第3章 砂糖業界の工作と「低脂肪」の呪い|千里丘かがやきクリニック|吹田市長野東の内科・消化器内科

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第3章 砂糖業界の工作と「低脂肪」の呪い

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2026年11月05日

第3章 砂糖業界の工作と「低脂肪」の呪い

半世紀後に見つかった手紙

第2章では、アンセル・キーズの仮説が学界の主流となり、マクガバン報告によって国家の方針にまで格上げされていった歴史をたどりました。

しかし、一人の科学者の野心や政治家の焦りだけで、ここまで見事に「脂肪」が悪者にされ、「砂糖」への疑いが消えていくものでしょうか。

時計の針を、一気に2016年へ進めましょう。

この年の9月、アメリカ医師会雑誌『JAMA』の姉妹誌である『JAMAインターナル・メディシン』に、一本の論文が掲載されました。著者は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のクリスティン・カーンズらの研究チームです。

カーンズは、もともと歯科医でした。砂糖と病気の関係をめぐる議論に、業界がどのように関わってきたのか――その疑問を抱いた彼女は、仕事を辞めて研究者に転じ、大学図書館の資料室に眠る古い書簡を一枚一枚調べていったのです。

ハーバード大学の図書館の地下や、イリノイ大学の資料館などから見つかったのは、1960年代に砂糖業界の団体と研究者たちのあいだで交わされた手紙の束でした。そこには、巨大産業がいかにして科学の議論に影響を及ぼそうとしたのかが、生々しく記録されていました。

プロジェクト226――ハーバードに渡った資金

舞台は再び、1960年代のアメリカです。

当時、砂糖業界は強い危機感を抱いていました。前章で登場したジョン・ユドキンをはじめとする研究者たちが、「心臓病の原因は脂肪ではなく砂糖ではないか」と指摘し始めていたからです。

もし「砂糖が心臓病を引き起こす」という見方が世間に広まれば、清涼飲料水や菓子をはじめ、砂糖を大量に使う食品産業は大きな打撃を受けます。

1964年、業界団体「砂糖研究財団(SRF)」の幹部だったジョン・ヒクソンは、自分たちの研究や広報、ロビー活動を通じて世論の流れを変えようという計画を、業界内で議論していました。批判に対抗するには、業界自らが研究に資金を出し、権威ある科学者の声を借りるのが最も効果的だ、というわけです。

こうして1965年、「プロジェクト226」と呼ばれる計画が動き出します。

白羽の矢が立ったのは、ハーバード大学公衆衛生大学院の栄養学部門でした。部門の創設者で大きな影響力を持っていたフレドリック・ステア博士の監督のもと、マーク・ヘグステッド博士とロバート・マクガンディ博士が、心臓病と食事に関する研究を総まとめする「総説論文」を執筆することになったのです。

SRFは彼らに、6500ドルを支払いました。2016年の貨幣価値に換算すると、約4万8000ドルに相当する金額です。

カーンズらが見つけた手紙によれば、ヒクソンは総説で取り上げるべき論文、つまり砂糖の害を示唆する研究をみずから選んで研究者に送っていました。そして、業界の関心は「砂糖が、これまで脂肪の代謝の問題とされてきた病態に大きく関わっているという主張」にあると伝えています。

これに対してヘグステッドは、次のように返信しました。

「炭水化物に対するあなた方の特別な関心は、よく承知しています。できる限りうまく取り上げるつもりです」

原稿の草稿は、執筆の途中で業界側にも共有されていました。完成間近の原稿を受け取ったヒクソンは、こう書き送っています。

「これはまさに私たちが考えていたとおりのものだと申し上げます。活字になるのを楽しみにしています」

1967年、この総説は、世界で最も権威ある医学誌の一つ『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)』に、2号にわたって掲載されました。

総説の中でヘグステッドらは、砂糖の害を示唆する研究については、実験の条件や方法の欠点を細かく指摘して、その価値を割り引きました。その一方で、脂肪とコレステロールを問題視する研究については、同じような限界があるにもかかわらず、より好意的に評価したのです。そして、心臓病を防ぐために必要な食事の変更は、コレステロールと飽和脂肪酸を減らすことだと結論づけました。

論文には、SRFから資金提供を受けていた事実は一言も書かれていませんでした。NEJMが著者に利益相反の開示を求めるようになったのは、1984年になってからのことです。

