2026年11月05日

大統領の心臓発作と「犯人探し」
1950年代のアメリカ。第二次世界大戦の戦勝国として未曾有の繁栄を謳歌していたこの国は、その足元で、静かに広がる「見えない疫病」に怯えていました。
それは感染症ではありません。働き盛りの男性たちが、ある日突然、胸を押さえて倒れていく。心筋梗塞をはじめとする冠動脈疾患が、アメリカ人の死因の上位を占めるようになっていたのです。
国民の不安を決定的なものにした出来事がありました。1955年9月、ドワイト・アイゼンハワー大統領が、休暇先のコロラド州デンバーで心臓発作に襲われたのです。日中にゴルフを楽しんだ後、その夜から翌未明にかけて胸の痛みを訴え、そのまま入院。大統領は数週間にわたって公務から離れることになりました。
国家のトップですら逃れられない病。主治医団は記者会見を開いて病状を詳しく説明し、心臓病は一気に国民的な関心事になりました。「いったい何が原因なのか」。社会は、一刻も早く「犯人」の名前を知りたがっていたのです。
アイゼンハワー自身もその後、食事に気を配る生活を続けましたが、心臓病が消えることはなく、1969年に心不全で亡くなっています。
実は、アイゼンハワーが倒れる数年前から、アメリカでは心臓病の原因を探る壮大な研究が始まっていました。1948年、ボストン郊外の町フラミンガムで、住民約5000人を長期にわたって追跡する「フラミンガム心臓研究」がスタートしたのです。
この研究は、高血圧、喫煙、血液中のコレステロールの高さ、肥満、糖尿病、運動不足などが、将来の心臓病の起こりやすさと関係していることを、次々に明らかにしていきました。1961年には、研究者たちが「危険因子(リスクファクター)」という考え方を論文で打ち出し、この概念はやがて世界の予防医学の土台となります。第1章で紹介した「10年以内の発症確率」を計算するという考え方も、ここに源流があります。
ただし、こうした調査が示すのは、あくまでも「関連」です。血液中のコレステロールが高い人に心臓病が多いという事実だけでは、コレステロールが直接の原因なのか、それとも別の何かがもたらした結果や「しるし」なのかまでは分かりません。さらに、血液中のコレステロールの高さが「食事の脂肪」によって生じているのかどうかも、また別の問題でした。
そして、この国難ともいえるタイミングで、「関連」を「原因」へと一足飛びにつなぐ明快な仮説を掲げ、表舞台に躍り出た科学者がいました。ミネソタ大学の生理学者、アンセル・キーズ(Ancel Keys)です。
アンセル・キーズと「選ばれた6カ国」
キーズは、決して凡庸な学者ではありませんでした。第二次世界大戦中には兵士の携帯食「Kレーション」の開発に関わり、戦争末期には飢餓が人体に与える影響を調べた「ミネソタ飢餓実験」を率いています。行動力と自信に満ち、カリスマ性を備えた人物でした。
そのキーズが、心臓病急増の原因として提唱したのが、きわめてシンプルで分かりやすい仮説でした。
「心臓病の原因は、食事に含まれる脂肪である」
彼の描いたストーリーはこうです。食事から脂肪(特に動物性の脂肪)をたくさんとると、血液中のコレステロールが増える。あふれたコレステロールが血管の内側にこびりつき、やがて血管を詰まらせて心臓発作を引き起こす――。
この「食事・心臓仮説」は、台所の排水管に油が溜まって詰まる様子のように、誰にでも想像しやすいものでした。恐怖に駆られていた大衆やメディアに、すんなりと受け入れられたのも無理はありません。
1953年、キーズはこの仮説を裏付けるデータとして、一枚のグラフを発表します。日本、イタリア、イングランド・ウェールズ、オーストラリア、カナダ、アメリカの6カ国について、食事に占める脂肪の割合と、心臓病による死亡率の関係を示したものでした。
グラフ上の6つの点は、見事なまでにきれいな右肩上がりの曲線に並んでいました。脂肪の摂取が少ない日本では心臓病が少なく、脂肪の摂取が多いアメリカでは心臓病が多い。脂肪を食べれば食べるほど、心臓病で死ぬ人が増える――そう読み取れる、説得力のあるグラフです。
