないのでしょうか。
第1章でお話ししたように、コレステロールは細胞膜やホルモンの材料です。加齢とともに体の修復力や免疫力が落ちていくなかで、その材料が十分にあることは、体にとって大きな支えになると考えられます。
さらに興味深いのは、LDLが感染症から体を守る働きにも関わっている可能性があることです。
細菌の一部は、「エンドトキシン(内毒素)」と呼ばれる強い毒素を持っています。実験研究では、LDLなどのリポタンパク質がこの毒素に結合し、その働きを弱めることが示されています。LDLが生まれつき非常に高いマウスでは、エンドトキシンや細菌感染による死亡が少なかったという報告もあります。
また、重い感染症である敗血症の患者さんでは、血液中のコレステロールが急激に低下し、その低下が大きいほど経過が悪いことが知られています。
もちろん、これらは主に実験や観察から得られた知見であり、「コレステロールが高ければ感染症に強くなる」と単純に言えるわけではありません。しかし、血液中のLDLが、ただの「悪玉」ではなく、体を守る「パトロール隊」としての顔も持っている可能性は、もっと知られてよいでしょう。
高齢者の低コレステロールには、もう一つ見逃せない意味があります。それは、「低栄養」のサインであることが多いという点です。
食が細くなり、肉や卵、魚などのタンパク質や脂質を十分にとれなくなると、コレステロールの値は下がっていきます。血液中のアルブミンというタンパク質の値と同じように、コレステロールの低さは、体が「フレイル(虚弱)」に向かっていることを知らせる警告灯である場合があるのです。
では、がんとの関係はどうでしょうか。
観察研究では、コレステロールが低い人に、がんによる死亡が多いという報告が少なくありません。ただし、ここでも「逆の因果関係」に注意が必要です。まだ見つかっていないがんがあると、その影響でコレステロールが下がることがあるからです。一方、スタチンの大規模な臨床試験をまとめた解析では、スタチンでコレステロールを下げても、がんが増えることは示されていません。
つまり、「コレステロールを下げるとがんになる」と単純に言うことはできません。それでも、「コレステロールが低い」という事実が、体のどこかで何かが起きているサインである可能性は、心に留めておく価値があるでしょう。
日本人と脳卒中――栄養が足りなかった時代
日本人のコレステロールを考えるうえで、欠かすことのできない歴史があります。脳卒中との闘いです。
1951年から1980年までの約30年間、日本人の死因の第1位は脳卒中でした。とりわけ多かったのが、脳の血管が破れる「脳出血」です。塩分の多い食事をとり、肉や卵、乳製品の少ない食生活を送っていた地域では、脳出血が多発していました。当時の日本人のコレステロール値は、今よりずっと低いものでした。
その後、減塩の取り組みや血圧の治療が広がるとともに、日本人の食生活は豊かになり、肉や卵、牛乳などからタンパク質や脂質をとる機会が増えていきました。それにつれて、脳出血による死亡は劇的に減少していったのです。
その間、日本人の平均的なコレステロール値は上昇してきました。しかし、年齢の影響を除いた心筋梗塞の死亡率が、それに見合うほど大きく増えたわけではありません。
近年の日本の研究も、この歴史を裏付けています。
茨城県の約9万人を追跡した研究では、LDLコレステロールが80mg/dL未満と低いグループで、脳出血による死亡のリスクが高くなっていました。公平のために付け加えると、同じ研究では、LDLが高いグループで冠動脈疾患による死亡が多い傾向も見られています。
また、国内の複数の地域で住民を追跡した大規模な研究(JPHC研究)では、肉や乳製品などに多い飽和脂肪酸の摂取が多い人ほど、脳出血や、細い血管が詰まるタイプの脳梗塞が少ないことが報告されました。その一方で、心筋梗塞はやや多い傾向がありました。
日本人の体質と生活環境の関係を考えるうえで、もう一つ有名な研究があります。広島・長崎に住む日本人男性と、ハワイやカリフォルニアに移り住んだ日系人男性を比べた「ニホンサン研究」です。
この研究では、日本からハワイ、カリフォルニアへと生活が欧米化するにつれて、血液中のコレステロールも心臓病も多くなっていく一方で、脳卒中はむしろ日本に住む人たちで多いという、対照的な傾向が見られました。