世界中の医師たちは、まさかこの総説が業界の資金で書かれたものだとは思いもしません。ハーバードの一流の研究者が、最高峰の医学誌で「問題は脂肪だ」と結論づけた――。この総説は、砂糖への疑いの目をそらし、脂肪を主な容疑者として固定する上で、大きな役割を果たしたと考えられています。

しかも、物語はここで終わりません。

ヘグステッドはその後、アメリカ政府の栄養政策の中枢に入っていきます。マクガバン報告の作成には、科学的な助言者として深く関わりました。そして報告書の発表後、アメリカ農務省の栄養部門のトップに就き、政府として初めての食事ガイドラインづくりにも関与することになるのです。

2016年の論文発表を受けて、砂糖業界の団体は「当時はもっと透明性を確保すべきだった」と認めつつも、「資金の開示に関する当時の基準は、現在とは異なっていた」と反論しています。確かに、1960年代の研究倫理の基準を、現代の物差しだけで裁くことはできないかもしれません。

それでも、「誰がお金を出したか」が隠されたまま、国の栄養政策の土台となる研究が作られていったという事実は、重く受け止める必要があるでしょう。

闇に消えた「プロジェクト259」

砂糖業界をめぐる話には、さらに続きがあります。

2017年、カーンズらは別の内部文書をもとに、新たな論文を発表しました。そこに記されていたのは、「プロジェクト259」と呼ばれる動物実験の顛末です。

1960年代後半、砂糖業界の団体は、イギリスのバーミンガム大学の研究者に資金を提供し、ラットを使った実験を行っていました。砂糖(ショ糖)を与えたラットと、デンプンを与えたラットを比べ、さらに腸内細菌を持たない「無菌ラット」と通常のラットを比較するという内容でした。

途中経過の報告は、業界にとって不都合なものでした。砂糖を与えたラットでは、デンプンを与えたラットに比べて血液中の中性脂肪が高くなり、しかもその作用には腸内細菌が関わっている可能性が示されたのです。さらに、人間で膀胱がんとの関連が指摘されていた酵素の活性が高まることも示唆されました。

業界団体はこの研究への資金提供を打ち切り、結果は発表されないまま終わりました。

砂糖が腸内細菌を介して中性脂肪を増やす――。半世紀前の時点で、現代の腸内細菌研究につながるような手がかりが得られていたにもかかわらず、その知見は日の目を見なかったのです。腸内環境と脂質の関係については、第8章で改めて取り上げます。

「低脂肪=ヘルシー」が招いた糖質の洪水

ハーバードの権威と政府の方針によって、「脂肪とコレステロールこそが問題」という考えが確立した1980年代。食品業界は、この流れを大きなビジネスチャンスに変えていきました。

食品メーカーは、こぞって製品から脂肪を抜き始めます。「低脂肪ヨーグルト」「ノンファットのクッキー」「低脂肪ドレッシング」。パッケージに「Low Fat」と書くだけで、消費者はそれを健康的な食品だと信じ、商品は飛ぶように売れました。

1990年代のアメリカでは、ある大手メーカーの無脂肪クッキーが大ヒットし、「脂肪がないなら、いくら食べても大丈夫」とばかりに、人々が箱ごと食べてしまう現象まで起きたといわれます。

しかし、食品開発の現場では、ある根本的な問題が生じていました。脂肪を抜いた食品は、おいしくないのです。

私たちが食べ物を「おいしい」と感じる大きな要素は、脂肪がもたらす豊かな風味と、なめらかな舌触りにあります。バターの香りがしないクッキーや、油分のないドレッシングは、どうしても味気ないものになってしまいます。

そこで、失われたおいしさと満足感を補うために大量に使われたのが、「砂糖」と、トウモロコシなどのデンプンから作られる安価な甘味料「異性化糖(果糖ぶどう糖液糖)」でした。

健康を気づかう消費者が「低脂肪だから安心」と信じて選んでいたヨーグルトやシリアル、ドレッシングの多くには、実はかなりの量の砂糖が加えられていました。脂肪を減らしたつもりで、私たちは知らず知らずのうちに、大量の糖を口にするようになっていたのです。

これが体に何をもたらすのか、具体的に見てみましょう。

朝食に、甘いシリアルと低脂肪牛乳、そしてオレンジジュースをとったとします。糖は胃腸からすばやく吸収され、血糖値は急上昇します。すると膵臓は、血糖を下げるホルモンである「インスリン」を大量に分泌します。インスリンは血液中のブドウ糖を細胞に取り込ませ、使い切れなかった分を中性脂肪に変えて、脂肪組織や肝臓に蓄えます。