ところが、このグラフには重大な問題がありました。
当時、国連食糧農業機関(FAO)や世界保健機関(WHO)の統計から、20カ国以上のデータを利用することができたのです。1957年、統計学者のジェイコブ・イェルシャルミーと医師のハーマン・ヒルボーは、入手可能だった22カ国のデータをすべて使ってキーズの主張を検証しました。
結果は、キーズのグラフとはまるで違うものでした。点はばらばらに散らばり、脂肪の摂取量と心臓病死亡率の関係は、はるかに弱いものになったのです。脂肪をたっぷりとっているのに心臓病が少ない国もあれば、脂肪が少ないのに心臓病が多い国もありました。のちに「フレンチ・パラドックス」と呼ばれることになるフランスのように、豊かな食生活と心臓病の少なさが両立している国も存在したのです。
キーズは、信頼できるデータのある国を選んだのだと主張したといわれます。しかし批判者たちは、これを仮説に合うデータだけを選び取る「チェリーピッキング(熟したサクランボだけを摘むこと)」だと厳しく指摘してきました。
キーズはその後、自説をより確かなものにするため、大規模な国際共同研究に乗り出します。これが、のちに現代栄養学の方向を決定づけることになる「七カ国調査(Seven Countries Study)」です。
1958年に始まったこの研究は、アメリカ、フィンランド、オランダ、イタリア、旧ユーゴスラビア、ギリシャ、日本の7カ国で、40〜59歳の男性約1万2700人を長期にわたって追跡したものでした。日本からは、福岡県の田主丸町と熊本県の牛深市の男性たちが参加しています。当時の日本人は、コレステロールも心臓病も非常に少ない一方で、脳卒中が多いという特徴を持っていました。その結果、集団ごとの飽和脂肪酸の摂取量と心臓病の死亡率のあいだに強い相関が見られたと報告され、「脂肪悪玉説」の最大の根拠となっていきます。
しかし、この研究にも多くの疑問が投げかけられてきました。調査対象の国は無作為に選ばれたわけではなく、フランスやスイスのように仮説に合わない可能性のある国は含まれていません。集団の平均値どうしを比べる手法では、相関があっても、それが原因と結果の関係とは限りません。さらに、同じデータでは砂糖の摂取量もまた心臓病と強く相関していたことが、のちに指摘されています。
葬られたユドキンの警告
キーズの仮説に、真っ向から異を唱えた科学者がいました。ロンドン大学クイーン・エリザベス・カレッジで栄養学部門を率いていた、ジョン・ユドキン(John Yudkin)教授です。
ユドキンが注目したのは、脂肪ではなく「砂糖」でした。
人類は何十万年ものあいだ、肉や脂を食べて生きてきた。それなのに、心臓病が急増したのはここ百年ほどのことだ。その間に爆発的に消費量が増えたものは何か――精製された砂糖である。ユドキンはそう考えたのです。
1957年、ユドキンは医学誌『ランセット』に論文を発表し、各国の心臓病死亡率が、脂肪だけでなく砂糖の消費量とも強く相関することを示しました。さらに彼は、皮肉を込めてこう付け加えています。心臓病の死亡率は、ラジオやテレビの普及台数ともきれいに相関する、と。
これは、国ごとの数字を並べた相関だけでは、何が本当の原因なのかは決められないという、統計の落とし穴を突いた鋭い指摘でした。キーズの6カ国のグラフに対する、痛烈な批判でもあったのです。
ユドキンはその後も、砂糖をとると中性脂肪やインスリンが上昇することなどを実験で示し、砂糖の害を訴え続けました。現代の医学が注目する「糖質のとりすぎによる代謝の乱れ」を、半世紀以上も前に見抜いていたといえます。
しかし、科学の論争は、必ずしも正しい側が勝つとは限りません。
キーズは論争において極めて攻撃的でした。1961年、彼はアメリカ心臓協会(AHA)の栄養委員会に加わり、同協会はこの年、心臓病のリスクが高い人に飽和脂肪を減らすよう勧める声明を初めて出しました。同じ年の1月には、キーズは米誌『タイム』の表紙を飾り、脂肪を減らす食事こそが心臓病予防の鍵だという考えは、全米に広く知れ渡ることになります。