これは、「脂肪をとるとコレステロールが上がり、心臓病が増える」という説を支持する結果とも読めます。しかし、移り住んだ人たちの生活で変わったのは、脂肪の量だけではありません。砂糖や精製された炭水化物の摂取、肥満、運動量、ストレスや人間関係のあり方まで、暮らしのすべてが変わっていたのです。同じ遺伝的背景を持つ人たちでも、生活環境によって、かかりやすい病気がこれほど変わる。このことこそが、ニホンサン研究の最も大きな教訓だといえるでしょう。
日本国内にも、生活の変化が健康に与える影響を物語る例があります。沖縄です。
かつて沖縄は、日本一の長寿県として世界から注目を集めていました。伝統的な沖縄の食事は、サツマイモを主食とし、野菜や豆腐、海藻、そして豚肉を、脂を上手に落としながら丸ごと食べるものでした。人々はよく体を動かし、地域のつながりも強かったといわれます。
ところが戦後、アメリカ統治の影響もあってファストフードや加工食品がいち早く広まり、車社会が進んで、歩く機会は大きく減りました。2000年の都道府県別の平均寿命で、沖縄の男性は26位にまで順位を下げ、「26ショック」と呼ばれる衝撃を与えます。その後も、沖縄の順位は下がり続けました。
伝統的な沖縄の食事は、サツマイモが中心で、決して糖質が少ない食事ではありませんでした。それでも長寿を保てたのは、精製されていない食品を中心に、よく体を動かしていたからだと考えられます。ここでも、問題は一つの栄養素ではなく、暮らし全体の変化だったのです。
こうしたデータが示しているのは、コレステロールや動物性の脂肪には、「低すぎる」ことにも固有のリスクがある、ということです。最適な値は「低ければ低いほどよい」ではなく、ほどよい範囲にあると考えるべきでしょう。
さらに、気になるデータもあります。脳卒中を経験した人に強力なスタチンを投与した海外の大規模試験では、脳梗塞などは減った一方で、脳出血がやや増えることが示されました。日本人は欧米人に比べて、脳卒中のなかに占める脳出血の割合が高いことを考えると、これは決して無視できない問題です。
日本でも、脳梗塞を経験した人を対象に、少量のスタチンの効果を調べた臨床試験が行われています。その結果、脳卒中の再発全体は統計的に明らかには減らなかった一方で、太い血管の動脈硬化が原因となるタイプの脳梗塞は減っていました。脳卒中とひと口に言っても、そのタイプによって、コレステロールとの関係は大きく異なるのです。
欧米で得られたデータを、そのまま日本人に当てはめてよいのか。日本人には日本人の歴史と体質に合った、コレステロールとのつき合い方があるはずです。
日本の高齢者に起きていること――低栄養とフレイル
高齢者の健康にとって、コレステロールの数字よりもはるかに差し迫った問題があります。「低栄養」と「フレイル」です。
フレイルとは、年齢とともに筋力や体力、気力が衰え、介護が必要な状態の一歩手前にあることを指す言葉です。その中心にあるのが、筋肉の量と力が落ちる「サルコペニア」という変化です。体重が減る、歩くのが遅くなる、握力が落ちる、疲れやすくなる、活動量が減る――。こうした変化が重なると、転倒や骨折、肺炎などをきっかけに、一気に寝たきりへと進んでしまうことがあります。
国の調査では、65歳以上の高齢者のうち、男性の1割強、女性の2割ほどが「低栄養傾向」にあると報告されています。食が細くなり、肉や魚、卵を食べる量が減ると、筋肉の材料となるタンパク質が足りなくなります。そこへ「コレステロールが高いから、卵や肉は控えましょう」という指導が重なれば、フレイルへの坂道を、自ら転げ落ちていくことにもなりかねません。
高齢の方の健康を守るうえで本当に大切なのは、体重や筋肉の量、握力、歩く速さ、そして食欲です。半年で体重が2〜3キロ以上減った、ペットボトルのふたが開けにくくなった、横断歩道を青信号のうちに渡りきれなくなった――。こうした変化は、コレステロールの数字よりも、はるかに重要なサインなのです。
八十歳の「数値改善」が奪ったもの
ここで、私が診療のなかで見聞きしてきた典型的な経過をもとに、一つの物語をお話しさせてください。
80歳の男性が、健診の結果を持ってクリニックを訪れました。肉が大好きで食欲も旺盛、毎日の散歩も欠かさない、元気な方です。総コレステロールは240mg/dL。心筋梗塞や脳梗塞を起こしたことはありません。