人によっては、インスリンが効きすぎて、食後2〜3時間で血糖値が急に下がります。すると脳は「エネルギーが足りない」と判断し、強い空腹感や、甘いものへの欲求を生み出します。昼前にどうしても甘い缶コーヒーや菓子パンに手が伸びてしまうのは、意志が弱いからではなく、こうした血糖値の乱高下が関わっていることが少なくありません。

これに対して、タンパク質や脂質を含む食事は、胃腸をゆっくりと通過し、血糖値を比較的安定させたまま、満腹感を長く保ってくれます。

「低脂肪・高糖質」の食事は、私たちを一日中「血糖値のジェットコースター」に乗せ、常に何かを食べていないと落ち着かない状態へと追い込みます。健康になりたくて脂を避けた真面目な人ほど、太りやすく、糖尿病になりやすい体へと変わっていった――。これが、「低脂肪神話」がもたらした皮肉な結末です。

なぜ私たちは甘いものをやめられないのか

甘いものを控えたほうがよいと分かっていても、なかなかやめられない。そう感じている方は多いでしょう。それは、意志が弱いからだけではありません。

甘いものを口にすると、脳では「快感」や「やる気」に関わるドーパミンという物質が放出されます。人類の長い歴史のなかで、甘い果実は貴重なエネルギー源でした。甘いものを見つけたら、喜んでたくさん食べておく。それは、生き延びるために備わった本能だったのです。

ところが、現代の食環境では、この本能が裏目に出ます。精製された砂糖や異性化糖は、自然界にはあり得ないほどの甘さと量で、いつでも、どこでも手に入ります。加工食品の開発では、人が最も「おいしい」と感じる砂糖や脂肪、塩の配合が研究され、「もう一口」が止まらなくなるよう工夫されているとも指摘されています。

さらに、前の節でお話ししたように、血糖値の乱高下そのものが、次の甘いものへの欲求を生み出します。甘いものが甘いものを呼ぶ、という悪循環です。

この悪循環を断ち切るコツは、意志の力で我慢することではありません。甘い飲み物を家に置かない。間食はナッツやチーズにする。食事でタンパク質と脂質をしっかりとる。環境と食べ方を変えれば血糖値が安定し、数週間ほどで甘いものへの欲求が驚くほど弱まっていくことを、多くの患者さんが実感されています。

低脂肪食の「壮大な実験」は何をもたらしたか

では、脂肪を減らす食事が本当に心臓病を防ぐのかどうか、大規模な臨床試験で確かめた例はないのでしょうか。

実は、あります。その代表が、アメリカで行われた「女性の健康イニシアチブ(WHI)」の食事介入試験です。

この試験では、閉経後の女性約4万9000人を、脂肪を大幅に減らして野菜や果物、穀物を増やす食事のグループと、普段どおりの食事のグループに無作為に分け、平均8年あまりにわたって追跡しました。国の威信をかけた、まさに「低脂肪食の壮大な実験」です。

2006年に発表された結果は、関係者を落胆させるものでした。低脂肪食のグループでも、心筋梗塞などの冠動脈疾患、脳卒中、心血管病全体のいずれについても、明らかな減少は見られなかったのです。

さらに2017年には、世界18カ国の約13万5000人を追跡した大規模な調査「PURE研究」の結果が、医学誌『ランセット』に発表されました。この調査では、炭水化物の摂取割合が高い人ほど死亡率が高く、逆に脂肪の摂取が多い人ほど死亡率が低いという関連が見られました。飽和脂肪酸の摂取が多い人では、脳卒中が少ない傾向さえあったのです。

もちろん、観察研究であるPURE研究には限界があります。炭水化物の割合が極端に高い集団には、経済的に貧しい国の人々が多く含まれており、食事以外の要因が結果に影響している可能性も否定できません。また、飽和脂肪酸を減らす介入試験を総合的に分析した報告では、心血管病の発症がやや減る可能性が示された一方で、死亡率には明らかな差が見られていません。

それでも、少なくとも一つのことは言えます。「脂肪を減らせば減らすほど健康になる」という単純な図式は、半世紀にわたる大規模な検証に耐えられなかった、ということです。