そして1971年、キーズはユドキンの説を論文の中で名指しし、「ナンセンスの山」とまで酷評しました。
巨大なメディアと学会の権威を味方につけたキーズに対し、政治的な駆け引きを好まない学究肌のユドキンは劣勢に立たされていきます。1972年、彼は一般向けの著書『純白、この恐ろしきもの(Pure, White and Deadly)』を出版し、砂糖の危険性を世に問いました。しかし、砂糖業界は彼の主張を「科学ではなく空想だ」と攻撃し、学界での彼の立場はますます弱くなっていきました。
国際会議への招待が取り消され、退官後に約束されていた研究施設の利用もかなわなかった――。晩年のユドキンは、そうした不遇をかこったと伝えられています。彼は1995年、名誉を回復されることなくこの世を去りました。
ユドキンの著書が再評価されるのは、それから長い年月が経った2010年代のことです。アメリカの小児内分泌医ロバート・ラスティグらが砂糖の害を訴えるなかで、絶版になっていた『純白、この恐ろしきもの』は2012年に復刊されました。
真実に迫っていたかもしれない科学者が忘れ去られ、声の大きな科学者の仮説が「常識」として定着していった。こうして、「コレステロール=悪」「動物性脂肪=心臓病の原因」という神話が、科学の世界の主流となっていったのです。
キーズは「悪人」だったのか
ここまで読むと、アンセル・キーズは科学をゆがめた「悪人」のように見えるかもしれません。しかし公平のために、彼のもう一つの顔にも触れておきたいと思います。
キーズは、妻のマーガレットとともに地中海沿岸の人々の食生活に魅せられ、野菜や豆、魚、オリーブオイルを中心とした食事を世界に紹介した人物でもありました。今日「地中海食」と呼ばれ、健康的な食事の代表とされているものの原点の一つは、キーズにあるのです。彼自身もその食生活を実践し、2004年、100歳でこの世を去っています。
また意外に思われるかもしれませんが、キーズは「食事でとるコレステロール」そのものは、血液中のコレステロールにそれほど大きな影響を与えないと考えていました。彼が問題視したのは、あくまでも肉や乳製品に多い「飽和脂肪酸」です。のちに「卵は1日1個まで」といった指導が広まりましたが、それはキーズの主張を、さらに単純化したものだったともいえます。
キーズの最大の問題は、悪意というより、自らの仮説への過剰な確信にあったのかもしれません。自説に合うデータを重く見て、合わないデータを軽く扱う。反対する者を激しく攻撃する。それは、名誉欲と自信に満ちた人間が、科学者として最も陥りやすい落とし穴です。
科学は本来、仮説を立て、それを覆すデータに謙虚に耳を傾けることで前に進むものです。一人の科学者の強い確信と、それを無批判に受け入れた社会が、半世紀にわたる食の常識を形づくってしまった――。
そこにこそ、コレステロール神話の本当の教訓があるのではないでしょうか。
科学より先に動いた政治――マクガバン報告
それでもまだ、この時点では「専門家のあいだの主流の説」にすぎませんでした。それが国家の権威をまとって全国民の食卓を支配するまでには、もう一つの力が必要でした。政治の力です。
舞台は1970年代のワシントンD.C.に移ります。
1968年、アメリカ上院に「栄養問題特別委員会」が設置されました。委員長を務めたのは、ジョージ・マクガバン上院議員です。当初、この委員会が取り組んだのは、貧困層の飢餓や栄養不足の問題でした。マクガバンはその後、1972年の大統領選挙に民主党候補として出馬し、現職のニクソンに大敗します。
やがて委員会の関心は、「食べられないこと」から「食べすぎること」へと移っていきます。心臓病や肥満、糖尿病といった、豊かさがもたらす病気です。
そして1977年、委員会はアメリカ国民の食生活の目標を示す報告書を発表しました。それが「アメリカの食事目標(Dietary Goals for the United States)」、いわゆる「マクガバン報告」です。