ガイドラインの数字に忠実な医師であれば、こう言うかもしれません。
「コレステロールが高いですね。このままでは動脈硬化が進みます。卵や肉は控えめにして、薬を飲みましょう」
真面目な男性は、医師の言葉を守りました。大好きな卵や肉を我慢して、あっさりした食事に切り替え、スタチンを毎日飲み続けます。半年後、コレステロールは170mg/dLまで下がりました。
「数値がよくなりましたね」と、医師は満足そうにうなずきます。
しかし、男性の体の中では何が起きていたでしょうか。
肉や卵を減らしたことで、タンパク質が足りなくなり、筋肉は少しずつ痩せていきました。なんとなく足がだるく、疲れやすい。薬の影響なのか、食事の変化なのか、年齢のせいなのか、はっきりとは分かりません。階段を上るのがおっくうになり、散歩の距離は短くなり、外に出る機会も減っていきます。
そしてある冬、風邪をこじらせて肺炎で入院し、退院するころには、一人で歩くのも難しくなっていました。
この経過のどこまでが薬や食事制限のせいなのかを、厳密に証明することはできません。しかし、カルテの上では「コレステロールの数値は改善した」と記録されるこの物語を、私たちは本当に「医療の成功」と呼べるのでしょうか。
75歳以上の高齢者が、心筋梗塞などを予防する目的でスタチンを飲み始めることの恩恵については、十分な証拠がそろっているとは言えません。日本動脈硬化学会のガイドラインも、この年代の一次予防については、主治医が一人ひとりの状態を見て判断することを求めています。
日本では、75歳以上の人を対象に、コレステロールの吸収を抑える別の薬(エゼチミブ)で心血管病が減ったとする臨床試験も報告されています。ただし、この試験でも総死亡に差は見られておらず、参加者も医師も、どの薬を使っているかを知った状態で行われたという限界があります。
逆に、すでにスタチンを飲んでいる方が薬をやめた場合はどうなるのでしょうか。アメリカでは、重い病気で余命が限られていると考えられる患者さんを対象に、スタチンを続けるグループとやめるグループを比べた試験が行われました。その結果、二つのグループのあいだで、その後の死亡や心血管病の発症に統計的に明らかな差は見られず、やめたグループでは生活の質がむしろよい傾向にありました。もちろん、これは特定の状況にある方々を対象とした結果であり、すべての高齢者に当てはまるわけではありません。
一方で、高齢者にとって「しっかり食べること」の大切さには、疑いの余地がありません。国の「日本人の食事摂取基準」も、フレイル予防の観点から、65歳以上の人のタンパク質の目標量を引き上げています。
高齢になったら、コレステロールの数値よりも、まず食べる力と動く力を守ること。肉や魚、卵をしっかり食べて筋肉を保ち、外に出て体を動かし、人とのつながりを保つこと。それこそが、健康寿命を延ばすための確かな道です。
高齢になると、高血圧、糖尿病、骨粗しょう症、不眠など、いくつもの病気でそれぞれに薬を処方され、気がつけば毎日10種類近くの薬を飲んでいる、という方も珍しくありません。薬の数が増えるほど、ふらつきや転倒、食欲の低下といった副作用や、薬どうしの相互作用の危険は高まります。こうした状態は「ポリファーマシー」と呼ばれ、高齢者医療の大きな課題になっています。コレステロールの薬も、その一つとして、本当に必要かどうかを定期的に見直す価値があるのです。
もちろん、すでにスタチンを飲んでいる高齢の方が、自己判断で薬をやめてよいという意味ではありません。薬を続けるべきかどうかは、これまでの病気や現在の体の状態によって変わります。気になる方は、本章の内容を主治医に伝え、相談してみてください。
数字を薬で操作することと、患者さんが元気に長生きすることは、まったく別の問題です。この「数字のパラドックス」は、現代の医療のゆがみを、私たちに鋭く突きつけています。
では、数字に振り回されず、コレステロールという「味方」を正しく働かせるために、私たちは毎日の生活で何をすればよいのでしょうか。いよいよ最終章では、その具体的な方法をお伝えします。
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大阪府吹田市長野東19番6号
千里丘かがやきクリニック
院長 有光潤介