繰り返される構図――現代の「プロジェクト226」

砂糖業界の工作は、遠い昔の話だと思われるかもしれません。しかし、同じような構図は、21世紀になっても繰り返されています。

2015年、アメリカの新聞『ニューヨーク・タイムズ』は、世界最大の清涼飲料メーカーが、ある研究者団体の設立や活動に資金を提供していたことを報じました。その団体は、肥満の原因として「食べすぎや飲みすぎ」よりも「運動不足」を強調するメッセージを発信していたのです。報道を受けて団体は解散し、メーカーは、それまでの数年間に健康関連の研究や団体への支援として、1億ドルを超える資金を提供していたことを公表しました。[C5] 

業界の資金が研究の結論に影響しうることを示すデータもあります。2013年に発表された分析では、砂糖入り飲料と体重増加の関係を調べた系統的レビューのうち、飲料業界などとの利益相反がある論文は、利益相反のない論文に比べて、「関連はない」という結論を出す割合がおよそ5倍も高かったのです。

お金を出す側に都合のよい結論が導かれやすい。これは、個々の研究者の善意や悪意の問題というより、構造の問題です。だからこそ私たちは、「誰がその研究にお金を出したのか」を問う習慣を持つ必要があるのです。

日本人と「液体の糖」

日本に目を向けてみましょう。

コンビニや自動販売機には、清涼飲料水や加糖の缶コーヒー、スポーツドリンク、エナジードリンクがあふれています。500ミリリットルの炭酸飲料1本に、50グラムを超える糖類が含まれているものも珍しくありません。角砂糖に換算すれば、十数個分です。

世界保健機関(WHO)は2015年、食品に加えられる砂糖や果汁などに含まれる「遊離糖類」の摂取を、総エネルギーの10%未満、できれば5%未満(成人でおよそ25グラム)に抑えるよう勧告しました。炭酸飲料をたった1本飲むだけで、この「できれば」の目安を大きく超えてしまうのです。

液体の糖が特に問題なのは、噛まずに一気に吸収されるため血糖値が急上昇しやすいことと、満腹感が得られにくく、食事とは別に「上乗せ」でとってしまいやすいことです。さらに、多くの飲料に使われている果糖ぶどう糖液糖の「果糖」は、主に肝臓で処理され、肝臓での中性脂肪づくりを強く促します。お酒を飲まないのに脂肪肝になる人が増えている背景には、こうした糖のとり方も関わっていると考えられています。

「低脂肪」「カロリーオフ」「ノンファット」。商品の表に大きく書かれた言葉ではなく、裏面の栄養成分表示や原材料表示を見る習慣を、ぜひ身につけてください。

「分かりやすい物語」に気をつける

ここまで、脂肪が悪者にされ、砂糖が見逃されてきた歴史をお話ししてきました。しかしここで一つ、自戒を込めてお伝えしておきたいことがあります。

「脂肪が悪い」という神話がこれほど広まった理由の一つは、それが分かりやすい物語だったからです。悪者が一人いて、それを避ければ健康になれる。人は、こうした単純な物語を好みます。

同じことは、「砂糖こそが諸悪の根源だ」「糖質さえ控えれば、すべてが解決する」という主張にも当てはまります。糖質のとりすぎが代謝を乱すことは確かです。しかし人間の健康は、食事だけでなく、喫煙や血圧、睡眠、運動、ストレス、遺伝、そして社会的な環境まで、さまざまな要因が複雑に絡み合って決まります。新しい悪者を一人見つけて古い悪者と入れ替えるだけでは、私たちはまた別の神話を作ってしまうことになるのです。

本ブログで繰り返し「全体を見ること」を強調しているのは、そのためです。テレビや雑誌、インターネットで「○○を食べればコレステロールが下がる」「○○は体に悪い」といった断定的な情報に出会ったら、一度立ち止まって、誰がその情報を発信し、どんな根拠があり、誰が得をするのかを考えてみてください。それこそが、作られた神話から自由になるための、最も確かな方法なのです。

科学者の名誉欲から始まり、政治家の焦りによって国家の方針となり、業界の資金によって補強された「脂肪悪玉論」。その陰で、私たちの食卓は糖質の洪水に飲み込まれていきました。

では、脂肪やコレステロールが主犯でないとしたら、いったい何が血管を傷つけ、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こしているのでしょうか。

次章では、血管の中で本当に起きていることを、最新の医学の知見から解き明かしていきます。

参考文献

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World Health Organization. Guideline: Sugars intake for adults and children. World Health Organization; 2015.

大阪府吹田市長野東19番6号
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院長 有光潤介

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