報告書の主な目標は、次のようなものでした。
・ 炭水化物を摂取エネルギー全体の55〜60%に増やす
・ 脂肪を全体の30%に減らし、飽和脂肪酸は10%にとどめる
・ コレステロールの摂取を1日300mgに減らす
・ 砂糖の摂取を約40%減らす
・ 塩分の摂取を減らす
ここで注目していただきたいのは、報告書が砂糖を減らすことも求めていた点です。マクガバン報告そのものは、砂糖を完全に免罪したわけではありませんでした。しかし後で見るように、社会に広まったのは「脂肪を減らせ」というメッセージばかりで、砂糖への警告はかき消されていきます。
この報告書をめぐっては、発表の前後から激しい論争が起きていました。報告書の原案を書いたのは、科学の専門教育を受けていない委員会のスタッフで、栄養学者の助言に大きく依存していました。米国医師会(AMA)や一部の著名な研究者たちは、「脂肪を減らせば心臓病が防げるという科学的根拠は、まだ十分ではない。国民全体に食事の変更を求めるには、もっと検証が必要だ」と強く反対したのです。
科学者として、きわめてまっとうな警告でした。これに対してマクガバンは、次のような趣旨の言葉で応じたと伝えられています。
「上院議員には、研究者のように、すべての証拠が出そろうまで待っているような余裕はないのです」
科学的な検証よりも、政治的な「結論」と「スピード」が優先された瞬間でした。
マクガバン報告の影響は絶大でした。1980年には、アメリカ農務省と保健福祉省が初めての「アメリカ人のための食事ガイドライン」を発表し、脂肪とコレステロールを控えるよう国民に呼びかけます。1992年には、パンやシリアル、米、パスタといった穀物を土台に置き、1日6〜11単位も食べるよう勧める「フードガイド・ピラミッド」が登場しました。学校給食から病院の栄養指導まで、「脂肪は控えめに、炭水化物はしっかり」が常識になっていったのです。
アメリカの影響力のもと、日本を含む多くの国が、同じ考え方を自国の栄養指導に取り入れていきました。
ただし、日本の事情はアメリカとは大きく異なっていました。戦後まもない1950年代、日本人の摂取エネルギーに占める脂肪の割合は10%にも満たないほどでした。それが経済成長とともに上昇し、1980年代には25%前後に達します。その間に、日本人の平均寿命は大きく延び、日本は世界有数の長寿国になりました。脂肪を多くとるようになって日本人が短命になったという事実は、どこにもないのです。この点は、第7章で改めて取り上げます。
では、国を挙げて脂肪を減らした結果、アメリカ人はどうなったのでしょうか。
食事に占める脂肪の割合は確かに下がり、代わりに炭水化物の割合が増えました。ところが、1980年前後を境に、アメリカでは肥満と2型糖尿病が急増していきます。成人の肥満の割合は、1970年代後半の約15%から、2000年ごろには30%を超え、その後も増え続けました。
公平のために付け加えておくと、アメリカの心臓病による死亡率そのものは、1960年代後半から大きく下がり続けています。ただし、その主な理由として挙げられているのは、喫煙率の低下、高血圧の治療の普及、そして救急医療や心臓カテーテル治療の進歩です。脂肪を減らした食事の効果だけで説明することはできません。
むしろ、脂肪を減らした食生活の陰で、肥満と糖尿病という新たな「代謝の病」が静かに広がっていったのです。
なぜ、こんなことが起きたのでしょうか。
人間は、脂肪を減らして足りなくなったエネルギーを、必ず別の何かで補おうとします。その「何か」の多くは、精製された炭水化物と砂糖でした。そして、その流れを誰よりも歓迎し、裏で後押ししていた産業がありました。
次章では、半世紀ものあいだ闇に埋もれていた、その「もう一つの物語」に迫ります。
参考文献
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院長 有光潤介